一章 波乱の舞踏会 1
夜、ーー。
暗雲の隙間から、月の光が差し込んだ。
真下の巨大な城は、妖しく輝いているようだった。
その真っ暗な城内を、怪盗が姫を抱えながら、足音も無く駆けていく。
私は見失うまいと、必死に後を追いかけて行った。
事件の始まりは、数十分前だった。
※※※
ゴーン、ゴーン。
遠くから時計塔の鐘の音が鳴り響く。
ちょうど夜の七時になった頃だ。
此処はロストカ城の大広間。
立派な造りをしており、二階の天井まで吹き抜けだ。
天井からシャンデリアの光が、部屋中を照らす。
また入り口から真正面にある壁には、上の階に続く巨大な大階段が掛かっていた。
さらに、テーブルには白いクロスが掛かり、立食の形式で宴が進む。
招待客の貴族達が犇めあい、各自が思い思いのまま、楽しそうに過ごしていた。
優雅な時間が過ぎていく。
そんな大広間では今宵、皇太子殿下の婚約を祝う舞踏会が催されていた。
そんな様子を、私、ーーカレンナ・スカーレットは眺めており、
「そろそろ始まるのか。…」
と呟くと大きく深呼吸していた。さらに二階から手摺を伝って下の階へと降りて、一階に移動する。
ほぼ同時に周りから、多くの招待客の視線と声が聞こえてきた。
殆どが若い女性の興奮した声が多い。
「ねぇ?!…あの赤く短い髪、黒いドレスって、…」
「…まぁ、スカーレット伯爵令嬢だわ!!」
と何処かの誰かが言った。
すると他の招待客も交じって騒ぎだす。
「あの娘か。…城代及び近衛騎士団を勤めるスカーレット伯爵の一人娘とは。」
「…おぉ、数々の武勲を持つ剛将のスカーレット家か!」
「…噂では娘も、近衛兵士達を打ち負かす程の剣の実力があるとか、…顔は中性的だが本当に女なのか?」
「…あまり舞踏会では見かけぬが。…今回は参加されているのだな。…」
「あら、知らないの?…だって、スカーレット伯爵令嬢って、…皇太子殿下の婚約者とは。…」
と、また誰かの、お喋りな声がすると、ー
途中で別の場所から、他の誰かが大きな声で話を遮る様に周囲に呼び掛けてきた。
「おい、見ろ!」
次第に辺りがざわつきだす。
会場内の人々が正面、ーー二階に続く大階段へと次々に顔を振り向かせていく。
その視線の先には、ドギアス王陛下がいた。白髪交じりの大柄な初老の男性で、人々からは賢王と呼ばれ、敬われている。
そんな彼が周囲を見渡しながら、
「…皆の者。…今宵は我が息子の新たな門出に、集まってくれて感謝する。ワシからの心ばかりのもてなしだ。…世界各国の極上の料理や旨い酒を、存分に心ゆくまで堪能してくれたまえ。」
と、招待客に向けて労いの言葉を送っていたのだった。
すると次の瞬間には、彼の側へと三人の若者が階段を降りながらやってきた。
同世代の男女一組と、可愛らしい少女である。
皆で横並びになりながら階段を降りて来た。
男と少女は【ドギアス】国の王族だ。
兄の皇太子殿下、ーーヴィシュー・ドギアス。短い黒髪が特徴的な、背の高い青年だ。
妹の姫殿下、ーーナンリー・ドギアス。グレージュ色の長い髪が特徴的な、小柄な少女で、まだ14歳である。
二人は中睦まじそうに、手を繋ぎながら歩いていた。
その左隣には侯爵家の令嬢、シヤリー令嬢。赤みのある長い茶髪をしており、ほっそりした女性だ。
因みに、兄の婚約者である。
やがて彼らは、ドギアス王の側に辿り着く。
そのまま全員で寄り添う様に並び立つと、小さく手を振りながら、周囲に笑顔を振り撒く。
招待客の貴族達も喝采を挙げて、惜しみ無い拍手を送ってきた。
さらにドギアス王は、すかさず手を叩いて合図を出していた。
すると大広間中に、オーケストラの生演奏が鳴り響き出す。
こうして宴が本格的に開始されたのだった。
「カレンナ!」
ほぼ同時に、私の名を呼ぶ声がしてきて、誰かの気配が近づいてきた。




