四章 お茶会 4
そうして再び、場所が移り変わる。
私達は、城の奥、ーー大きな木製の扉の前までやって来た。
此処は王家の使用する食堂である。
しかし、ライルは何の躊躇いもなく、扉を開けて中に入る。
私も引かれながら、室内に入り込んだ。さらに、ー
「…うわっ、…」
と、思わず声を漏らして、目を奪われてしまう。
その室内は広く、白いクロスの長テーブルや沢山の椅子が設置されている。
どれも豪華絢爛で、立派な家具である。
「…なんか、凄いわね。…うちの何倍あるのよ。」
と、私は呆れながら呟く。ふと近くにライルがいないのにも気がついた。
すると彼は、部屋の奥にある別の扉の側におり、一度だけ此方を振り向く。
また先程の金髪の女の顔になり、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、唇に人差し指を立てて合図した。
「し~ぃ。」
「はい?」
私は訳が判らず、首を傾げる。
だがライルは、すぐさま扉を潜って中に入っていった。
扉の向こうからは人の声がしている。
この先は調理場の筈である。
それから数秒の後に、再び扉が開いた。
メイド姿のライルが出てきた。手には小さなトレイを持っており、ティーセットとお菓子の入った箱が乗っている。
「…ライル?…あんた、それって?…」
私は驚き、指指しながら問いかける。
「…余っていた物を、貰ってきました。…この顔で御願いしたら、男性のコックさん達が快く了承してくれて。」
ライルも悪びれもせずに答え、此方の近くまで戻ってきたのだった。
それから彼は、此方の真横を通りすぎると、絵画のある壁の前に立ち止まる。さらに壁の一番下の段にある煉瓦を、靴の爪先で押し込む。
次の瞬間に、不思議な事が起きる。
絵画の壁の下半分が音も立てずに、扉の様に開いたのだった。
そこから先は、下に続く階段がある。
「か、隠し通路?!」
と、私が再び驚きながら呟く。
「この城には、こういった仕掛けが幾つもあります。…主に王家の方々が避難用に使うのですよ。」
と、ライルも説明をすると、平然としながら階段を降りだした。去り際には、此方へと手招きをしている。
コツ、コツ。と彼の足音が響き、段々と遠ざかる。
すぐに私も後を追いかけて、中に足を踏み入れていく。
その直後には、背後で扉が閉まったようだった。
※※※
私達は階段を、ゆっくりと降りていく。
やがて一番下の段にまで辿り着いた。
そしてライルが目の前の壁を叩き、仕掛けを作動させる。
また壁が動きだし出口を出現した。
私達は外に出ていく。
すると、見覚えのある部屋だった。
此処は赤い扉の部屋である。最初にヴィシューやライルと話をした地下の部屋だ。
「そちらの椅子に掛けていてください。」
ライルは部屋に入り、短く告げると、すぐに何かの準備を始めだした。
私は指示された通りに、椅子に腰掛けて待つ。
対してライルは机を持ってきて、天板に古い白い布をクロス代わりに敷く。さらにティーセットやお菓子の入った箱を、上に並べていた。
「まさか、お茶会のつもり?」
私は思わず聞き返す。
ライルは遠慮がちに頷くと、
「あの状況じゃ、楽しめなかったでしょうし、…何よりカレンナさんに、嫌な思いをしたまま過ごしてほしくないです。」
と答えて姿勢を正す。さらに一瞬で執事服に着替えてしまった。
「な、…」と私は驚き目を見開いた。目の前の彼に釘付けとなり、戸惑っていた。何故だか、頬も熱くなる。
「どうぞ、お嬢様。」
ライルは微笑みを浮かべながら、抜き手も見せぬ動きで、カップに紅茶を入れて差し出してきた。
先程までのメイド服の姿とは、別人である。
堂々とした執事の振る舞いだった。
彼の顔はあまりにも綺麗で、キラキラと煌めく様であった。
「ど、どうも。」
私も礼を言い、恐る恐るとカップを受け取る。ゆっくりと紅茶を一口だけ啜った。
途端に、お茶の渋い味を感じている。
ほぼ同時に、軽く目眩もする。あまりのギャップに、思考が追い付かない。
それでもライルは、此方の様子を気に止めずに尽くしてくる。
今度は空の皿に、お菓子を乗せると目の前の机に置いてくる。
「…此方も、どうぞ。」
「え、えぇ。」
そのまま私は流されるままに、菓子を一つ手に取って頬張った。
箱の中身は、コンフィズリーだ。
次は口の中が甘ったるくなる。しかも、普段よりも甘い気がした。
くすぐったい気分だった。
暫くの間、ゆったりとした時間が部屋の中に流れている。
やがて、お茶もお菓子も綺麗になくなった。
「ふぅ。」
と私は、一息つく。お腹も満たされて満足した。
「では、片付けますね。」
とライルも後片付けてしまうと、また隠し階段の出入口を開けて、部屋から出ていこうとしていた。
また食堂へと食器を返しに行くようだ。
私は席を立つと、慌てて御礼の言葉を口にした。
「あ、ありがとうね。…ライル。」
するとライルも振り返り、また笑顔を向けながら、話掛けてきた。
「気分は紛れましたか?…それでは私は、失礼しますね。」
「あ、あぁ。…うん。」
と私は返事をする。自然と頬が緩んでいた。
やがてライルは扉を潜り、外へ出ていく。
そのまま隠し扉も音を立てて、閉まっていく。
もう彼の姿が見えなくなった。
私も踵を返すと、赤い扉から外に出て廊下を歩いていた。
周りには人気はなく、静寂に包まれている。
今は私の足音だけが鳴っている。
少しばかり足取りも軽いようだった。
「…って、…お嬢様って柄じゃないわよね。」
しかし途端に、私は立ち止まり、顔が熱くなるのを感じていた。恥ずかしさが込み上げてくる。
ーーお嬢様。
ついでに頭の中では、「お嬢様」の単語が何度も繰り返されている。
我ながら単純な思考をしているのだった。
たった一言だけで、舞い上がっている状態である。
(…あぁ、駄目だ。…しっかりしないと、…もう舞踏会まで日がないのに、…浮かれてばかりなんていられないんだからね。)
と私は頭を振っていた。必死に冷静になろうとする。
次第に思考は二転三転していき、ー
(…あの時だって、ライルも私を庇って、大怪我してたわ。…犯人は相当に厄介なのよ。…って、…あれ?…)
そして途中で疑念を抱く。
「何で?…時戻りで、私だけ巻き込まれたのよ。」
と私は呟いた。ずっと頭の中で考えても、堂々巡りしてしまう。
それだけが異様な程に、気がかりだった。




