3章 ライルの謎 1
あれから私達は、手を繋いだ状態のまま、黙々と城の中を歩いていた。
地下の部屋を出てから、地上の階に戻ると、廊下を道なりに進んでいく。
「…え?」「あれって?!」
その途中で城の使用人、ーー若い女性のメイド達がおり、廊下の端で掃き掃除をしていた。
私達は横を通りすぎて離れていく。
するとメイド達は、何度も此方を振り返ってきた。やけに視線が多い。
「なんなのよ。…」
と私は呟き、首を傾げた。さらに自分の格好を見下ろす。
身につけているのは、大きめのベスト、白シャツ、丈の長いズボンである。殆どは男物であるも、仕立ては良く、身体に馴染んで動かしやすい服だ。
至って、普通の格好である。
ふと隣のライルの方も振り返り、視線を向ける。
彼は既に執事の服装に戻っていた。さらに、
「あの、何処に連れていくんですか?」
と、恐る恐るしながら声をかけてくる。
「あ、あぁ。…えっと、此処よ。」
私も慌てて返事をした。すぐに辺りを見渡すと、ちょうど目的の場所に辿り着いていた。
此処は、城の中庭に面した通路である。
外側の壁には、大きなアーチ状の開口部が等間隔に並んでおり、日差しと木漏れ日が射し込んでいた。なんとも心地よい風が吹きぬける。
内側の壁沿いの途中に、ステンドグラスが嵌め込まれた木製の扉がある。
その扉の前で、私は立ち止まる。さらに何度も扉をノックして、呼び掛けた。
「ねぇ!…いるの?」
「開いてるわよ~。」
すると中から、間延びした返事がしてきた。
「…なら、入るわね。」
と、私もすぐに、ドアを開けて部屋に入っていった。
その部屋の中からは、薬臭い匂いがしてきた。
此処は、城内の医務室だ。
天井から床に至るまで、白色で統一され、塵ひとつすら見当たらない。
右側の壁際には、木製の棚があり、薬品の瓶が並ぶ。
左側の壁際には、ベッド等間隔で並び、最奥の壁にまで続いていた。
ただ室内は、やけに静かだ。怪我人や病人は殆どいない。
だが一番奥のベッドで、僅かに毛布が蠢いていた。
誰かが蹲って、横になっているようである。
「あら、カレンナじゃないの?」
次第に毛布が捲れると、中年の男性が姿を現した。ベッドから起き上がり、瞼を指で擦りながら、渋く低い声で呼び掛けてくる。
派手なピンク色の髪と、痩けた頬。皺だらけの白衣を着ているのに、妙に艶かしい。まるで女の様な仕草をしていた。
「…え?!」
と、ライル驚き、思わず声を漏らしていた。
私は構わず近くのベッドに向かうと、ライルを座らせた。
さらに薬棚から、薬品を拝借して戻ると、すぐに彼の顔に手を伸ばす。
ゆっくりと指で、傷口に薬を塗り込む。
対してライルは抵抗せず、大人しく座っていた。ただ顔が少し赤い。やたらと視線を泳がしている。
私は気にせず、指先で相手の傷を何度もなぞる。
その度にライルは、擽ったそうにしていた。
「何よ、また騎士団の稽古中に。若い男に手を出したの?」
その直後に、中年の男が茶化す声が聞こえてきた。
「人聞きの悪い言い方で、言わないでよ。…マカ先生!…」
と私は間髪入れずに否定し、相手の名前を呼びながら、後ろを振り向いた。
すると真後ろには、中年の男性、ーーマカ先生が立っていた。
この城で医者である。ピンクの長い髪を一纏めにしており、褐色の肌に薄く化粧をしている。じっと此方を見ながら、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべている。
だが次の瞬間には、ライルの方を向いた途端に、表情が一変する。
彼(?)の両目が見開き、頬が赤らめていた。すぐにライルを指差した。
「…えぇ?!…その子って!」
「…っ!?」
ライルは驚き、身体を縮こませてしまう。
すぐに私は動きだし、彼と先生の間に割って入って立ち塞がった。ついでに、「何よ?…」と、不機嫌そうに聞き返す。
「カレンナ!?…何で、アンタ、彼と一緒にいるのよ?…どういう経緯?…彼と親しいの?…」
対してマカ先生は、凄い勢いで捲し立てる。わきわきと両手の指を動かし、今にも掴み掛かろうとする。
「は?…」
「えっと…。」
私達は呆けてしまう。
一拍の間の後、マカ先生も我に返った。深呼吸して、落ち着こうとしている。
私は改めて、尋ねる。
「どうしたのよ?…マカ先生?」
「あぁ、ごめんなさいね。…つい、取り乱したわ。」
と、マカ先生も話しだす。
「…まさか、彼を間近で拝めるなんて思わなかったから。」
「彼って、…ライル?」
「あのね。…彼は城の中じゃ、淑女や若いメイド達の間では、凄い有名人なのよ」
「え?…そうなの?」
「…正体不明の超絶美男子って知らない?…神秘的な見た目、銀髪、赤い瞳、スラリとした腰つき、まるで精巧に作った人形が生きているみたいに!」
「確かに見た目は、 …目を引く方ね。」
と、私は途中に、ライルの方を一瞥した。
当の本人は、目をぱちくりさせているようだ。
「でも、でも!…彼ったら、城の中で見かけるのに、何処の誰だか分からなかったのよ。…話しかけようとしても消える様に居なくなっちゃうの。」
「…そうなんだ。」
「…私も、今、名前を知ったばかりなんだから。」
その後も、マカ先生は力説している。凄い熱量で、一人で興奮している。
私達は、じっと話を聞き続けるのだった。




