平凡より華を咲かす
私の高校生活は一言で言えば平凡そのものである。むしろ平凡と呼ばれるいわゆる平均的な高校生活より華のないものであった。
学力は高くなく、低くもない。知名度があるわけでもなく、かと言って無名でもない。そんな学校に私は通っていた。
中学時代では部活をやっていたものの、当時の私は部活に行くという行動に嫌気がさしており、高校では部活などしないと心に決めていた。おそらく人生で最も頑なで、はっきりとした意思であっただろう。
結果、その行動は皮肉にも友達の少ない惨めな高校生活を創り上げることになってしまったのだが。
おそらく私の名前を覚えている同級生は五分の一もいないであろう。休み時間には学校で使うタブレットをいじるか、単語帳を覚えるふりをしていた。
私には勉学の才はない。というよりは努力の才がないのだろう。毎日机に向かっては手におさまりのいい鉄とプラスチックの板を指先で撫で回している。集中とは無縁の受験期であった。
その癖して偏差値の低い大学は見下し、入るつもりはないと高をくくっていた。最初は多くの人が憧れるであろう大学を志望校としていたが、だんだんと目標を下げて行き、いわゆる中堅上位校に落ち着いた。しかし、そこにも合格はできず、ギリギリ中堅学校になるであろう大学に進学した。あるのかないのかが分からないプライドと心の中で蠢く徒労感を両腕いっぱいに抱えて挑んだ受験はおそらく失敗であっただろう。
そんな心情を抱きながら始めた大学生活も失敗に終わった。華の大学生、変わってやろうと挑んだのはいいものの、自分のコミュニケーション能力の無さに思わず辟易とした。今思えば当然のことである。コミュニケーション能力はクリスマスの朝、枕元にプレゼントが置いてあるように突然現れるものではない。日々の生活で成長していくものなのだ。子供の時のように話せばすぐ友達になれるものでもない。人と人には暗黙の了解とそれに連なる壁が存在する。私はその壁を乗り越える道具も方法も持ち合わせていなかったのだ。
結局、高校時代とほとんど変わらず、少数の知り合いができただけで後はバイトをするか、講義を受けるだけの平凡より下の大学生活を送ることになった。
「らっしゃせー」
やる気なさげな適当な挨拶をかまし、目の前の客を見る。そこには金髪の男に肩まで髪を伸ばした女が寄生植物のように絡みつく光景が広がっていた。以前の私なら多少の苛立ちを見せていたのだが、もう何も感じない。
「えっとぉ〜自分は肉まん一つで〜、マナミちゃんは何がいい?」
「わたしぃ〜?えっとねぇ〜ユウキくんが決めてよぉ〜!」
「ごめんなさいね〜店員さん。えっとじゃ〜あ。マナミちゃんも肉まん食べるぅ?」
「うん!」
こんな会話を聞いても全く苛立たない。
「では、肉まん2点で380円です。」
「マナミちゃんは出さなくていいよ〜!」
「え〜悪いよぉ〜」
私は全く苛立たない。
「...120円のお返しです。」
「はい。ど〜も〜ごめんなさいね、待たせちゃって!ほら、マナミちゃんも〜!」
「ごめんちょ?」
「かわいい〜」
「ちょっとやめてよぉ〜!」
私は全く苛立たない。
「死ねえ!!」
ロッカーの並んだ部屋にて、癇癪を垂れながら置いてあった空のダンボールを破壊していく。
「クソきしょきしょ!もはや異常気象だ!この世の戦争全部あいつらのせいだろ!」
根拠もへったくれもない罪を彼らに着せようとするほどの怒りを無機物にぶつける。
「おーおー荒れてんなぁ。」
ドアが開く音が聞こえると、後ろからバイトの先輩が入ってくる。
タバコを咥えながら、空っぽのライターを片手に、クマの酷い目をした眼鏡をかけた女性。
多治比清子、芸大に通う少し変わった人だ。
「あ、お疲れ様です。」
「落ち着くのはっや。」
そんなことを言いながらケラケラ笑う。
「あれ?多治比さん今日シフトでしたっけ?」
「さっき店長から入ってって言われたからさ。」
「ですけど、先輩課題があったんじゃないんですか?美大は課題出さないと終わりって言ってましたし。」
「思ったより早く終わったのさ。遅筆ではあるけど、遅筆の理由は始めるのが遅いからなの、私は。」
癖なのか、会話をしながら腰近くで指を回している。そして、なぜか私のロッカーを漁り回す。
「あれ?ライターは?」
「持ってないですよ。非喫煙者ですし。そもそもここ火災報知器ありますよ。」
「大丈夫大丈夫。壊してあるから。」
「何も大丈夫じゃないでしょ。」
諦めたのか、咥えたタバコを箱に戻し、どこからともなく出した氷結のプルタブを引く。
「...。」
「そんなことも気にするのか?だから君はギークボーイなんだよ。わかる?ギークって。」
「分かりますよ。...まあ、今日はあんまり人来ない日ですし、そんなもんでもいいのか。」
自分に言い聞かせるような言い草で、多治比さんの行動を正当化させようとする。
「そーさ!そんなもんでいいんだよ。」
多治比さんはそう言い、手に持った缶を口に寄せ、中に入った液体を一気に胃に叩き込んだ。そんな様子を見て、少し羨ましく思った自分がいたが、それに気づくことはできなかった。
「...楽しいですか?大学。」
「ああ!楽しいぞ?後二年しかないのが悔やまれる!一浪一留だけどね!」
「やっぱやりたいことがあるから?」
「なんだ?八島、お悩み相談か?人生の先輩である清子ちゃんがドンと聞いてあげよぉ。」
いつの前にかすでに空き缶が二本になっており、彼女にはすでに少し酔いが回っている。まあ、そのほうが自分には都合がいいか。
「俺、大学全然楽しくないんですよ。夢はもちろん、やりたいことなんてわからないし、講義の内容もつまらないですし...友達も...少ないし...」
「いないの間違いだろ。」
「んだよ。ちょっと誤魔化したのに。」
図星すぎて思わず敬語が全崩れする。だが、それほどまでにその事実が自分のコンプレックスになっているのだと言うことへの自覚には繋がった。
「友達の作り方は分からん。私もいないもん。だけどね、夢はともかく、やりたいことの見つけ方は教えられる。」
眼鏡を少し取り、目元を擦こすりながら一言、言い放つ。
「人に憧れろ。」
「そう言われてもなぁ...」
一人、夕暮れの道を独り言垂れながら歩く。コンクリートの道を暖かなオレンジ色が染め、電柱の影が時折長く足元に伸びてくる。リードに繋がれた犬が嬉しそうな顔で飼い主を見ながら散歩をしている。少し疲れた様子のサラリーマンが笑顔で家族と電話をしながら歩いている。
「...。」
別にこの光景は普通である。だが、なんとなく好きだ。私の貧相な語彙力では説明できない引力をこの光景は持っている。
「憧れ...」
しばらく直接人の口から聞かなかったその言葉。その理由は多分口に出すのが少し小っ恥ずかしいからだ。しかし、あの人はなんの躊躇いもなく、恥ずかしさの一片も見せず言い切って見せた。
「...。」
突然だが、これは私が憧れを見つけるための物語である。惰性と徒労に満ちた大学生活を変えるための一片を見つけるための物語である。世界を救うわけでも、世界が変わるわけでもない。
それだけの平凡で、だけど少し華のあるある物語である。




