民間人の一人や二人
新年ヤンデレです。リモコンを探す魔法欲しいんだよなぁ。
義姉が勝手に送ってきたクッションだけは、汚さずにとってある。
「わ〜、ありがとうございます……このクッション、先輩の趣味じゃないですよね?」
明るい声を出した後に、静かに瞳のハイライトを消す後輩に、緋田談は、慌てて弁明した。
「それは義姉のだ、汚すなよ」
汚したら、今度こそ、談はこのアパートから連れ出される。日の目を浴びてしまう。そんなのはごめんだ。
「あっ、茅子さんのですか。かわいいですね。では、ありがたく使わせていただきますね?」
納得した様子の後輩は、ピンクのキャラクターもののクッションの上によいしょと座った。
ーーやべえ女とやべえ女のコラボだな。
仮にも自分を拾ってくれた義姉をやべえもの扱いする談だが、義弟溺愛人間に対する評価はこれくらいで良いだろう。後輩に関しては、やべえの域を超えている。
「それで、先輩」
女の子らしい可愛い声だが、妙にドスが効いている気がしなくもない。
やべえ後輩ーー志津川慄七は、にこにこ笑顔でこう言った。
「手始めに民間人の一人や二人を殺してみましたけど、心変わり、しましたか?」
「これは、リモコンを探す魔法。主従契約を結んである。対価は電池。普通のリモコンより電力の消費が激しいが、この部屋では必要だな」
談が卒業したのは、日本の普通の学校ではなく、魔法学校である。幼少中高一貫校で、談が入学したのは初等部ーー“民間人”で言えば、小学校からである。
本当は、普通の学校に行きたかったのだが、ある日家に帰ると黒いスーツの魔法学校関係者たちがいて、あれよあれよという間に、入学を決められていた。
怒り心頭の、当時は中等部だった茅子が大人たちを魔法で燃やそうとしたのを必死に止めて、談は魔法学校初等部に入ることにした。
『どこから嗅ぎつけたのかしら』
普段はほんわかしている義姉の、苛立った顔を見た談は、絶対に義姉を怒らせないようにしようと心に誓った。今はこんな生活をしているけれども。
そうして、談は、知った。
自分が、極度のコミュ障であることを。
今まで、猫可愛がりしてくる茅子の一方的なコミュニケーションしか知らなかった談は、魔法学校の空気に馴染めなかった。人前で喋ることも嫌だったし、呪文を唱えるなんてもっての他。
絶対に、噛む。
そんな確信を持った談には、幸か不幸か、魔法の才能があったらしい。
世界で初めての発語なしの魔法ーー無詠唱魔法を完成させてしまったのだ。
魔法学校を卒業する寸前、談には、数多の進路が用意されていた。が、談は、そのどれもに就職する気が起きなかった。
「あと、これはカーテンを自動で開け閉めする魔法。力加減を間違えると、カーテンレールがひしゃげるのが難点だな」
不満そうに聞く慄七の顔を見て、談は心の中で「ざまみろ」と舌を出した。魔法を神聖視する魔法使いには、この使い方が、冒涜に見えることだろう。
開かれていた就職先。
中には、高待遇のものもあったが、談はそれを全て蹴って、このアパートに引き篭もった。
そのどれもが、人前に出る仕事だった。そして、魔法の素晴らしさを喧伝する仕事だった。
魔法使いというのは、適性がないとなれない。それに加えて、人の命を簡単に弄ぶことができるーーそのどれもが、魔法使いを増長させる材料になる。
今となっては、どうして茅子が、談を魔法学校から隠していたか理解できる。フランクに言ってしまえば、魔法使いは性格が悪い。自分たちと比べて、魔法が使えない人間のことを、“民間人”と呼んでいるのだ。
そして御多分に洩れず、いつでも命を奪える人間のことを、志津川慄七もまた、軽視していた。
談の性質を知ってか知らずか、民間人を殺して、自分たちの組織に入れと言うのだ。心象は最悪、だが、談には抜群の効き目がある。
……などと自分から言うわけにはいかないので、談は、慄七のことを無視して、自分の魔法についての解説を行なっているというわけだ。
人殺し集団の仲間になるなんて絶対に嫌だが、かといって、断ったら死ぬ。それを談は、肌で感じているのだ。
だから、すっとぼけて魔法の解説をしている。談の使う魔法なんて、こんなもんですよとアピールしているのである。
「ねえ先輩。私は、先輩が私たちの仲間になってくれるまで、ずうっと、ずうっと、民間人を殺しますよ? 別に私は、金原さんの意見に賛同してるわけじゃないんですけどーー」
「それからこれが、ゴミを分別する魔法。特に冬になったら重宝する。なにせ、カイロも分別可能だからな」
病んでるコメントを無視して、談はゴミ屋敷で開発したゴミ分別魔法を披露した。
別に好きでゴミ屋敷にしているわけではない。茅子が家の中でぐうたらだったから、談の家事スキルはカンストしている。だが、人に近づいてほしくないから、あえて汚くしているのだ。そんなゴミたちを突破してきた後輩は、やはり、頭がおかしい。
「すごい、これを使えば、民間人から刃物を取り上げることができますね!」
解説をしていないのに、雷魔法による磁場発生を見抜き、応用技まで考える慄七を、談は勿体ないなと思った。
志津川慄七もまた、談と同様の天才なのである。いや、実際めちゃくちゃ努力した談と違って、彼女は、本物の天才なのかもしれない。
それが偽物の天才である自分を仲間に誘おうとしているだなんて、滑稽にさえ思えてくる。
「で、これが、瞬間湯沸かし器を超えた湯沸かし魔法。期限切れの茶しかないけど良いか?」
ぶぶ漬けの要領で、談は慄七に帰ってもらえないかと期待したが、慄七は「はい!」と元気よく嬉しそうに言っただけだった。
いつになったら、この後輩は帰ってくれるのだろうか。
キッチンに向かいながら、談はじゃぶじゃぶとティーバッグを百均のマグカップに浸した。
「はいどうぞ」
自分の分も用意して、談はずずっと茶を啜った。
ーーいったい、いつになったら、俺はこの女から解放されるんだろ。
とか、そーいうことを考えてそうな先輩もまた、可愛いと私は思う。
無論、解放してあげる気はない。ずうっとこのまま、私が殺す民間人たちを見て、罪悪感を募らせてくれると、すっごく嬉しい。
先輩の淹れてくれた期限切れのお茶を飲みながら、私は、幸福感に包まれていた。
ーー金原さんの組織に入ってよかったなぁ。
魔法使いの地位向上? 本来の日本の支配者? そんなものに興味はない。だけど、金原の活動は、私にとって都合が良いものだった。
先輩は、面倒ごとが嫌いだから、金原の組織には絶対に入らない。加えて、民間人を殺しておいたから、嫌悪感もマシマシなはずだ。組織には、絶対に入らない。
勧誘に来ているんじゃないのかって? 違う違う、私は、先輩に組織に入ってほしくない。
だってそんなことしたら、先輩は、私だけのものじゃなくなる。
こうやって、引き攣った顔をしながら、私をもてなしくれる先輩との時間を、私は大切にしたいのだ。だから先輩には、一生孤立していてほしい。
そのためには……。
『続いてのニュースです。◯◯山中で見つかった遺体は、』
リモコンをひと睨みして、ニュースを消させる。先輩は、幸いなことに、エアコンのスイングを調節する魔法に関して解説中だった。
それを愛おしく見つめながら、私は思う。
『民間人の一人や二人を殺せば、緋田も頷いてくれるさ』
本当に、彼の言う通りだった。
“民間人”の一人や二人を殺せば、私はずうっと、この優しい先輩といっしょにいられるのだから。




