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そして、ついに歓迎パーティーが始まった。


学院長の挨拶、生徒会長の挨拶に続き、楽団がダンスのための曲を奏で始める。


ここから先は各自好きなように過ごすこととなっていた。

用意された美味しい料理やスイーツを楽しむも良し、仲の良い者同士で会話をするも良し。

生徒たちは思い思いに会場に散らばって行った。



その時だ。

入口の近くでざわめきが起こった。


そのざわめきは段々と大きくなり、ついにはサンドラ王女の耳にも届くほどになった。


何事かと目を凝らすサンドラ王女の目に飛び込んできたもの、それは。

息を呑むほどに美しい一人の令嬢の姿だった。



月の光を紡いだかのような銀髪に、紫水晶(アメジスト)のような神秘的な瞳。

瞳と同じ色合いの紫水晶(アメジスト)のイヤリングとネックレスが、淡い菫色のドレスによく映える。

彼女が一歩進むごとに軽やかに揺れるドレスの裾は、小さな菫の花の刺繍が施されたオーガンジーで覆われていた。


その姿に、会場のあちこちから賛美の声が上がり、ほうっというため息をつく音が聞こえてくる。

その場にいる誰もが、その美しさに心を奪われていた。



だが、サンドラ王女だけは、憎しみに燃えるような目でその令嬢を――いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を睨みつけていた。



「…………一体、どういうつもりなの……」



サンドラ王女の、地の底から湧き上がるような低い声に我に返った取り巻き達が、今更ながら驚愕に目を見開きルドルフを見つめた。



「そのドレスもどういうつもり?……どうして、貴方がそれを着ているの! ルドルフ・フォン・リューベック! 早く答えなさいよ!」



そう。

ルドルフは今、ドレス姿なのだった。


そして、ルドルフが身に着けているそのドレスは、彼がサンドラ王女に贈った物と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

しかも、アメジストのネックレスとイヤリングまでもが、全く同じデザインだった。




「どうですか? 似合ってますか?」



ルドルフはほんの少し首を傾げ、胸の前で腕を組む。

そんな姿で微笑むルドルフは、まるで天使のように愛らしかった。



「サンドラ王女、以前、貴女は私にどんな女性が好みなのか、と聞きましたね。その答えを、今、お教えしますね。私が好ましいと思う女性は……そうですね、少なくとも、()()()()()()()()です」



「…………っ!!」



自分が身に着けているのと全く同じドレスと装飾品をその身に(まと)った男――だが女である自分より遥かに美しい――にそう言われてしまったサンドラ王女は、羞恥と怒りのあまり、目の前が真っ暗になった。


だが、ここで倒れるわけにはいかない。

ズタズタにされたプライドを保つため、サンドラ王女にはまだやらねばならないことが残っている。



そして。いつの間にか浅くなっていた息を深く吸い込み、震える指を握りしめながら、サンドラ王女は大声で叫んだ。



「ルドルフ・フォン・リューベック! 貴方との婚約は破棄するわ!」


「……かしこまりました」



ルドルフは、喜びのあまり大声で笑い出しそうになるのをなんとか堪えつつ、ドレスの裾を持ち上げて優雅に淑女の礼を取った。






※※※






パーティーの翌日。


朝食を摂りに食堂に行くと、父、継母、異母弟の三人はもうすでに席に付いていた。


昨日の騒ぎはもう耳に入っているのだろう。

父は怒りに満ちた目でルドルフを睨みつけ、何かを言いかけ――そして、固まってしまった。


継母と異母弟も同様だった。驚きに目を見張り、全ての動きを止めていた。



その時ルドルフは、いつもの制服ではなく、()()()()()()()()を着ていたのである。

これもあのドレスと同じように、叔父に頼んで手配してもらったものだった。



ルドルフが黙って席に着き食事を始めると、目の前の席に座っている継母が「グレーテル様……」と小さな声で呟いた。


『グレーテル』というのは実母マルガレーテの愛称だ。

そう言えば、若い頃の母は、屋敷の使用人達から『奥様』ではなく、『グレーテル様』と親し気に呼ばれていたらしい。


その時ルドルフは、商会で自分のドレス姿を見た叔父ヨシュアが、消え入りそうな声で『姉上……』と呟いていたことを思い出した。

『やはり親子だな。そうしていると、姉上が生き返ったみたいだ』

そう言う叔父の目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。


どうやら、女装した自分は母にそっくりらしい。

だとしたら、継母はこの姿に母の面影を見たのだろうか。


継母はその後、真っ青な顔で震えていたが、ついには我慢できなくなったとでもいうように泣きながら席を立ち駆け出していった。

異母弟が「母上!?」と叫びながらその後を追う。


テーブルには、父とルドルフの二人だけが残された。



「お前は」


父の顔は真っ白だった。ひどく具合が悪そうだが大丈夫だろうか。


「お前は、それで、満足なのか?」


絞り出すように発せられた声には、目に見えない怒りと失望と恐怖が入り混じっているようだった。


「はい」


口の中のものを飲みこみ、ゆっくりとグラスから水を一口飲んだ後で、ルドルフはようやくその一言を発した。


それを聞いた父もまた席を立ち、食堂から無言で出て行った。


これで落ち着いて朝食が食べられると、ルドルフは笑顔で千切ったパンを口に入れた。








その後。

女子の制服を着て登校したルドルフは、学院の女子生徒の誰よりも美しかった。


昨夜の騒ぎを知らない者は、一人としていないだろう。

だからこそ、ルドルフに話しかける者は誰もいなかった。

今までそこそこ仲良くしていた友人達も、怯えたような目でルドルフを見つめ、目が合うとこそこそと逃げて行った。


――サンドラ王女との婚約を嫌がるあまり、女装して王女をコケにし、強引に婚約破棄に持ち込んだ男。

――婚約破棄が叶った後でも、何故か女装を止めず、女子生徒の制服で学院に通う男。


そんな理解不能の地雷物件、誰しも関わり合いになりたくはないだろう。


これからの学院生活を一人で過ごすことになるのは少しだけ寂しかったが、あのまま婚約を続けていくよりはずっとましだった。


ルドルフは自分のやったことに後悔はしていないし、この格好を止めるつもりもない。

だから、友人との楽しい学院生活なんて望むべくもない。


そう、思っていたのだが――





「おはよう」


一人の男子学生が、のんびりとした声でそう声を掛けてきた。


少しぽっちゃりとした体型だが、金髪に青い目で、中々に整った顔立ち。

にこにこと感じの良い笑顔を浮かべている。



「僕の名前はウォルター・コーネル。君の名前は?」



昨夜の騒ぎを知らないのか、それとも、知っていてからかうつもりなのだろうか。

ルドルフはウォルターと名乗った少年の思惑を探るように、黙ってその顔を見つめ返した。


だが、ウォルターはきょとんとした顔でこちらを見て、ルドルフが名乗るのをお利口な犬のようにじっと待っている。

その姿はルドルフの警戒心を解くのに十分だった。



「グレーテル。私の名前はグレーテルよ、よろしくね」


「こちらこそよろしく」


そう言って差し出された手は、予想よりもずっと温かかった。



ほんの悪戯心から、偽名を名乗ったルドルフだったが。

生まれ変わって新しい自分になれたような気がして、そう名乗るのも悪くないなと思えた。


これからは、親しい友人にはグレーテルと呼んでもらうのもいいかもしれない。

そう思いかけてから、自分には親しい友人なんて呼べる者は、一人もいないことを思い出した。


なのでルドルフはとりあえず、目の前のこの人の良さそうな彼に、友人になって欲しいと頼むことにした。




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