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学院に着くと、すぐにサンドラ王女がやって来た。

相変わらず取り巻き達を引き連れている。



「貴方が私の婚約者になったこと、もう聞いたかしら?」


ルドルフが、この婚約を快く受け入れると信じて疑わない眼差し。

それを酷く不快に感じたルドルフは、思わず強い口調で言い返した。



「その件につきましては、はっきりとお断りしたはずですが」


「……何ですって?」


ポカンとした表情でそう答える王女。

だが、徐々に羞恥と怒りがこみ上げてきたのだろう。

真っ赤な顔で叫んだ。



「誰に向かって言っているの!」


「貴女ですよ、サンドラ王女。私はこの婚約を了承した覚えはありません」



ルドルフからそんな風に言われてしまった王女は、まるで親の仇を見るような目でルドルフを睨んだ。

その様子を見た取り巻き達が、おろおろと取り乱している。



「リューベック公爵令息! 不敬ですよ!」

「そうです。どうかお控えください!」



取り巻き達がルドルフを責める声に勇気づけられたのだろうか。

サンドラ王女がルドルフに向かって、余裕のある優し気な声を出した。



「まあいいわ。今日のところは許してあげる。でも、憶えておくのね。貴方と私の婚約はもう正式に結ばれたの」


ルドルフはそれに対して何も答えなかった。

ただ、嫌悪感の籠った目で王女を見返すだけ。


王女はなおも会話を続けようと「貴女はどんな女性が好みなのかしら」などと声をかけた。

だがルドルフはそれには答えず、黙ったまま王女を蔑むような目で見つめていた。


でも、それで十分だった。

王女は唇を噛んで悔しそうな表情になり、取り巻き達を引き連れて足早に去って行った。




王女達が立ち去り、一人になったルドルフは、今後どうしたら良いのか必死に考えを巡らせた。


王女は婚約が正式に結ばれたと言っていた。

だとしたら、もう、正式に破棄するしかない。


だが、ネーデル王が正式に申し入れた婚約を、リューベック公爵家当主が快く受けたのだ。

こちらからの破棄は不可能と言っていいだろう。

だとしたら、唯一の方法は、サンドラ王女から婚約破棄を言い渡されることだけ――



ルドルフは、そう考えながらいつの間にか中庭まで歩いてきていたらしい。

空いていたベンチに座り、大きくため息をつく。


どうやって、あの我儘な王女から婚約破棄を言い出させるか。


彼女はかなり意固地になっていた。

取り巻き達の目の前ではっきりと断ったのがまずかったのかもしれない。

もう少し穏便に、秘密裏に事を運ぶ必要があったのだろう。


でも、あの時のルドルフにはそんな余裕はなかった。



父や継母、マリウスのことを考えると、腹立たしさで眩暈がしそうなくらいだ。

そんな不安定な気持ちを抱えている時に、王女からあんな高飛車な態度を取られたのだ。

苛ついて我慢ができなくても仕方がないではないか。


そんな風に心の中で言い訳をしつつ、黙り込んで座っていたルドルフの耳に、近くに座っていた男女の会話が飛び込んできた。


『新入生歓迎パーティーで着るドレスを、僕から贈らせて欲しい』


男子生徒の申し入れに、婚約者だという女子生徒が頬を染めつつ嬉し気に頷いていた。




――そうだ。その手があったか。


ルドルフは、唇の端を持ち上げにっこりと微笑んだ。


偶然通りかかった生徒達が、その微笑みに目を奪われ、頬を染めてうっとりとルドルフを眺めていた。

そう、ルドルフは今日も美しかった。






※※※






ルドルフは家に帰ると、父親に向かってこう言った。


「サンドラ王女にドレスを贈りたいのですが」


それを聞いた父親は、満面の笑みで費用はいくらかかっても構わない、最高のドレスを贈るようにと言った。


次にルドルフは、母の実弟であるヨシュア・ウェーバー伯爵のところに行き、今自分が置かれている状況について説明しつつ、婚約破棄に向けての協力を仰いだ。


今では成人し無事にウェーバー伯爵当主となった叔父ヨシュアは、姉を裏切り、今また甥までもを不幸に陥れようとしている義兄を許せないと言い、ルドルフのためならどんなことでも協力すると言ってくれた。


その後、ルドルフはヨシュアが紹介してくれた商会を通じて、サンドラ王女に婚約者である自分からドレスを贈りたいと打診した。


その申し出に喜んだサンドラ王女は、すぐにドレスを作り始めた。

本来ならば出来上がったドレスを届けるものらしいが、サンドラ王女は隣国の王女で、ここロルバーンではドレスを仕立てたことが一度も無いのだ。

サイズがわからなければドレスの作りようがない。

なので、今回に限っては、サンドラ王女自身に商会に足を運んでもらう事になった。


とは言え、大まかなデザインはルドルフが決めた。

サンドラ王女には、自分が選んだデザインのドレスを着て欲しいのだと手紙を出した。

その手紙を受け取った王女は、勝ち誇ったような顔で笑いはしたが、返事は書かなかった。

婚約者であるルドルフが自分に手紙を寄越すのは当然なのだからと。


ルドルフはドレスのデザインを何回も変更した。

袖の形が気に入らない、裾が地味過ぎて王女には相応しくない、などと尤もらしい理由をつけて。

サンドラ王女はその都度商会に呼び出され、ドレスの仮縫いをしなければならなかった。

そのため、放課後になると急いで学院を後にした。


なにせ、歓迎パーティーまでは時間が無いのだ。

おかげでルドルフは、貴重な放課後を婚約者とのデートなどという不本意なことに費やさずに済んだ。






そして。歓迎パーティーの日がやって来た。


ロルバーン公国の学院には、13歳から18歳までの貴族の子女が通うこととなっている。

この日は全学生が学院の大広間に集まっていた。



多くの令嬢令息がひしめき合う大広間は、ため息が出る程美しかった。


天井から吊り下げられた大きなシャンデリアの光が、磨き上げられた大理石の床にキラキラと反射している。

色とりどりの季節の花で飾られた華やかな会場では、楽団の奏でる音楽がゆったりと流れていた。



そんな中、サンドラ王女はルドルフから贈られたドレスを身に纏い、取り巻き達に囲まれて誇らしげに笑っていた。


サンドラ王女は思った。

最初こそ、生意気な口を利いてきたルドルフだったが、こうして婚約者らしくドレスを贈って来たところをみるとどうやらこの婚約を喜んで受け入れたようだ。


やっぱり、そうだ。

自分が望んで手に入らない物など何一つない。

現にこうしてあの美しい公爵令息を手に入れることができたではないか。

母国にいる父に泣きついた甲斐があった、と。




本来なら、ルドルフがエスコートして会場まで付き添うべきだった。

だが、今日はどうしても外せない用事があるため、会場までのエスコートができない。大変申し訳ないという謝罪の手紙と共に、ルドルフの瞳の色と同じ紫色のアメジストのネックレスとイヤリングも届けられていた。


ドレスだけでなく、身に着ける宝飾品まで贈ってくるとは。

サンドラ王女は、ルドルフが婚約者の務めを果たそうと必死になっていると信じて疑わなかった。



「ルドルフはまだ来ないのかしら? 早くこのドレスを見せたいのに」



じれったそうにそう言うサンドラ王女を、取り巻き達が耳に心地良い言葉で(なだ)めていく。

彼らは王女にいつだって機嫌よくしていて欲しいのだ。

何しろ、機嫌を損ねた王女ときたら、悪魔のように恐ろしいのだから。




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