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「これで我が家の息子達は二人とも公爵となる。なんとも喜ばしいことじゃないか、なあ、ルイーザ」



父から笑顔でそう言われた継母ルイーザは、一瞬ルドルフの顔色を伺うような素振りを見せたが、ややあって笑顔で頷いた。



()()()()()だけでなくマリウスまでもが公爵になるだなんて。本当に素晴らしいことですわ」


「そうだろう? リューベック公爵家にとっては大変な幸運が巡ってきたんだ。マリウス、これからはお前がこのリューベック公爵家の跡継ぎだ。より一層、励みなさい」


「はい! 父上のご期待に沿えますよう頑張ります!」



――これは一体、どういう茶番だ。


ルドルフは信じられないような思いで父親の顔を見た。

だが、父は決して目を合わそうとしない。

ルドルフは小さくため息をついた。


そうして、自分以外の家族が笑顔で和やかに朝食を続ける中。

ルドルフは黙って席を立ち、静かに食堂を後にした。





ルドルフのことをいまだに「様」付けで呼ぶ継母ルイーザは、かつては亡くなった実母マルガレーテの侍女をしていた女で、元々の身分は男爵令嬢だったそうだ。


ルドルフはまだ幼かったため、ルイーザが母の側に仕えていた時のことを全く覚えていなかった。


だから二年前に父が、ルイーザとその息子を家に連れて来た時、ルドルフは完全に初対面だと思っていた。

その時のルドルフは、母親が亡くなってまだ一年しか経っていないのに新しい妻と()()()()()を家に迎えた父に腹を立てていた。


ところがだ。

使用人たちの内緒話を聞いてしまったルドルフは、驚愕の事実を知ることとなる。


継母ルイーザは母の侍女だった頃からすでに父と関係を持ち、子供を身籠った。

つまり、ルイーザの連れ子だと思っていたマリウスは、実は異母弟だったのだ。

父はルイーザに住む家を与え、愛人として囲っていた。

そして、三年前に亡くなった実母マルガレーテの喪が明けるやいなや、父はすぐにルイーザと実の息子であるマリウスを家に迎い入れた。


事の真相を知った時。

ルドルフは驚いたと同時に、ああ、()()()母が言っていたのはこの事だったのかと腑に落ちた。



()()()()

死の間際、実母マルガレーテは泣いて取りすがるルドルフに言った。



『私はあなたのお父様と一緒になれて幸せだったわ。あなたのような可愛い息子を授かったんですもの』



そう言って微笑んだ彼女は、やせ細った手でルドルフの頭を優しく撫でてくれた。

そして、しっかりとした口調で、言い含めるようにこう言った。



『だからね、ルドルフ。どうか、お父様を許してあげて頂戴ね』



その頃のルドルフは、病床の母を見舞うこともせずに家を留守にする父にずっと腹を立てていた。

だから思ったのだ。

母が許せと言っているのは、妻の死に目にも姿を見せない薄情な父のことだと。


だが、どうやらそれだけでは無かったようだ。

母が許せと言っていたのは、もっと多くのことも含んでいたのだろう。






ルドルフの母マルガレーテはとても美しい人だった。

その上、マルガレーテはとても賢かった。

学院を首席で卒業するほどの才女で、卒業後は大公家で文官として働くことが決まっていた。

なおかつ人柄も素晴らしく、多くの友人達から慕われていた。


そんな全てにおいて恵まれていたマルガレーテだったが。

生家であるウェーバー伯爵家が、突然の悲劇に見舞われた。


領地が長雨による水害に遭い、ウェーバー伯爵家はその立て直しのために多額の借金を背負うこととなったのだ。

そんなマルガレーテをさらなる不幸が襲った。


資金繰りに追われていた両親が、馬車で移動中に土砂崩れに巻き込まれ、帰らぬ人となったのだ。


その時のマルガレーテは卒業を半年後に控えた無力な令嬢に過ぎず、まだ幼い弟と二人、この先どうやって暮らしていけば良いのかと途方に暮れるばかりだった。



そんなマルガレーテに、救いの手が差し伸べられた。

今は亡き先代のリューベック公爵家当主、すなわちルドルフの祖父が、こう提案してきたのだ。


『情けない話だが、一人息子のフランツはどうにも頼りない。なので、マルガレーテ嬢のような優秀な女性が妻となって支えてくれたら大変有り難い。もし、リューベック公爵家に嫁いでもらえるなら、ウェーバー伯爵家の借金を肩代わりし、嫡男が成人するまでの後見人となろう』


そうしてマルガレーテは、リューベック公爵家に嫁いだ。


祖父が生きているうちは、なんとか上手くやっていたらしい。

だが、先代当主である祖父が亡くなり、跡を継いだ父フランツは、妻の侍女に手を付けた挙句に子供まで(こし)えてしまったのだ。




そんな母が果たして幸せだったと言えるのだろうか。


ルドルフは父と継母ルイーザ、それから異母弟マリウスに対して激しい怒りを覚えた。

絶対に、許さない――だがそう思った時、生前、母が語ったあの言葉を思い出した。



『だからね、ルドルフ。どうか、お父様を許してあげて頂戴ね』



ああ、そうか。

母はこの時のために――自分が真実を知った時のことを見越して、あの言葉を口にしていたのだ。


母は全てわかっていたのだ。

自身が父に裏切られたことも、自分亡き後に真実を知った息子が父のことをどう思うかも、全て。

全てわかっていて、それでも許せと言っていたのだ。


だが、いくら母の遺言と言えども、ルドルフは、父を許すことなど到底できはしなかった。


ルドルフにできるのは、せいぜい父を許し、継母と異母弟を受け入れた振りをすることぐらい。

たからルドルフは、許しはしないが責めもしない。

ただただ黙っていることにしたのだ。



それからルドルフは、父に対する憎しみが湧きあがると、将来についての計画を立てて気を紛らわせることにしていた。


無能な父には早々に引退してもらう。

自分が公爵家を継いだ後は、夫婦仲良く領地に引っ込んでもらうのだ。

異母弟のマリウスについては、好きに生きて行けばいいと思っていた。

何をしようが自分には関係ないことだ。



だが、父はサンドラ王女との婚約を勝手に引き受けてしまった。

このままでは自分は公爵家を継ぐことはおろか、この国にいることすら叶わなくなる。



ネーデル王国からの婚約の申し込みは、断ることができたはずだ。

隣国とは言え格上である王家からの申し込みではあったが、こちらは公爵家の嫡男なのだ。

当の本人たちが深く愛し合っているというならば仕方がないが、そうではないのだ。

しかもルドルフ自身がすでに王女本人に対して断っているのに。


面と向かって反発してくることはないものの、可愛気がなく無口な長男を厄介払いし、愛する女が産んだ可愛い次男を跡継ぎに据える絶好の機会だとでも思ったのだろう。

そう思うのも無理はないのかもしれない。






「兄上」


背後から掛けられた声に、ルドルフは足を止め振り返った。

自分を追って来たのだろう、異母弟マリウスが笑顔を浮かべて立っている。



「……なんだい、マリウス」


「僕、この家の跡取りとして一生懸命頑張りますから!」


頬を紅潮させ大きな声でそう叫ぶマリウスに、 ルドルフはため息をつきながら答えた。



「……私はまだ、婚約を受け入れたわけではないよ」


「えっ?」


「私はまだ、この家を継ぐのは自分だと思っている」


「…………っ!」



マリウスの顔色がみるみるうちに青褪めていく。

そして、その目にはうっすらと涙が滲んでいる。



「そんなのひどい! 僕では無理だと仰るんですか!? 兄上はいつだって僕のことを馬鹿にして……!」



今の話のどこに、マリウスを馬鹿にするような要素があっただろうか。

マリウスは7歳だが、考え方は年齢よりもずっと幼く、すぐに感情的になる。

このまま、いつものように泣き叫びながら両親の元に行くのだろう、ルドルフがそう思った瞬間、マリウスが大きな声で叫んだ。



「兄上なんて、可哀想な子供のくせに!」


ルドルフは、マリウスが何を言っているのか理解できなかった。


「可哀想? 私が?」


「そうだ! 兄上は可哀想な子供なんだ! 皆、そう言ってる! 父上も母上も、使用人たちも!」


マリウスは涙でぐしゃぐしゃになった顔を手の甲でこすりながら叫んでいる。



「僕は愛し合う二人から生まれた幸せな子供で、今だって父上にも母上にもとても愛されている! だけど、兄上は違う! 兄上は、誰からも愛されていない可哀想な子供なんだ!」


「マリウス、黙りなさい!」



いつの間にかそこに駆けつけた父が、マリウスを制止する。

だが父は、マリウスの言葉を否定する様子は一切口にしなかった。




『だからね、ルドルフ。どうか、お父様を許してあげて頂戴ね』




母の言葉が不意に頭の中に蘇る。

人生の最後の最後に、母が息子に放った言葉。



「……無理です、母上」


誰にも聞こえないような小さな声で、ルドルフはそう呟いた。




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