これは、昔々のお話、、、、
私は最強となった。
私自身が言うのもなんだが、全ての魔術を極め、全ての剣術を身につけた私に敵うものはもうすでにこの世にはいないだろう。
現に、四百年もの間「最恐」と恐れられ、人類を恐怖に陥れていた魔王も私の前で膝をついている。
私は、それを複雑な気持ちで見つめていた。倒せたことは、嬉しいはずなのに素直に喜べない。
なぜなのだろうか、魔王討伐は悲願だったはずなのに。
魔王の傷は、けが一つせず、真っ白な肌を服の隙間から覗かせ、金色の髪を靡かせている私と違い、悲惨なものだった。
赤き髪は、ところどころ焦げボサボサになり、体には、無数の切り傷。そして、両手両足までも失っていた。
しかし、そこまでしても赤く光る目の光はらんらんとしていて消えていなかった。
「勇者よ、、、お前は強すぎたのだ。お前が名をあげて一年と経たずに私の軍の幹部達は次々と倒されていった。そして、彼らを倒したお前の名声はとどまるところを知らずにこの世界へと轟いた。」
無惨な姿になった魔王はそこまで話すと激しく吐血した。
ここまで、私の攻撃を受けたんだ。いくら魔王といえども体の限界なんてとうに超えているはずだ。
それでも、必死に何かを伝えようとする魔王の姿は、私の目には哀れに映った。
いくら最恐と謳われていたとしても、結局最後は、こんなにも惨めなものなのか。
落ち着いた魔王は、再び言葉を紡ぐように語り始めた。
「お前は、人類の希望だっただろう。今まで、四百年と長い月日人類を脅かしてきた宿敵を軽々と倒していくのだから。もし、お前が魔王側に生まれていたのなら、きっと世界すらも手に収めていただろうよ。」
「いいや、それはないね。私は、そういう欲には興味がないんだ。勇者になったのだって、村のみんなが魔物に襲われたからだし。」
私は、しゃがみ込んで魔王の視線に合わせながら間違いを正す。私が、支配欲や権力欲がないのは事実だからだ。
間違ったことは、正さないといけない。
そんな、私の行動を見て魔王は、一瞬驚いた顔をした後、豪快に笑い始めた。
「ハハハハ、そんな人間がいるわけなかろう!なにを、、、」
「私は欲はない。」
魔王の言葉に被せるようにして、再度否定する。
私は間違えない。私は、欲なんてない。
気圧されたのか、魔王は不満そうな顔をしながら話題を変えた。
「時に、勇者よ。子供を育てる気はないか?」
「なに言ってるんだ?」
突然の意味のわからない言葉に私が困惑していると、魔王は突然詠唱を始めた。
途端に、周囲から黒い煙が魔王の元へと集まり一つにまとまり始める。
[全てを飲み込むは我が漆黒なる棺。全ては我と共にあり我によって支配される。今ここに扉を開き顕現せよ!]
『時間圧縮管理装置!!!』
「しまっ、、、、」
私としたことが、完全に油断してしまっていたらしい。
私が剣を抜くよりも先に詠唱が完成してしまう。
再び、私が戦闘体制に入ったところで、魔王は私を諭すように言った。
「待て待て、もうどうみても俺は、お前と戦える体じゃないだろ。もう自分の死ぐらい受け入れている。それよりも託したいものがあるんだ。」
そう言うと、ブラックボックスの中から二つの塊が私の手へと飛び込んできた。
私が、受け取った手の中を見ると、それは二人の赤ん坊だった。
「そいつらは、この城の前で拾ったんだ。別々のタイミングでな。どちらの親も育てるだけの金がなくて、口減しで捨てていた。全くひどいもんだ。自分が産んだと言うのに。」
私は、黙ってその話を聞く。
私の手の中で二人はスヤスヤと寝息を立てて気持ちよさそうに眠っていた。
大切に育てられていたのだろう。
「見ての通り、今から俺は死ぬ運命なんでな、、、、。その二人をお前に預けたい。お願いできるか?勇者よ。」
そこまで行って、魔王は深々と頭を下げた。
それは、顔立ちと声は、二人への愛情が込められ、将来を憂うやのものだった。
私は、少し悩んだ後「はぁ、、」とため息をつき、再度赤ん坊の顔を見る。
私が、この二人を幸せにすることはできるのだろうか、、、?
私には、とても、、、、
その時、魔王が再度吐血した。
「ゴホッ、ゴッゴェ、、」
もう先が長くないのは、明白だった。
魔王は、最後の力を振り絞るかのように顔を顰めながら、語る。
「勇者。お前は、もう夢を全て叶えてしまったのではないか?魔王を倒し、一生困らないであろう名声と金を手に入れた。お前の目標は、、、生きる意味はもうないだろう。そうでなければ、あんな空虚な瞳をしていない。」
私は、ビクッと心臓が跳ねる感覚に襲われた。
魔王が言っていることは図星なのだ。
私は、欲がない故目標というものがほとんどなく、意味を感じられない人生を過ごしてきた。
そこに現れたのが、魔王軍だった。私に、村や人類を守るという使命をくれ、魔王を倒すという目標までもくれた。この数年間、私の人生で最も楽しかったといっても過言ではないだろう。それほど楽しかったのだ。何か目標があるということは。
「そこでだ、我からその赤子たちを受けとり育てないかということだ。子を育てるということは、案外楽しいぞ。新たな生きる意味になり得るほどに。」
そう語る魔王の顔は、最恐ではなく二人の子を持つ親のものだった。
「、、、わかった。受けとろう。私が彼らを立派に育て上げて見せよう!」
ようやく決心のついた私が、そう宣言すると魔王は嬉しそうに笑った。
「もうこれで安心だな、、、」
「ああ、安心しろ、魔王、、?」
私がそう返事をしたとき違和感を覚えた。
魔王は、死んでいた。
自分のなすべきことを成し終え、幸せそうな表情をしながら。
私は、羽織っていたマントを被せた。
そして、勇者と魔王の戦いは幕を下ろした。
「もし、今と違う立場で出会えたら友達になれたかな、、、」
私は、残された城の中でポツリと呟く。
全てを終えた勇者は赤子を連れて街へと帰還した。
人々は、驚き喜んだ。ついに魔王の恐怖から解放される!と
当然そんな熱狂の中で、勇者の連れて帰った赤子が話題になるわけもなく、
程なくして、勇者は山奥へと姿をくらませた。
全ては、友との約束を果たすため。正義を貫き、自分が生きる意味を作るため。
そして、その赤子達が成長し物語は紡がれ始める。