私は楽園の天女の手を握った
紅葉が赤く染まった時、私は先生から『天女』と呼ばれる女の子のお世話を命じられた。
天女の外見は私たちと同じ人間。性別は小学生ぐらいの女の子で、殺風景の小さな部屋で虚ろな目を私に向けながらぽつんと寂しく座っている。
私が「貴女のお名前は?」と聞くと。
「かぐや」とだけ答えた。
それからの会話は無かったけど、とりあえず家具屋に行って布団を買い、かぐやにそこに眠るように言った。
それに対してかぐやは私と布団を交互にきょろきょろ見た。
困惑しているかぐやに私は。
「寝てもいいよ」とかぐやにもう一度言った。
かぐやは渋々布団に入り、緊張しながら瞼を閉じた。それから落ち着いて寝息を立てていた。
それも幸せそうに。
これから一週間、私はかぐやと一緒に過ごした。
かぐやは普段から無表情で無口なため、一見無愛想に見えるけど実際には行動で感情を表現しているのが分かった。
そしてようやく私に打ち解けたかぐやは、感情を出すようになりよく話す仲となった。
ある日私がまたかぐやのいる部屋に行くと、かぐやは寂しそうな顔をしながら私を見て口を開いた。
「お母様のところに帰らないと……」
「……えっと、どうして?」
「私の故郷は白と黒しかない楽園。今思い出した」
「故郷……楽園?」
かぐやは続けて話す。
「私は絶対ここから離れないとだめ。本当は抵抗して貴女といたいけど、そうすると永遠に感情を持てなくなる」
「かぐやはここにいたいんだね。じゃ、楽園に帰ったらどうなるの?」
「分からない。感情を持ってもいいかもしれないし、ここに残った時と同じように感情が消えるのかもしれない」
「……そうなんだ」
「怖い……」
かぐやは小さな体を震わせる。
「ならさ、お母様とやらといっそ大喧嘩して来たら?」
「大喧嘩?」
かぐやは首を傾げる。
「そうだよ。もしかぐやの本当のお母様なら一回ガツンと言わないと。せっかく覚えた感情を捨てるなんて信じられないからね」
「……ガツンと……大喧嘩」
かぐやはボソッと口に出す。
私はかぐやの頭を撫でる。
「うん、自分の言いたいことをガツンとね」
「言いたいこと……? 私が貴女の傍にいたいとか?」
かぐやは一瞬何か口にすると何もない天井をじっと見始めた。
私もつられて見ると、天井に半透明の巨大な女性の顔が突き抜け、眼はギロリとした眼光をこちらに向けていた。
かぐやは私を見ると。
「少し大喧嘩してくる」
そういうと半透明の巨大な女が大きな口を開いて私たちに突っ込んでいき、かぐやはその場で倒れた。
それから私は何回紅葉が赤く染まるのを見たのだろうか。
かぐやの大喧嘩が終了していつ目覚めても良いように、かぐやと一緒にいた部屋を掃除したりした。
かぐやのいた部屋はやがて廃れ、かぐやの為に持ち込んだ私物はいつでもかぐやが起きて遊び、楽しめるように寝たままのかぐやと共に自分の家に移した。
やがて私の体は布団から起き上がれなくなり、誰かの支えがないと生きていけなくなった。
次は手も上がらず、さらに次は口も開かず。
最後には瞼を開けるのもしんどくなった。
もし願いが叶うのならもう一度かぐやと話したい。
そう心に込めて私は重い思い瞼を、ゆっくりと閉じた。
それから少し間が開いて、重くなっていた私の体が軽くなる。
「ごめんね、しばらく会えなくて」
するとどこからか聞き覚えの声が聞こえた。
私は軽くなった瞼を開け、その方向を見る。
そこにいたのは慣れない笑顔を浮かべた天女の姿だった。
それはあの時と同じ姿をしているかぐやだった。
「かぐや、起きたの?」
「うん起きた。遊ぼうよ」
「ごめんね、そうしたいけどももう体が動かないの」
「苦しい?」
「えぇ、とても苦しいわ」
「怖い?」
「えぇ、とても。でも、かぐやがいるだけでも全く違うわ。かぐやがいると心強いからね」
「そう、それは良かったわ」
かぐやは安堵の表情を浮かべる。
それに合わせ、私はゆっくりと力いっぱい瞬きをした。
「また……かぐやと遊びたいねぇ」
私は先生から貰い、壊れて動かなくなったお喋り人形『天女かぐや』の小さな手を握り、深い眠りについた。