贖罪方法
空き教室で始まったオリバー先輩の懺悔は、なんとなく予想していた通りだった。
「ハーブティーは労働階級の者はよく飲みますが、貴族階級の方はあまり飲まれませんものね」
この国はもともとはハーブーティーが主流の国だ。ずっと昔は誰もが自家製で飲んでいた。
しかしある時から茶葉が輸入されるようになった。
鎖国をしていたこの国では輸入品である茶葉は高級で、だからこそ貴族階級の者が富の味として好んで飲むようになった。
今でもその流れは強く、鎖国をやめ以前より茶葉が手に入りやすくなると労働階級でもお金持ちは茶葉のお茶を飲むようになり、ハーブティーを飲む人は減少していた。フレバ―として別のものを混ぜて、安い茶葉をかさ増ししつつ匂いを付けるフレバーティーも出始め、茶葉はどんどん手に入りやすくなっている。
その中で、時代を逆行するように自家製ハーブティーの飲み比べをする園芸部は、誰かが主導して行わなければ始まらなかったブームだろう。
「茶葉のお茶は美味しいからね。それに花の生産が多い僕の領地では、フレバーティーの開発をしてより多くの人がお茶を飲めるようにしているから。でもハーブティーは、ハーブティーで体にいいし、見目に楽しいものもある。だから消えていい文化ではないと思ったんだ。それで僕は自分で育てたものを飲むということを園芸部でやろうとしたんだ」
情報というものは使わないと忘れ去られてしまい、一度失った技術は二度と復活しなくなったりもする。
今まであった自家製ハーブティーの手法を消さないために、オリバー先輩が始めた試みは悪いことではないと思う。
「でもフレバーティーを作る領地にいるからこそ、僕はその危険性も忘れてはいけなかったんだ。花は美しいだけじゃなく毒がある。そこを伝えることを怠って、軽い気持ちでジャスミン茶の作り方を教えてしまった。たまたま彼が慎重な性格で、まずは自分で飲んでから他人にふるまおうとしたから、今回は彼一人が中毒になっただけだった。でももしも彼がふるまっていたらと思うと、僕は怖い。他者に人を殺させてしまうところだったんだ」
オリバー先輩は震える手を押さえながら話した。
偶然今回は作った本人が毒にあたっただけで済んだけれど、何かが違ったら、他の人も巻き込み大きな事故となり、死者も出たかもしれない。
なるほど。
作った本人の責任とするには、あまりに大きすぎる事故だし、オリバー先輩も気に病むだろう。
「だからこのようなことをしてはいけないという戒めとして、僕は退学しようと思う」
「なるほど。分かりました。つまりオリバー先輩は、ここで二度と食中毒事件が起きないよう、ハーブティーのお茶会を始めた先輩が見せしめとして辞めて、誰も同じことをしないようにしようという考えなのですね」
「……そうなるね」
ここでオリバー先輩が退学をし、自家製で作ったお茶が原因で事故が起こったからだという情報を流せば、園芸部では二度と自分たちで何かを作って飲もうとはしなくなるはずだ。確かにそうすれば、もう二度とこのような食中毒事件は起きないだろう。
「でもそれは、オリバー先輩の領地が富む結果に行き着く話ですよね?」
「は?」
オリバー先輩は考えてもいなかったようで、目を大きく見開いた。たぶん自分を罰したいという意識が強く、その後に起こることまで考え切れていないのだろう。
「自家製ハーブティーは危険であるという情報が出回れば、さらにハーブティー文化はすたれます。専門家が作った安全なお茶を飲むべきだとなれば、先輩の領地から輸出される量は増えるのではないですか? 確かに先輩は退学しますが領地としては富む結果につながりませんか? それは、巡り巡って、自作自演をしたという悪評を生み出しかねないと思います」
誰かが死んだわけではない。
ただ一人の生徒がオリバー先輩の助言で作ったお茶で倒れただけだ。その小さな失敗から、大きな富が生み出されれば、羨む誰かが悪意ある噂を流す可能性だってある。
商売は信頼問題だ。おかしな噂が流れれば、下手をすればそこからとんでもないことが起こるかもしれない。
「なるほど。確かにそうならないとは言えないな」
私の推測にエドワード先輩も同意した。
「でもだったら、僕はどうやって償えばいいんだ?」
「そもそも、今回倒れた方はオリバー先輩に辞めろと言っていらっしゃるのですか?」
「いや、そんなことは言っていない。むしろこんなことをしてしまって申し訳ないと謝り、僕が助けたことを感謝された……」
自分が発端だからこそ、感謝されてしまったことがオリバー先輩にはとても居心地が悪いことだったようだ。きまり悪そうに目をそらす。
「当り前だ。オリバーがいなければ助からなかったんだ。感謝して当然だな」
「でも僕が彼に余計なことを教えなければ、彼が毒を飲むこともなかったじゃないか」
「それは違うと思います」
確かにそもそもジャスミン茶を作る話がなければ、このタイミングでは起こらなかっただろう。
「今回作らなかったからと言って、この先ずっとその生徒が間違ったジャスミン茶を絶対作らなかったなんて言えないのではないでしょうか? どこかで知って好奇心で作ったかもしれない。でもその時は先輩が近くにいないので、死んでいたと思われます」
今回起こったことがこの先の人生で絶対起こらないとは言えないのだ。何故ならば、その生徒は今倒れなかったら、その花に毒があることを知らないままなのだから。
「先輩の間違いは、正しい情報伝達をしなかったことではないでしょうか? ジャスミン茶を作る花が白く、そもそもマツリカの花で作るという正しい情報を伝えていれば、勘違いは起こらなったと思います」
オリバー先輩は正しい花も、方法も知っていたのだ。それを伝える過程で、今回は伝える情報が足りず勘違いが起こってしまったという話である。
「それはそうだけれど……」
「わたくし、情報は力だと思っております。特に専門的な情報や、毒の情報などは中々手に入れることができません。カロライナジャスミンという花に毒があるという話も、わたくしはオリバー先輩のご実家であるデメテル領でお聞きして知ったものです」
花の図鑑はあるけれど、やはり実物に勝る情報はない。
「えっ。うちに来たことがあるんだ」
「観光地ですので。お茶も大変美味しかったですし、花で作ったジャムもとても美味しかったですわ。それから快眠のポプリも愛用させていただいております」
「それはありがとう?」
「おーい、話がずれているぞ」
微妙に照れているオリバー先輩を半眼の目でエドワード先輩が見ている。
確かに少々話が脱線しているので、元に戻さなければ。
「とにかく、毒のことを知っていれば、それを飲もうとはしないものです。ですからもしも罪を償うとしたら、わたくしならば逃げるのではなく、無償で毒の情報を提供し、周知徹底させ、安全にハーブティーを楽しめるようにすると思います。元々の志である、ハーブティー文化を消さないということは、わたくしはとてもいいことだと思いますので」
貴族階級がハーブティーを見直し飲めば、それに倣ってお金持ちもハーブティーを飲むようになる。その結果、お茶の文化の一つとしてこの先も残っていけると思うのだ。
「逃げ……」
「はい。退学は重い罰だとは思いますが、同時に逃げでもあると思います。退学してしまえば、人から後ろ指を指されなくても済むのですから」
その先の人生は大変になるかもしれないけれど、逃げるのは今だけを見れば楽だと思う。
「毒の情報をわたすか……」
「あまり難しく考えず、園芸部で雑談する形でいいのではないでしょうか? お茶を飲みながら優雅に。例えば、ツツジの蜜でも毒のあるものとないものがありますよね? しらなくて、子供やペットが舐めて中毒を起こすなんてこともありますし。毒を正しく恐れるのは大切だと思うんです」
レンゲツツジには毒があるけれど、ないツツジだってある。
まあ食べない方が無難ではあるけれど、甘いから蝶のように少し食べてみようかなと思ったりもする花だ。
とにかく知っておけば回避できる。
「オリバー先輩が学園を辞める辞めないについて、わたくしが意見するのはおかしいのでしません。お決めになるのはオリバー先輩です。でももしもわたくしならば辞めるより、大勢に正しい情報を渡す贖罪方法を選びます」
私はそう自分の意見を締めくくった。