心に咲く黄薔薇は赤く変わる5(エドワード視点)
ロディーの誕生会は、何故か留学中の王子や王女たちも参加して、歌などを発表するという異例なものとなった。
……何故だ?
普通、誕生日会というものは王族でもない限り、親しい相手のみを呼ぶものだ。見世物のような誕生会に、ロディーの目が死んでいる。
誕生日会の主催で、自ら望んだわけではないのだから当然だろう。
「……エドワード先輩のせいです」
「いや。それはないだろ」
俺はロディーの誕生会に出席するけれど、だからと言って王子たちに声をかけたりはしない。しかし俺の否定に、ロディーは深くため息をついた。これは絶対納得していない。
何故俺の知らぬところで、ロディーの好感度が下がるのか。解せぬ。
「いや、本当に俺は王族なんて呼んでないから」
「もう少し具体的に言いますと、エドワード先輩を呼んでしまったために、アルフレッド先輩も急遽参加されることになり、そこからなし崩しにですね……」
アルフレッド‼
おのれ。またも俺の恋路の邪魔をするのか。
まだ始まってもないし、告白する道筋もできていないけれど、始まる前から頓挫させられそうな状況に、殺意を覚える。
シルフィーネ嬢の時といい、何なんだアイツは。
昔から俺の周りで色々邪魔をしやがって。
心の中でアルフレッドをタコ殴りにしながら、俺はひとまず好感度だけでも挽回すべく、音楽の練習を強化した。ミケーレ様が誕生日会で音楽を通して告白するかもしれないのだ。
ロディーを任せられる男なのか見極めるためにも、俺は技量で負けるわけにはいかない。
そんなことがありつつ、ロディーの誕生日会の日を迎えた。
会場となる屋敷をたずねると、いつもの制服姿とは違う、ドレスを身にまとったロディーがいてドキリとする。白と水色を基調としたドレス姿で化粧が施されたロディーはとても美しかった。
「エドワード先輩、ようこそお越しくださいました」
「ああ。……呼んでくれてありがとう。その、ドレス姿がとても似合っている」
ポロっとこぼれた言葉にロディーはぽっと頬を染めた。
「お、お世辞は大丈夫ですから」
「いや。お世辞ではなく、本当にきれいだと思ったんだ」
ただ化粧をしているからだろうか。ロディーの顔色は必要以上に白く感じた。個人的には化粧をしていなくてもロディーは綺麗だと思う。
その後もロディーは招待者を全員把握しているようで、一人一人を名前で呼び、来てくれたことへの謝辞を述べていた。
個人の誕生日会でこの規模は大変だろう。
ロディーの顔色が悪く見えるのも、それのせいかもしれない。
出し物の最初はロディーの演奏からだ。
ただしロディーの演奏なのだけれど、どういうわけか多人数で歌と演奏をすることになっていた……何で?
いや、うまいけど……何で?
しかも一緒に弾いている人選も意味が分からない。
ロディーとシルフィーネ嬢は仲がいいし、そこにオリバーが加わるのも理解できる。でもなんでさらにアルフレッドがいるんだ? エルフ族の王子なんて、さらに意味が分からない。
そこは俺だろ?
そう思ったのは俺だけではなかったようで、ミケーレ様も憮然とした顔になっていた。
釈然とはしないが、一生懸命練習したのは分かるので、否定はできない。できないけれど、なんかムカつく。
そんな気分で聞いているうちに、演奏はいつしか終了した。……純粋な気持ちで楽しめなかったのが申し訳なくなる。
演奏後の挨拶を終えた、ロディーがこちらにやってきた。文句を言うべきか、褒めるべきか。すごく悩む。うーんと考えていると、俺の前に来る直前でロディーの体が傾いた。
俺は慌ててロディーの手を掴んだ。しかし動いたのは俺だけではなかったようで、ミケーレ様もまた、反対側からロディーが倒れるのを防いでいた。
……これは、自分の釈然としない気持ちをぶつける場面ではないな。
かなり近くで顔を見て気が付いた。白粉で誤魔化してはいるけれど、ロディーの目の下にしっかりとくまができていることに。
「もしかして、ロディー、寝てない?」
「……誰のせいだと思っているのですか?」
ずばりとミケーレ様がきけば、ロディーは低い声で答えた。……俺とミケーレ様のせいかな。
誕生日会の規模が普通ではなくなっている上に、演奏まですることになったのだ。きっととても大変だっただろう。
「俺がロディーナ嬢の演奏を聞いてみたいと言ったからだな。急遽無理をさせてしまいすまなかった」
「い、いや。大丈夫です。エドワード先輩は謝らないで下さい。わたくしが寝不足になっているのは、本番に緊張しない為ですから」
慌ててロディーは誤魔化すけれど、どう考えても聞いてみたいなどと軽がるしく俺が言ったせいだ。
……軽い気持ちで言ったことが、彼女には重くとられるんだな。
誕生日会の準備が忙しすぎて演奏は無理でしたと言ってくれれば、残念に思ってもそれ以上の感想はなかった。でもロディーはそう思わなかった。
だから無茶をしたのだろう。
「じゃあ、次は僕だね。お疲れなロディーのために弾くから、聴いてて」
深く反省していると、ミケーレ様の言葉で一気に現実に引き戻された。
「ロディーナ嬢のため……」
「ミケーレ様ってば、キザですよね」
ロディーはミケーレ様の意図には気が付いていないようだ。でも花人は音楽は愛の表現方法の一つだと言っていなかっただろうか。
つまりロディーのために弾くと言うことはそう言うことなのだ。
「よかったらエドワード先輩も言ってみます?」
「えっ? お、俺が?」
ロディーのために、音楽で愛を伝える?
つ、伝えてしまっていいのか? どうなんだ? バクバクと心臓が鳴る。
「恥ずかしいかもしれませんが、シルフィーネ様にそれぐらいのアピールをしていった方がいいと思いますよ? 今回アルフレッド先輩と一緒に演奏するにあたって、一緒にいる時間が長かったのですし。まあ、それでいうと、オリバー先輩も長かったんですけど……」
「……あっ、シルフィーネ嬢にか」
「いや、シルフィーネ様以外に誰に? もしかしてミケーレ様に宣戦布告ですか? それは本当にやめてください」
その通りだ。
俺はまだロディーの方が好きだと伝えてないのだから、彼女の中で俺が好きなのはシルフィーネ嬢となっている。
ミケーレ様の音楽は素晴らしかった。
歌がないので、どういう歌詞かはわからない。でも優しい音色だ。激しいものではなく、ただただ相手を想う愛おしさがあふれているようだ。
その音色をうっとりとロディーが聞いているのを見るとキュッと心臓が締め付けられる。
……今はまだ、俺の気持ちは伝えられない。
だからミケーレ様とロディーが見つめ合い、笑みを交わすのを止める資格などない。
「エドワード先輩?」
いつの間にかロディーの手を握る手に力を入れてしまったようだ。不思議そうにロディーが俺を見る。
「……君のために演奏する。だから、どうか俺のことを見ていて欲しい」
「もちろん、ちゃんと聞きますよ? エドワード先輩の演奏、楽しみにしていますから」
伝えられないけれど……でも彼女のために音楽を奏でたい。
俺は舞台に立ち、ロディーの目が俺を見てくれるようにバイオリンをかき鳴らした。
伝えられないもどかしさ。自分の不甲斐なさ。ミケーレへの嫉妬。色んなもので頭の中はぐちゃぐちゃだ。
俺はロディーが好きだ。
シンプルにそれだけを叫べればいいのに、それだけではロディーを幸せにする言葉にはならないから言えない。言えないから伝わらない。
ロディーがミケーレと楽しそうに言葉を交わしている。
嫌だ。
でも俺には告白する資格がない。
嫌だ。
ならロディーを苦しめるような告白をしていいのか?
嫌だ。
ロディーの幸せを願っている。
でもそれと同じぐらい、彼女を幸せにするのが自分でありたいと思っている。
もしもだ。もしもミケーレ様の気持ちをロディーが受け入れたら、俺はそれを祝福できるだろうか? 俺の気持ちはなかったことにできるだろうか?
ぐるぐると悩みながら弾いた音色はどんなものだろうか。正直分からなかった。でも絶賛するような拍手が鳴る。
舞台から降りれば、様々な人から声をかけられ、賛辞を受けた。
本当に?
そんなにいい音色だっただろうか? ぐちゃぐちゃした感情をぶつけるかのような演奏だったのに。
「エドワード先輩、お疲れさまでした」
「お疲れ様、エドワード。流石な演奏だね。一部の婦人が顔を真っ赤にして倒れそうになっていたよ」
「いや……」
真っ赤にしたいのはその人ではないと言いかけて寸前で思いとどまった。そんなことをぶちまけて、どうする気だと頭を壁にぶつけたくなる。……冷静にならなければ。
「エドワード先輩。少し、バルコニーで風にあたりませんか? あ、二人きりになると何かと煩わしいことも多いので、オリバー先輩も」
「えっ。ああ」
にっこりと笑ったシルフィーネ嬢がバルコニーへ歩いて行くのを俺とオリバーが追いかける。
室内は人が密集しているため少し暑かったが、外に出ると風が少し冷たい。
「……エドワード先輩は、ロディーをどうしたいのですか?」
「えっ?」
俺から何か切り出す前に、シルフィーネ嬢が怒り口調で俺に詰め寄った。声は周りが騒ぎにならないようにそこまで大きくはないけれど、驚きすぎて心臓がバクバクと鳴る。
「えっ? シルフィーネ嬢? どうしたんだい?」
「どうしたも、こうしたも。あんな恋歌を情熱たっぷりに弾いて、どういうつもりなのかと尋ねているのです」
「えっ。あれって、そういう意味?」
「そういう意味以外にどういう言う意味があると言うんですか。これはロディーの誕生日パーティーですよ?! 何よりも悔しいのは、相手がロディーだから、そういう意味じゃないととらえている周りです。ミケーレ様も恋歌だったようですし、それに対抗してかななんて思っているんです。なんでロディーにはそういった感情が向けられるはずがないと思っているのか……」
俺が公爵家で、ロディーが伯爵家で身分差があるからというのが理由の一つだろう。でもそれだけでは弱い。だからきっとロディーには花人の身体的特徴があるため、公爵子息が彼女を愛するはずなどないと思われているのだろう。
シルフィーネ嬢は今にも泣きそうなぐらい、くしゃっと顔を歪めた。本当にロディーが侮られることが悔しくて仕方がないのだろう。
「ごめん軽率だった。ミケーレ様に乗せられたんだ。……不快だよな。ロディーが不当な扱いを受けているのを見せつけられるのは」
ロディーに告白すると決めたわけでもない。
でもミケーレ様とうまく行けばいいとも思えなくて、その対抗意識で曲を選んだ結果がアレだ。
「俺もその可能性を全く考えてなくて、ごめん。そうだよな。普通に誕生日会で恋歌を弾いたなら、告白かと思うよね……」
そんなはずがないという空気が、もしも俺がロディーに告白した時に出てくるだろう、無意識の差別意識だ。
「それで、エドワード先輩はロディーを幸せにすると決意したのですか?」
「えっ? いや……」
「格好なんてつけてたら、本当にロディーはいなくなってしまいますよ? ロディーならエドワード先輩にいらぬ苦労をかけないように消えようとするはずなんです」
「それは……あれ? えっと、俺の気持ち、もしかして知っている?」
シルフィーネ嬢の話し方は、どう考えても俺がロディーのことが好きだという前提で話が進んでいる。
「鈍くない人間が、色眼鏡をつけずにありのままを見ていればわかるに決まっています。それで、エドワード先輩は、ロディーがいなくなったらこっそり泣いておしまいですか? 本当にそれでいいのですか?」
「よくないよ。よくないけれど、俺はロディーを不幸にはしたくない」
ロディーが自分の所為でと嘆くのも、周りから終始攻撃される生活になるのも嫌だ。
「不幸にはしたくないじゃないんですよ。だったら、不幸にならないように周りを変えて下さい。エドワード先輩なら、それだけの力を持っているじゃないですか。ロディーのことを知らないし知ろうともしない有象無象を黙らせるどころか、手のひら返しさせて祝福の嵐にするぐらいに変えて下さいよ。それぐらいできる男でなければ、大切なロディーを渡すことなんてできません」
シルフィーネ嬢が言っている内容はかなりハードルが高い。
ただロディーと結ばれろと言っているのではなく、祝福されるように世界を変えろと言っているのだ。
でもそれぐらいしなければ、ロディーは幸せにはなれない。
泣いて、それでロディーへの気持ちをなかったことにできるのか。
それができないと思った時点で、俺の答えなど決まっていた。




