恋敵と当て馬と情報屋
「ロディーナ嬢、ちょっといいだろうか?」
うぉぉぉぉぉい‼ このパターン二回目ですけど⁉
エドワード先輩頭いいんですよね。いつもテストで1位と2位を争ってるの知ってますからね。なのになんで直接来てしまうんですか? あれですか? 私との会話中は頭に綿でも詰まった人形がこっそり入れ替わっているんですか?
と、心の中で罵倒しつつも、私は表情筋が崩れないよう引き締めた。多少の引きつりは許してほしい。それぐらいの破壊力なのだ。
しかも今回はさらに状況が悪い。
「突然すみません、ロディーナ嬢」
何であなたの隣に、オリバー先輩がくっついているんですか? 仲良くなったのつい最近で、しかもシルフィーネ様をめぐる四角関係の一角で、つまりはエドワード先輩からすると恋敵。決して四天王の一角のような仲間ではない。
オリバー先輩は申し訳なさそうな顔をしていて、彼の意思でこの場にいるとは思えない。そもそも私とオリバー先輩には面識がない。となれば、ここまでオリバー先輩を連れてきたのは、どこまでも堂々とした態度のエドワード先輩だろう。悪いことをしたなんてこれっぽっちも思っていない。
でも、少しでもいいからこの教室のどよめきに気が付いて欲しい。
昨日の今日で二日連続のお呼び出しである。エドワード先輩の想い人であるシルフィーネ様など、瞳孔開いているんじゃないかというぐらい私をガン見だ。当たり前である。今日にいたっては、エドワード先輩だけでなく、シルフィーネ様の想い人であるオリバー先輩まで私に会いにきているのだ。
どうして、なんでという空気をひしひしと感じる。
私は頭をフル回転し、誤魔化し方法を瞬時にはじき出した。
「申し訳ございません。昨日の話の続きでございますね。植物に詳しい園芸部部長のオリバー先輩にまで足を運んでいただいてしまい、申し訳ございません。ではさっそく、場所を移しましょう」
「へ?」
「ここでは、差しさわりがございますので。では、皆さまお騒がせしてしまい申し訳ございません。ごきげんよう」
ほほほほほっと私はたおやかな笑みを向けながら足早に教室を出た。
向かう先はいつもの空き教室である。
見苦しくない程度の早歩きで移動した私は、周りに誰もいないことを確認してから、中に入り扉を閉めた。
「だから、どうして、事前に言って別の場所で合流する方法をとってくれないのですか? エドワード先輩がどれだけ目立つ方か自覚はございますか?」
「もちろんあるが?」
「ですよね!」
自覚はあるけど、だからそれがなんだという堂々とした態度。正に生まれつきの強者だ。腹が立つ。
でも腹を立ててもこれがエドワード先輩だ。
やってしまったものは仕方がない。
「……それで、今日はどうされたのですか? 園芸部部長のオリバー先輩まで引き連れて」
「いや。食中毒の事件は解決したが、オリバーが学園を自主退学すると言い出した件は解決していないだろう?」
解決していない?
えっ?
「いや、わたくしはどうしてオリバー先輩が自主退学をするなんて言い出したのか? という相談を受けたから、その理由に当たりそうな情報を提供したのですけど。情報が足りませんでしたか?」
おおよそ起こったことはあれで分かったと思うのだけれど、不足の情報があったというのならば仕方がない。でも後は本人に確認するしかない気がする。
「普通は、自主退学させないためにどうするかまで一緒に考えるのが友達だろう?」
「エドワード先輩は、いつ、わたくしと友達になったのですか?」
「えっ? 友達じゃないのか?」
嘘でしょ。
情報売買しているだけの仲で、友達認定できる事柄なんてなにもない。そもそも花人の特徴の強い私と友達になるとか普通ない。
「俺の相談に親身に乗ってくれるのだから友達だろう? もしかしてロディーナ嬢は友達だと宣言しなければ友達じゃないと思っているのか? 普通はそんなことないぞ?」
「いや、関係図考えて話してください……分かりました。友達です。はいはい。今から友達です」
エドワード先輩がシルフィーネ様のことが好きだから、オリバー先輩のことが好きなシルフィーネ様を振り向かせるために情報を売っているとか、オリバー先輩を目の前にして言えるはずがない。
これがあるからわざと友達発言しているのだろうか? と思わなくもないけれど、そうではなく心の底から友人になろうと思っていそうなエドワード先輩のキラキラした目に、私は軽い頭痛を覚える。
……エドワード先輩と距離が近くなるのは嫌ではない。嫌ではないけれど、情報を売買する仲なのだから公私を分けた方がいいのではないかという葛藤もあるのだ。
「エドワードはロディーナ嬢とも仲が良かったんだね」
「えー、あー、はい。ソウデスネ」
なんと言えばいいのか分からず、私はオリバー先輩に微妙な返事をした。恋敵を助けようとするからややこやしいんだよ‼ と大声で叫びたいけれど、叫べない。
エドワード先輩の天然さが憎らしい。
「あ、別にロディーナ嬢を悪く言うつもりじゃないんだ。ただ彼はその、ぐいぐいと距離を詰めてくるなというところがあってね。もしかしたらロディーナ嬢もそうなのかなと」
ん?
確かに言われると今の友達宣言と言い、妙にぐいぐいと距離を詰めてきている。でもそもそもエドワード先輩はそこまで人との距離を詰める男だっただろうか?
むしろ相手から来るものだと疑わず、自分からはあまり積極的に仲良くなりに行かないタイプの人間だと私は思っていた。
「それは俺がロディーナ嬢からアドバイスをもらったからだな。仲良くなりたいのならば、相手のことをまずは知ることが大切で、待っているだけでは駄目だと」
「へぇ」
確かにそんな感じのことは言ったなという記憶はある。でも、待ってほしい。それはシルフィーネ様に振り向いてもらうためのアドバイスであって、決して恋敵と仲良くなるためや、情報売買するだけの相手と仲良くするためのアドバイスではない。
偉いだろう、褒めてもいいんだぞというような顔でこちらを見るのはやめてほしい。
「……話が脱線しているので戻しましょう。それで、エドワード先輩は私にオリバー先輩を説得してほしくて呼んだのですか?」
もしもオリバー先輩が学園を辞めれば、オリバー先輩とシルフィーネ様が付き合う可能性は消え、エドワード先輩の恋は一歩前進するはずだ。少なくとも後退することはなく、彼を助けてもなんのメリットもない。
それなのにオリバー先輩を助けたいとか……なんというかエドワード先輩らしい。
「いや。そこまでは求めていない。結局のところ、学園を辞めるかどうかは本人が決めることだ。でも第三者の意見も聞いた上でオリバーには決めてほしい。その点、俺よりロディーナ嬢の方がとても公平な意見を言ってくれると思うんだ。俺の意見は辞めないで欲しいのままだし、それを言ったら命令になってオリバーも困るだろう?」
四大公爵家の力を考えた上で、エドワード先輩は発言しようと考えてくれているらしい。
これも私が話したことを考えてだろう。こうやって人の話をちゃんと聞いてくれるから、私はエドワード先輩を嫌いになれない。困ったものだ。
「そうですか。ではオリバー先輩は何故、学園を辞めようとされているのでしょう? 私が見聞きした事柄を総合すると、オリバー先輩はわざと特定の部員を毒殺しようなどとはしていないと思いますが?」
「そんなことするわけがないだろ⁉」
「そうだとすると、オリバー先輩には過失がなく、何がしたいのかがわたくしには分かりません」
毒殺という強めの言葉に慌てたように否定の言葉を入れられ、私は頷く。
退学となるのならば、刑罰を受けなければならないほどのことをしてからだと思う。そうではないから、学園がオリバー先輩に退学を命じることはないはずだ。
「エドワードから聞いたから、ロディーナ嬢は分かっていると思うけれど、今回食中毒が起こったのは俺が中途半端にジャスミン茶の話を部員にして、彼が挑戦したからだ。いや……そもそも、この部で手作りのハーブティーを飲むのを流行らせたことが悪いのかもしれない」
オリバー先輩は懺悔をするように自分の罪について話し始めた。