心に咲く黄薔薇は赤く変わる4(エドワード視点)
何故、ミケーレがロディーに告白するという話をされて動揺してしまったのか。
その理由を自分の中で追求して……深いため息をついた。
「いや、ありえないだろ……」
シルフィーネ嬢との恋仲を応援してくれるロディーのことが、恋愛的な意味で好きとか。節操なしと言われてもおかしくない。
シルフィーネ嬢と今は付き合いたいとか、そういった気持ちはないので、浮気性ということはない。けれどもコロコロと好きな相手が変わるとか、ロディーから信頼してもらえない気がする。ロディーだから好きになったと伝えたとしても、信じてもらえる可能性はほとんどない。
しかもロディーはシルフィーネと俺を積極的にくっつけたがっているのだ。ここでロディーのことが好きになったなんて言ったら、軽蔑の目で見られるだろる。
そんなロディーを想像して頭を抱えた。
「そもそも、俺は告白したとして、ロディーを幸せにできるのか?」
気持ちを伝えるのは簡単だ。それをロディーが受け入れる、受け入れないに関わらず、俺の中での区切りにはなるわけなのだから多少の勇気があればできる。でもそれは、俺の気持ちを楽にするだけの告白で、ロディーを幸せにするための告白ではない。
自分が花人の身体的特徴を持っていることをことさらロディーは気にする。俺からしたらロディーは気にしすぎだと思うけれど、そう思うのはその問題の中心ではない位置にいる俺だからだというのも分かる。
祖父母の世代には根強い異種族蔑視があり、父母の世代でもその風潮は残り、それに強い影響を受けている同世代だっているのだから。
例えば告白して、両思いとなったとしよう。
そこで浮かれていられるのは俺だけで、攻撃されるのはロディーだ。そして周りがロディーを受け入れられなかった時、俺は公爵家を捨ててロディーをとれるかという話になる。
……多分、とれると思う。思うが、公爵子息でない俺に何ができるのかも知らず、ロディーにすべてを任せにするのは違うはずだ。だから思い付きで、現状を捨てるものではない。
それに、間違いなくロディーは、俺が公爵になれなかったことを自分の所為だと気にするだろう。そうではなく俺が選んだことだと言っても納得はしてもらえないに違いない。
「フラれても、絶対ロディーは気にしそうだし、今のままの関係ではなくなるよな」
どちらにしろ永遠にこのままの関係でいることなんてできないのだとミケーレ様にも突き付けられたのだけれど、疎遠にはなりたくない。
いや。ロディーがミケーレ様を選び異国へと言ってしまえば、告白しなかったとしても疎遠になるのか。
そもそも学校を卒業して、ロディーが貴族ではなくなってしまったら?
告白しようがしまいが、距離は離れるばかりなのは変わらないのかもしれない。
でもロディーを傷つけたいわけでもないのだ。せめてフラれるにしても、告白してくれたことは嬉しいと言ってもらえるぐらいになりたい……いや、待て。そもそもフラれる前提で考えることが逃げじゃないか?
ぐるぐると考えるけれど、ロディーに告白して幸せになる未来が見えない。
でもロディーに対してミケーレ様とお幸せにと手放しに言えない自分がいる。
そんなある日、音楽祭の練習をするロディーを見つけて声をかけた。相変わらずミケーレ様も一緒だけれど、今日はシルフィーネ嬢ではないクラスメイトの女性達が一緒にいた。
なので当たり障りなく何をしているのかを会話する。
しかしそんな中出た、思わぬ情報に俺は固まった。
「もちろん母国で家庭教師もつけたけど、昔から何度もロディーナ様のお宅に行っているから、実践で学んだ部分もあるよ。ロディーナ様も僕の国の言語を話せるから、教え合ったりしていたんだ」
「……ロディーナ嬢も話せるのかい?」
たとえ見た目に花人の特徴があろうとも、言語も生活習慣も違う国なのだから、ミケーレの告白に是と答える可能性は低いと思っていた。
なのに、ここに来て彼の国の言語が分かるという……まるで将来移住を考えているような言葉に俺はさっと血の気が引いた。
「ええ。わたくしの家系は昔からミケーレ様の国と交流がありましたから、親から教えてもらうんです。ただどうしても訛りが出てしまうのですけれど」
「僕の国に来れたらそのあたりもちゃんと指導できるんだけどね」
ミケーレはにっこりと笑った。
彼女を連れて帰りたいからだと俺には分かる。
心臓がいやな音を立てた。
「……ロディーナ嬢は行きたいと思っているのかい?」
「そうですね。問題が解決したなら、行ってみたいとは思います」
行ってみたい?
えっ? 何で? ロディーの住んでいる場所はここだろう?
そう言いたいけれど、この国に居ることが本当にロディーにとって幸せかと問われた時に、もちろんだと即答できない自分がいた。
ロディーが周りを気にするのは、自分が周りと違っていると分かっていて、差別感情もあることを理解しているからだ。
なら差別されなくて、言葉の壁も低い場所があった時、ロディーがそちらを選んでも仕方がない状態ではないだろうか。
行かないで欲しいと言うのは、俺のわがままだ。
「いろんな国、行くことができたら、きっと楽しそうですよね」
「へ? いろんな国?」
「はい。エドワード先輩は異国を観光してみたいなと思いませんか?」
かんこう?
……観光か。
一瞬言葉の意味すらできないぐらい混乱してしまったが、ちゃんと頭が理解すると、力が抜けた。
「あ、ああ。そうか。観光旅行という意味でか……」
「はい。そうですけれど?」
それ以外に何か? という顔を見る限り、ロディーは今のところ、移住は全く考えていなさそうだ。それにホッとしてしまったけれど、この先も同じだとは言い切れない。だって俺自身、ロディーが移住を選んでも仕方がないのではないかと思ってしまったからだ。
ロディーにずっとこの国に居て欲しいのならば、今のままで反駄目だ。俺はそのための努力をしなければいけない。
「そう言えば、エドワード先輩もバイオリンが上手なんだっけ?」
「ちょ、ミケーレ様?」
「勝負してみません?」
ロディーがこのにずっと住みつづけたいと思えるようにとするにはどうすればと思考を飛ばしかけたところで、ミケーレに突然バイオリンの勝負を挑まれた。いや、なんで?
「僕らの国では、音楽で異性の気をひくんだ。音楽を奏でて愛の告白をすることもある。だから身分関係なく競うこともごく普通なんだよね」
「……愛の告白?」
「そう。愛の告白」
再びにっこりとミケーレ様が笑った。
誰に対して贈るのかなんて、もう明白だ。そして俺に挑発してくるのは、俺の気持ちがお見通しだからなのだろう。
その後も、ロディーと幼い頃から音楽を一緒に奏でたなど煽りに煽られた。普通なら、幼い頃の思い出話なのだから、ほほえましく聞くところなのだろう。
でも先に音楽を奏でることが愛の告白にあたるなんて聞いてしまえば、苛立ちしか覚えない。
とはいえ、ここで苛立ちを見せてもロディーは困惑するだけだろう。俺自身が告白するべきなのか我慢するべきなのか答えを出していないのだから、こんな挑発に乗るべきではない。
「なら今度、ロディーナ様の誕生日会でそれぞれ発表したらどうだろう?」
「は?」
「そうすれば、僕とエドワード先輩が勝負することもできるでしょ? もちろん、審査をしろとかは言わないよ。先輩に悪いからね」
誕生日会で告白するぞ。
そうミケーレ様は言っているのだ。
「……どういう意味でしょう? 分かりました。やりましょう」
どうするのが一番いいのか分からない。分からないけれど、このまま何もせずに、ミケーレとロディーなの仲を祝福することはだけはできない。
それだけは自分の中で答えが出てしまった。
だから俺はこの安い挑発に乗ることにした。




