公爵子息の恋を応援しま……す?
私が献血と献花を決めた事に対して、皆が注目した。
でも私の体の事なのだから、誰かに咎められるつもりはない。
「もう一度言います。私は結婚しないし、アールヴヘイム国にも行きません。わたくしの条件である研究を行ってくれる限り、私の体に負担がかからない程度で、血と花を提供します。ただしこれはあなた方のやったことを許すという意味ではありませんし、貴方方を信用するわけでもございません。賠償はしっかり求めます。賠償に関しては父と国王にお任せしたいと思います」
そもそもさらわれて、怖い思いをしたのはフィーネだ。
それを今私が許すのは違うし、花人とエルフ族の確執に関しても私が話すべきことはない。何故ならば、私は人間でミケーレの国の花人ではないのだ。
言いたいことを言って、ふうと私は息を吐いた。
とりあえず私の血と花で百人は助かるようなことを言ったのだ。だから私が提供すれば少しは時間稼ぎとなり、その間にミケーレの国へ謝罪なり交渉なりできるだろう。冷静に話しあい、エドワード先輩が言ったことができれば、たぶん戦争にはならないと思う。
「……ロディーナさま、たいへん、もうしわけありませんでした」
ルーカス様はそう言って静かに頭を下げた。
私がフィーネを探す時に孤児院で頭を下げたのと同じだろう。ルーカス様も背負っているものがあるのだ。
だから私は必要以上に私から彼を責める気はない。これは彼だけの問題ではない。
「具体的なことはまた別日にお願いします。申し訳ありませんが、わたくし少々疲れましたので、退席させていただきたいのですけれど」
許すとは言わず、でも交渉はすると伝え、退席を申し出た。その許可が下り、私は部屋から退出する。
「……後でミケーレに文句言われそう」
勝手に色々決めた事を、後で絶対ぐちぐち言うと思う。この後が少し憂鬱だ。それでも自分で選べた結果には満足である。なんの後悔もない。
……あれ? でも 私の婚約どうなった?
このことに気が付いたのは、話し合いがあった日の夜に日記を書いている時だった。
多分、大丈夫だよね?
ルーカス様からの求婚はしっかり断ったし、ミケーレからの求婚はルーカス様の件があったからだ。そもそもそれより前の時点で断っている。
エドワード先輩は……きっとルーカス様を追い詰めるための演技だったに違いない。演技だからこそ、アルテミス公爵も、アルフレッド先輩も落ち着いていたのだ。うん。そうに違いない。
私が四大公爵家の一員と婚姻とか、ないない。
私はエドワード先輩が好きだ。
今回のことで、もっと尊敬した。
だからこそエドワード先輩には幸せになってもらいたい。フィーネとのことは残念だけど、また彼が恋をした時は、今度こそ応援を頑張ろうと思う。
でも、あの告白は……役得だったな。
うまく話し合いがまとまってくれたからこそ、あの嘘は私のキラキラした宝物になった。あんな嘘をついて助けてくれるぐらい、私は彼に親友だと思っていただけているのだ。
ふふふふ。
勇気を出して、エドワード先輩の恋を応援すると声をかけてよかった。
私はその日、ようやくぐっすりと眠れた。
◇◆◇◆◇◆
「ちょっと、ちくっとするよ」
「は、はい」
大丈夫だと分かっているけれど、怖い。
「一思いにぶすりと、よろしくお願いします」
見ていられないと顔を背けて目を閉じれば、ちくりと腕に金属が差し込まれる痛みが走る。慣れない感覚にぞわっとする。
「う、うう」
「大丈夫。緊張しないで腕の力を抜いて。初めてなのにとても上手だよ」
「オリバー先輩……」
「……なんだか、ロディーナ嬢が目をうるうると潤ませて、オリーを見上げるの、面白くない」
誉めてもらえて、痛いけど嬉しいと思ったところで、隣から低い声でエドワード先輩がクレームを出した。
「涙は生理的に仕方がないと思ってください」
剣で切り裂いて血を取り出しているわけではなく、剣よりずっと細くて小さな針を刺されただけだけれど、痛みはあるのだ。確かにこんな針ごときで情けないかもしれないけれど、少しぐらい涙がにじんでも許してほしい。
「仕方がないかもしれないけれど、オリーだけが頼りという感じが何だか嫌だ」
「……エドワード先輩の事も頼りにしてますよ? でも、適材適所でお願いします」
オリバー先輩はこの手のことは信頼できるけれど、医療に関する経験のないエドワード先輩に針を刺されるのは嫌だ。
どうやらこの針は血管という体をめぐる管に刺しているらしいが、皮膚の外からは血管がどこにあるのか分かりにくい。エドワード先輩がもしもやったら、何度も刺し直しされた上で、最終的にオリバー先輩に選手交代する未来しか見えない。
「仕方がないなぁ」
頼りにしていると言ったことで、ご機嫌が戻ったらしいエドワード先輩はにこにこしている。
実際頼りにしているから、血を抜く場面に立ち会ってもらっているのだ。オリバー先輩の事を信頼してないわけではないけれど、やはり権力による圧力がかかったらなどと考えたら怖いのだ。
「オリーの家のことを心配してるかもしれないけれど、この俺がオリーを庇護するんだから、よっぽど大丈夫。エルフ族に好き勝手させないさ」
「ありがとうございます」
あれからエルフ族は、花人と協議を重ねているそうだ。
とりあえずエルフ族はこれまでの謝罪と、何を行ってきたか罪の公表を行った。その結果エルフ族は世界中から厳しい目を向けられている。
でも花人はエルフ族の病気に関しては詳しい公表を求めず、同族の病気を治すために行われた犯罪だったと言わせた。多分病気が公表されればエルフ族が危険視され、差別により命の危機があるかもしれないからだろう。
これまで理不尽に命を狙われ、実際同胞の命が奪われてるからこそ、エルフ族の命をむやみに危険にさらす気はないようだ。まあ、賠償はかなり大きなものになりそうだけれど。
そしてそんな協議が続けられている中、私は血と花の提供を開始することになった。伺った限り、かなりアールヴヘルム国は切羽詰まっているらしい。
切羽詰まれば、大切な者のために凶行に走る。人は大切な人のためならば悪魔にだってなれるのだから。
小さな袋一杯分の血を抜き取り、針を抜かれた私は、言われるままに脱脂綿で傷口を押さえた。小さく穴が開いているだけだけれど、血液は心臓から全身に押し出されているので、圧迫して止血しておかないと、無駄に血を流すことになりかねないらしい。
「じゃあ、新鮮な血液じゃないと困るそうだから、もう持って行くね」
「よろしくお願いします」
花は私が事前にちぎって渡しておいた。というか、花は髪の毛のようなものなので、人に摘まれるぐらいなら自分でやりたかったのだ。
「これぐらいなら倒れることはないと思うけど、動く時は十分注意して。後、血の腸詰とか肝臓とか食べておいた方がいいから」
「はい。助言ありがとうございます」
「それから――」
「分かりましたから、早く渡してきてあげてください」
多分、受け取る役割の人が今か今かと待っているはずだ。血を抜く前にも、この手の助言を貰っているので、繰り返し注意されなくても大丈夫だ。オリバー先輩は色々心配性である。
オリバー先輩が行ってしまえば、部屋の中は私とエドワード先輩だけになった。
「今日はお付き合いありがとうございました」
「当り前のことだよ。色々あったんだから、心配しすぎるぐらいで丁度いいよ」
「そう言っていただけたら、少し気持ちが軽くなります」
疑われる側はあまり気持ちがいいものではないというのは分かっているのだ。それは信頼していないと言っているようなものでもあるのだから。でも私は最悪を考えながらしか動けない。
「そう言えば、シルフィーネ様の事なのですが……」
ふと、ちゃんと言葉にしてエドワード先輩に言っていなかったなと思い出し、私は偶然にも二人きりになったタイミングなので伝えることにする。
「シルフィーネ嬢がどうかしたのかい?」
「もう、知っていらっしゃると思いますが、シルフィーネ様とオリバー先輩は心通わされました」
「うん。その場に俺も立ち会ったからもちろん知っているよ」
ですよね。私も立ち会いましたし。
ちゃんと吹っ切れているのか、それとも無理に吹っ切れた風を装っているのかわからないが、エドワード先輩はなんてことないように言った。
「わたくし、シルフィーネ様とエドワード先輩の仲を応援するといいましたが、申し訳ございません。シルフィーネ様がオリバー先輩と心を通わせた今、二人が無事に幸せに結婚できるように応援したいんです。酷い裏切りだと思いますが……」
「当然じゃないか。俺だって、オリーとシルフィーネ嬢には幸せになって欲しい。二人の仲を応援したいと思っているし、オリーが厄介なことに巻き込まれないようちゃんと目を光らせるつもりだ。俺は親友だからね」
流石はエドワード先輩だ。
自分の恋ではなく、相手の幸せを想えるなんて。
なんて潔く、気高いのだろう。
「あの。もしもまた、エドワード先輩が恋をなさることがございましたら、今度こそ、その恋が実るように応援させていただきますので」
「ん?」
何故か私の申し出に、エドワード先輩は首を傾げた。
何を言っているんだという顔で、まじまじと私を見ているけれど、何か変なことを言っただろうか?
「あ、もしかして情報料を気にされていますか? 今度は親友割と、今回のシルフィーネ様がうまく行かなかった分をちゃんと割り引いて、お手伝いしますよ?」
「なるほど。そう来たか」
「何がですか?」
やはり私はエドワード先輩の想定と何か違うことを言ってしまったようだ。どこに不明瞭な点があっただろう?
うーん。
「あ、わたくしが平民になるまでの期間を心配されていますか? 一応、父も気を使って、弟に爵位を譲るまでは貴族扱いをしていただけるそうなので、貴族の情報収集も可能です」
「そもそもロディーナ嬢を平民にする予定が俺にはないのだけど」
「えっ。そういうわがまま言います?」
前も平民の使用人のふりをした時、エドワード先輩はすごい不満げだったものね。
親友が平民というのは、中々呑み込めないようだ。立場が違えば色々変わってしまうのは分かる。
「わがままか。うん。そうかもしれない。俺はわがままだ」
天下の四大公爵家ですもんね。それが許される立場でもある。でもなんの功績もなく平民を貴族に押し上げることは難しいはずだ。
「何ですか。私に爵位を与えてくれるんですか?」
「爵位は与えられないけど、公爵夫人という立場は用意してあげるから、平民にはしないよ。というか、俺が耐えられない」
……ん?
公爵夫人?
何を言っているの?
私が公爵夫人って……夫人ということは結婚しなければその名前にならないわけで、えっと、誰と結婚すると……。えっ? んんん?
「あの。もしかして、エドワード先輩が国王の前で婚約を申し出たの、まだ続いています?」
「うん。もちろん。俺はあの後一度も取り下げていないよ?」
確かにエルフ族の色々なことが明るみになって、婚約の話を蒸し返すような雰囲気ではなかっただろうけれど。
血の気がさっと引いた。
「……あ、あの。あの時はありがとうございました。でももう大丈夫ですから。エルフ族の件は話し合いがつきましたし。シルフィーネ様にフラれてしまったからって自棄にならなくてもいいんです。絶対、エドワード先輩ならいい人が現れますから」
エドワード先輩を正気に戻そうと話すと、エドワード先輩はちょっと考え込んだ顔をしてから、にこりと笑った。
「実は俺、初恋の子がいてね。シルフィーネ嬢が好きだなと思ったのも、その子と被ったからなんだ」
「へぇ」
突然の初恋の話。
着地点が分かりにくい。でも嫌な予感はひしひしとする。
「その子はね、花見の会場で誤って部屋に閉じ込められてしまったそうで、しくしくと泣いていたんだ。その時の子の髪には白い花がついていて、丁度シルフィーネ嬢がつけていたライラックの髪飾りに似ていたんだよね」
「へ、へぇ」
とても聞き覚えのある話。
私もそんな場面で初恋に落ちた記憶がある。
顔が盛大に引きつっている自覚はあったが、エドワード先輩は気にしなかった。
「その子とまさか気が付かないうちに再会したなんて思わなかったし、たくさん話して、その頃の恋心は綺麗に塗り直しされたよ。初恋の君だなんて知らなくても、ずっとそばにいて欲しいぐらい特別になって、大好きになった」
エドワード先輩は私の手を握った。
「好きだよ。ロディーのことが、誰よりも」
「ひょえっ……いや、あの」
「貴方様の恋を成就させるために、ご協力させて下さいという約束はまだ継続でいい?」
それはエドワード先輩に話しかけに行った時に勇気を出して伝えた言葉だ。でもそもそもこの時の貴方の恋の部分が示す先が違う。
でも私はついさっき、『また、エドワード先輩が恋をなさることがございましたら、今度こそ、その恋が実るように応援させていただきます』と言ってしまった。
もちろん応援するとは言ったけれど、私の想定していたのと全然違う。
「ああ。後は、好きな相手には積極的に口説かなければ駄目だとロディーに教えてもらったね。好きだよ。この先何度でも、ロディーが信じてくれるまで、君を口説き続けるよ」
エドワード先輩は握った私の手を唇に近づけ、チュッと指先にキスをする。ひょえぇぇぇぇ。
手の先から溶けてしまいそうなぐらい熱い。
思わず振り払おうとしたけれど、全く離れない。
「えええええっ。あ、あの、わ、私は!」
私は口をパクパクさせた。
エドワード先輩がこんな風になる前兆あった? えっ? 距離の詰め方がエグいんだけど。でもエドワード先輩の距離の詰め方がおかしいのは前からだ。
しかもエドワード先輩は国王に婚約を申し出たのをまだ取り消してないと言って……えっ? どこから計算? どこから天然?
「ロディー、好きだ。だから俺の恋の成就に協力してね」
にっこり笑うエドワード先輩は、肉食獣のように見えた。
最後までお付き合いありがとうございました。
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