交渉
突然とんでもないことを言い出したエルフ族の王子様。色々聞きたいけれど、問題は彼の語彙力にあった。こちらの言葉ではうまく伝わってこない部分が多く、途中でアルフレッド先輩が通訳をすることになった。
「えっと、つまり、エルフ族は長寿なためか、突然他者の血を求める病気を発症することがあるそうだ。遺伝の変異ではないかとエルフ族は考えているらしい。それが発症すると、徐々に理性をなくし、血に飢えた獣と化すそうだ。その病気の特徴は、日の光を浴びると、全身やけどのような状態になる。ただこのやけどは日光により皮膚が焼かれたのではなく、触れると高温に発熱していることから、日光により体内で何らかの異常が起こり、体の中からその身を焼くと考えられている」
高温になって、体を焼く。
そこの言葉で、ふと手にやけどを負ったエルフ族の男性を思い出した。あれはもしかして発病した人を触ろうとして負傷したものではないだろうか?
「最初にそれを発症させたのは、ユドラシグルというエルフ族とドワーフ族の始祖に当たるものだそうだ。ユドラシグルは突然暴れ出し、エルフ族やドワーフ族の血をすすり始めたそうだ。暴れ狂うユドラシグルの処遇に関して、ドワーフ族とエルフ族で意見が割れ、最終的に国を分けるという方法になったらしい。この病気は長期間日の光を浴びて生活しているうちに、発症をするのではないかとあたりをつけ、ドワーフ族は地底に住むようになったそうだ。その生活になった為か、またはドワーフ族はエルフ族より寿命が短い為か、今のところその病気が発症した例はないらしい」
本当に日光が関係するのか分からないが、彼らの中ではそうなったのだろう。
「ユドラシグルは植物の姿をしているため、日の光は必要だった。日に焼かれながら、生き血をすすり、回復するを繰り返していたが、ある時異種族を食べた時に一時的に血を求めなくなり、日光で焼かれることもなくなったそうだ。他にもエルフで同じような症状が現れる者がいたため、異種族を霊薬として試していったところ、花人を食べると凶暴性がなくなり理性が戻ることが判明した。そこでどれぐらいの量でどう変化するのか、部位で変わるのか、何か他にも加えた方が効果がでるのかという霊薬の治験が始まったそうだ」
霊薬の治験といえばきこえはいいが、結局のところ花人を物ととらえ、自分たちが助かるために殺していったということだ。酷いけれど……これは人族も他の種族にやったことでもある。
「花人だけではなく他の種族でもできるのかも検証した結果、最終的に他の種族も部位により若干の効果がみられるが薄く、花人の血と花が一番効果が高いことが判明したそうだ。ただ根治ではなく、対処療法なため、定期的な補充が必要で、できるだけ少量で効能が高い方法や長期保存ができないかも検討していったそうだ。その結果、一人の花人が入れば、百人以上が救われるという研究結果を出せたらしい。しかも殺さずにそれを実現したそうだ」
沢山の犠牲の上で、できるだけコストパフォーマンスを上げたというわけか。
素晴らしいことのようにルーカス様は母国語で語っているように私には見えたが、それが成功するまでの犠牲の数を思うと素直に喜べない。アルフレッド先輩はこちらの言語に直す時に、ルーカス様がその発明を褒めたたえているあたりを上手く省いているようだった。
これは多分、感覚の違いにより感情論になってしまい、正しく状況が分からないままでの話し合いにならないようにするためだ。
きっとアポロン公爵は、外交を担う際、異種族との考え方の違いを目の当たりにし、今のアルフレッド先輩のように感情論による話し合いになってしまわないように立ち回り続けていたのだろう。そしていつしかできるだけ波風を立てないようにすることこそ正しいと思うようになったに違いない。
この行為が許せないからと戦争だとなったら最後、泥沼だ。国を動かす上で、感情的に喧嘩になってしまうのが一番危険である。
例えば私一人渡せば戦争にならず、お互いの国の国民が千人が助かるとなれば……アポロン公爵の判断を批判できない。
「でも霊薬のストックももうそこをつきかけている。アールヴヘイム国にいた最後の花人も寿命で亡くなったそうだ。日光が関係するのではないかと言われているが、まだ何が原因でこの病気が発症するのか分かってはいない。このまま放置すればいずれ発症したエルフ族が異国の地へ渡り、他者を理性をなくしたまま食い荒らし始めると恐れているそうだ」
一人や二人ならば、こちらも対処するが、人数が増えて行けば、世界中が恐慌状態になるだろう。さらに健常なエルフ族への差別も出てくるはずだ。
それはお互い不幸である。
「ルーカス様はロディーナ嬢のことは必ず丁重に扱うと言っている。だからこの危機を乗り越えるために力を貸してほしいそうだ」
力を貸す……つまり、生贄になって欲しいということだ。
確かに一番丸く収まるやり方ではあると思う……私の気持ちをのぞいて。
「わたくしは……」
はいと言えば、誰も不幸にはならない。
ここでいいえといえば、間違いなく家族に迷惑がかかるだろう。私以外の誰かが犠牲になるかもしれないし、下手をすればアールヴヘイム国が追い詰められて戦争になるかもしれない。
本当は嫌だ。
大切にすると言われても、きっと私が望むような大切ではないと思う。
でも……。
「でもそれだと、百人程度しか助からないのだろう? しかもその後の展望もない。もしもロディーナ嬢が死んだら、また誰かをさらうのかい?」
嫌だろうと、それが運命だと納得するしかないのだろうかとあきらめかけたところで、エドワード先輩が発言した。
「……ルーカス様は、猶予の間に研究を重ね、花人を使わない方法も考えると言っている」
「甘いよ。何百年と調べて、ようやく花人の血と花で対処療法ができることが確立して、ここから別の方法? あったとしても見つけ出せる確率は低く、ギャンブルすぎると思うけど?」
エドワード先輩はこの話を聞いた上で、この場限りしのいでも、また問題が出てくると話した。その通りではある。
本当に他の方法を見つけられるとは言い切れない。
「だから君たちが今やろうとしている方法は、無理があるんだよ」
「ならばどうしろと?」
「頭を下げろ。そして、花人に誠心誠意謝罪して、助けを求めろ」
「は?」
エドワード先輩はにっこりと笑った。
「自分が花人に生かされていると自覚して謙虚になり、花人に交渉をするんだ。エルフ族には非人道的な行いもしてきた分、病気に関する知識が多い。花人が困っていることを助ける代わりに、血と花の提供を求めるんだ。ただし交渉の席は自分が有利だなんて思ったら進まない。誠意ある謝罪をまずはしろ。確かにエルフ族が全員その病気を発症したら世界中が混乱に陥るだろうけれど、世界のためとかかっこうつけるな。自分たちのために花人を犠牲にしてきたんだ。まずはそれを理解しろ」
エドワード先輩は怒っていた。
怒っていたけれど、冷静だった。ただルーカス様を断罪しただけでは、この件は終わらないと分かっているからだ。
「待てよ。僕たちがただの謝罪で許せると思うのかい?」
「思わないけれど、実際狂ったエルフ族が各地で暴れ始めたら大変なことになるのも事実だ。だからエルフ族を迫害すればいい? 皆殺しにすればいい? 難しいと思うよ。アールヴヘルム国と戦争して、ただですむとは思えない」
「そうかもしれないけれど……」
感情面でいけば許せないだろう。
殺された人も死んだ後にごめんなさいされてもという話だ。
でもだから許さずに戦う道を選べば、きっと今生きる多くの人が犠牲となる。
「ミケーレ様。ミケーレ様の国で、今困っていることありますよね?」
「困っていること?」
すぐにはピンとこないようだ。でも私には困っていることがある。
「ひとまず、ルーカス様。わたくしはそちらに嫁ぎません。ただの砂糖菓子のように食べられる気はございません。でも血と花を提供したいと思います。もちろん死なない程度に。その代わり、羽のない花人がフェロモンを抑えることができる薬か、逆にフェロモンを感じられるようにする方法を開発してください」
私や私の先祖がミケーレの国で生きるのが難しいのはこのフェロモンの所為だ。
分からないものをコントロールするのはとても難しい。そしてそれの所為で母国を離れなければならなかったり、不便な生活が強いられる。
多分私だけではなく、他にも悩んでいる花人はいると思うのだ。
とはいえ、エルフ族だらけの国で提供を行うのは流石に怖い。だから代案として、この国にいたまま献血と献花をするのだ。オリバー先輩の領地から殺すことなく霊薬を作り出荷もしたと言っていたので、たぶん国を離れなくてもうまく渡す方法はすでに確立されていると思う。
「そちらで、いかがでしょう?」
戦争は望まない。
だから私は今持っている情報で、一番丸く収まりそうな案を提案した。




