犯人
「もう大丈夫ですわ。わたくしも一刻も早い解決をこの国の者として望んでおりますから協力させて下さい。それで犯人はどのような方だったのですか? まさか、賊が外部から侵入したのですか? もしもそうなら、学園の警備を見直さないとなりませんね。生徒会として、生徒の安全を守ることは必要なことだと思いますので」
弟と教師のやり取りに、フィーネは怖がった表情を作って加わった。流石だ。怖いけれど健気に頑張る令嬢だと教師が一瞬で勘違いしたのが分かった。
私には上手く情報を聞き出すための表情に見えるけれど。
「まさか。ここの警備は完璧です。……ただ、その、貴賓が入れることを望んだ者の場合はよほどの理由がなければ拒めませんので……」
教師は他に生徒がいる為言葉を濁した。
この言い方ならば異国の者がやったと言っているようなものではあるが、犯人の特定はできない。少なくとも現在この学園には全部で五ヵ国の王族が滞在しているのだ。
「悪いけれど、それでは我が国、ユーピテルも加担しているように聞こえる。話を伺った限り、彼女は花人を先祖に持つロディーナ様と勘違いされてさらわれた可能性が高いと思う。我が国、我が国の民が、同胞を売るような真似をするなどという不名誉な噂が流れては困る」
ミケーレが王族として抗議をすれば、教師は顔を青ざめた。
「もちろん、花人の方々および、ユーピテルの方ではございません」
「だが、さらわれた理由が花人ならば、こちらとしてもはっきりと犯人が誰で、動機はどのようなものかを知りたい。そうでなければこの国の関与を疑う。できるならば我が国も捜査に加わらせてもらいたい」
「ワがクニもオナジ。ワレワレ、ハンニンとオモワレルのはコマりマス。ジョウホウのコウカイ、モトめマス」
さらにヨウキ様としてルビィまで加わり、教師の顔色は白くなった。
二ヵ国の王族から、要求をされて、それを無視できるほど教師の立場は強くない。かといって、ハイ分かりましたとここで請け負えるだけの権限も持っていないだろう。
「犯人は犬狼族の方でもございませんし、クンロン国の方でもありませんので……」
「デハ、どこのクニ? これはワがクニもコンゴのツきアいでカンケイしマス」
「そ、それについては……う、上の者に確認をしに行きます。しばらくお待ちいただけますか? シルフィーネ様だけ――」
「ユーピテルとしては、彼女だけで向かわせるのは問題だと思う。彼女に催眠作用の強い薬を飲ませたのはこの国の薬剤師だった。僕にはこの国の誰を信用していいのか分からないし、もしここで彼女の口封じに入られては困るんだ。同行の許可が欲しい。もしくは我が国の者を護衛に付けたい」
信頼できないとミケーレに言われ、教師は眉をひそめたが、この国で起こった事件なのだ。ミケーレがそう言うのは当然ともいえる。
「それならば、ワがクニもゴエイしたいデス」
「確認をとってまいります……」
「先生。わたくしもシルフィーネ様に同行できないでしょうか? わたくしと間違えられて連れさらわれ、とてもショックを受けております。犯人ともう一度対面するのは、彼女の嫌な記憶を掘り起こす作業です。できれば傍で支えたいですし、わたくしをさらおうとした相手も、今後の自衛のために知りたいです」
フィーネのためと自分のためと理由をつけ、私も要望を伝える。
ミケーレ達が駄目でも、異国の護衛は付けられるだろう。そしてミケーレが駄目な分、私の意見は通りやすくなるはずだ。難しい要望から、代案で簡単な要望に切り替える方法は、交渉術の基本である。
「確認してまいります」
先生は顔色を悪くしたまま、結局一人で戻っていった。
でも実際、私はミケーレが言うとおり、この国の人だからと言って信頼しきっていいとは思わない。フィーネの安全を守るためには、たくさんの目が必要だと思う。
しばらくして、フィーネには、花人と犬狼族の護衛をつけることと、確認には私が同席してもいいことになった。私の場合は当事者であると同時に、何かあっても国内の問題で処理できるからだ。流石にここで異国の王族に何かあったらなんてリスクは背負えないだろう。
先輩達と別れ、フィーネと私は花人と犬狼族と人族の護衛に囲まれるという物々しい状態で移動することになった。
今は音楽祭がまだ続けられているので、校舎内に生徒がいないのが幸いだ。
案内されたのは、教師が使っている部屋の一室だった。中に入れば、縄で手足を縛られ、猿轡をされたエルフ族の者が三人いた。二人が男性で、一人が女性だ。ただ、女性の肌は黒く、普段見かけるエルフ族とは少し違う。
「彼らはアールヘルム国とスヴァルトアールヘルム国の使用人です。男の方はどちらもアールヘルム国出身で、女がスヴァルトアールヘルム国出身です」
確か元々は一つの国だったのだから、ドワーフ族が多いスヴァルトアールヘルム国にエルフ族がいないわけではないだろう。
犯人の共通点は、エルフ族ということだ。
「シルフィーネ様は彼らにさらわれた記憶はございますか?」
フィーネはじっと三人を見た。
「意識がもうろうとしておりましたので顔かたちは覚えておりません。はっきりと言えるのはわたくしを運んだのは二人の殿方だったことです。そして、その手には、やけどの跡があったことを記憶しております」
フィーネの証言を聞き、エルフ族の男たちは後ろを向かされ、縛られた手が私たちの方へ向けられた。
二人のうち、一人の手にはやけどの跡があった。何か熱いものでも触れてしまったことがあるのか、結構ひどくケロイドになった跡が残っている。手にやけどのある人がいないとは言えないけれど、今この学園の中にいる人中で手にやけどの跡が残っている人は少ないだろう。
「ありがとうございます。今回シルフィーネ様を運んだコントラバスのケースを運んだ商人に確認したことで、こちらの三人が犯人として浮上し捕縛することになりました。アールヘルム国およびスヴァルトアールヘルム国の王族には捕縛しこちらで調査する許可をとっております」
流石に異国の王族が連れて来た使用人を勝手に捕まえることはできないようだ。
「それにしても、早いですね。どのようにしてこの三人が犯人だと分かったのですか?」
あまりに早いと、最初から用意された犯人の可能性もある。
「コントラバスを運んだ商人たちがどんどん学園に引き返してきましたので、聴くことができました。何でも、コントラバスの中に貴族の姫君が入ったものがあると言われ、コントラバスを持っていると犯人にされてしまい、一族郎党すべてが処刑されるという噂が出回ったそうで、大慌てで無実を訴えに引き返したそうです」
おおう。
そう言えば自分が犯人にされたら大変なことになったと商家の人が言っていた。かなり恐ろしい噂として商人間で流し、皆必死にフィーネを探してくれたのだろう。
その副作用として、噂を知った商人が、無実を訴えにコントラバスを抱えて戻ってきたと。
犯人たちもまさかこれほど早く商人が引き返してきて無実を訴えに来るとは思わなかったのだろう。逃げるタイミングをなくしてしまい、現在捕らえられているということか。
それは確かに、想定外だったと思う。
音楽祭の間だけしのげれば、何食わぬ顔でこの学園から出て、そのまま母国へ逃げる算段だったに違いない。
「何故このようなことをしたのか分かり次第、改めてお伝えさせていただきます。この度はご協力ありがとうございました」
そう言われてしまえば、私達が直接犯人から聞き出すことは難しい。
後はこの犯人が自殺しないように注意して自供をさせなければいけないが、これは学生である私達の分野ではない。
こうして私たちの音楽祭の事件は幕を閉じたが、安全が心配な私と、連れ去られ心身に強いストレスを感じたフィーネはこの後にある舞踏会への参加は取りやめることになったのだった。




