シルフィーネの渾身の一撃
「乗ってしまったって……」
「鎖国が終るまでの間、霊薬に関しては注文として言われたことをそのままやっていたと思う。霊薬は注文者によって求める部位や種族が違ったり、性別や年齢にこだわるものもあったみたいだ。霊薬だと薬扱いをしているけれど、俺の領地でその効能が試された結果は残っていない」
オリバー先輩にはそれを薬と呼びたくないのだろう。
効能が試されていないというなら、それはオリバー先輩にとってはきっと、理解しがたい悪魔信仰のようなものだ。だから余計に苦々しい顔をしているのだろう。
「……霊薬の作り方に関する指定はあったのですよね? それならば、霊薬を持ち帰った場所で被検が行われていることはありますか?」
オリバー先輩の領地では行われなくても、買った後にそこで行われた可能性はなくはない。
例えば治したい病気が特殊なもので、効能があるかどうかをオリバー先輩の領地で確認することは難しく、命令通りに作ったものを輸入し確認をしていったという可能性はどうだろう。
「分からない。でも……徐々に霊薬の注文は変わっていったみたいだった。開国間近になったころには、麻酔薬を使って必要な場所だけもらうという方法に変わっていっているようだった。もちろん、その状態でも心臓が欲しいとか言われれば、とられた相手は……生きることはできないけれど」
「麻酔薬の開発はどなたが?」
「先祖が……でもこれは霊薬づくりとは関係なく、盲腸を腫らした者を助ける時や、針と糸で縫い付けなければいけない怪我をした時に使うために開発したのだと思う。発想自体は、エルフ族からもたらされたらしい」
薬学が発達しているエルフ族。
そこからの助言があれば、そんな薬を作れないかと研究をしてもおかしくはない。
「エルフ族は、霊薬を買いましたか?」
「……買っている。後は国内で欲しがる人に売っていた。購入後の用途はどちらも確認できていない」
エルフ族が輸入したからといって、エルフ族が欲したとは限らないし、国内だって買った人が使ったとは限らない。そもそも鎖国の間、取引があったのは、エルフ族か龍神族の二択だ。経由して買い取っていた国があってもおかしくはないし、龍神族が直接買い付けをしなかった可能性だってある。
「イキタママウるコトは?」
「それはしてない……と思う。俺の領地の中で探せた情報が正しければ。そして開国してから……風向きが変わった。国際社会に再び加わり、霊薬作りは違法だと王から言葉があったから、俺の領地もやめようという流れになった」
鎖国の間に周りの国よりも発展が遅れた我が国は、弱者として異国が決めたルールを守るしかなくなった。その一つが霊薬の扱いということだ。
「でも……異種族の奴隷もいなくなり、新しい薬を開発するたのがだんだん難しくなっていった。できないわけではないけれど、かつてほどとはいかない。だから意見は割れた。これからの社会に合わせて誇れぬようなことは一切やめるべきだというものと、これからも必要悪はやるべきだというものに。今のところそのようなことはやるべきではないという意見が強いが、根強く景気が良かった頃を懐かしむ声があるのも事実で……誰かの犠牲の上にいることに痛みを感じなくなってしまった一族がいることが恥ずかしい。でも前はやっていたのだから、懐かしんでもやれずにいる者と俺は変わらない立場で、恥じるべき事柄だけれど、それを俺が思うことがすでに罪深いことで……」
ずぶずぶと、自己嫌悪の海の中にオリバー先輩は沈んでしまっているようだ。
言葉はだんだん小さくなり、自罰するような言葉を吐く。
「オリー」
「……ああ。すまない。ともかく、俺はこの罪深い血を俺で終わらせたいと思っている。だから俺はシルフィーネ嬢の気持ちには答えられない」
エドワード先輩に呼ばれ、オリバー先輩は困ったように微笑んだ。でも笑みの形はとっているけれど、苦しみ泣いているようにしか見えない。
霊薬にされかねない私からしたら、確かにオリバー先輩の家系は加害者だ。
初めは領民が飢えないようにと始めたことでははあったのだろうけれど。
でも一切関わっていないオリバー先輩を恨み、彼が不幸になることを望むのかと言われれば、それは違うと思う。だって、私は彼に何かされたわけではないのだ。
「待って下さい。それって、逃げているだけではないですか?」
「シルフィーネ様⁉」
先祖の罪で傷ついている人にどう話しかけるべきか。そう考えてところで、フィーネがズバリと言った。いや、自罰中の人にさらに追い打ちをかけるなんて……。
「だって、そうではありませんか。血を終わらせたところで、必要悪だったと言い、また手を出そうとしている人が消えるわけではないでしょう? なら、不幸な人がこの先出ないように考えていくのが、本当の償いではないでしょうか? そもそも恥じる事柄だと客観的に思えるのは正しいことでしょう? オリバー先輩は何もやってないのですもの。そうやって他者のしりぬぐいをしようとするオリバー先輩を、わたくしは支えたいです。霊薬を作りたいという人がいたら一緒に止めませんか?」
「シルフィーネ嬢には関係ないことだろう?」
一緒にと言われて、オリバー先輩は慌てて突き放そうとする。
でもそれはまだフィーネのことが分かっていない。彼女はやると決めたら、フィーネのためだと止めていても、自分の意思を貫いてくる。口で説得ではなく、やれない状態にまで持ち込まなければ彼女は止まらない。
「いいえ。大ありです。わたくし、大切な人が悲しむのは嫌ですの。優しいオリバー先輩は、再び霊薬作りが再開されたらどこまでも自分を責めるでしょう? そして私の親友であるロディーが霊薬にされるなんて絶対許せないです。そんな不幸せな未来は絶対回避したいので、関係ないなんてことはありえません。だからいっその事巻き込んでください」
「ま、巻き込んで?」
「そうです。わたくし、そこらのご令嬢より、とても図太いですわ。ちょっとやそっとじゃへこたれませんの。オリバー先輩が折れそうになっても押し戻して見せます。だって大好きですもの」
フィーネはオリバーの手を両手で握り、大きな瞳で彼をじっと見た。
オリバー先輩は元々フィーネが好きなのだ。好きな人に接触され、大きくきれいな瞳でじっと見つめて告白されて落ちない男はいない。
しかもフィーネはオリバー先輩が懸念していることを一緒に背負うとまで言ったのだ。
これはもう、オリバー先輩の負けである。オリバー先輩の顔が真っ赤だからよく分かった。
エドワード先輩と婚約した方が万事うまく行って幸せになれたと思うのだけどな。
そう思っても、恋心を制御することが一番難しいのだと私はよく知っている。フィーネが恋心に目をつぶり、安全第一に生きてくれる子かと言われれば、違うとしか言えない。彼女は安全のために友人を手放すということすらせず、折角距離をとったのに、追いかけて私の手を掴みにくるぐらい強いのだ。
だからオリバー先輩と結ばれてしまう前に、エドワード先輩がフィーネを落としてくれればと思ったのだけれど……。
もうここまで来たのならば、私はオリバー先輩とフィーネが結婚しても、幸せに生活していくにはどんな手助けができるかと考えるしかない。結局当て馬のままになってしまったエドワード先輩には申し訳ないけれど、略奪愛までは手伝えない。
ちらりとエドワード先輩を見たけれど、彼は満足そうな顔をしていた。……なんでそんな顔をしているの? 恋敵でしょう⁈
……でもまあ、エドワード先輩からしたらオリバー先輩は親友なのだ。何故か恋敵と判明してから距離を詰めていった相手だけど親友は親友だ。こうなってはもう、どうしようもない。私はままならない現実に苦笑いした。
『コンコンコン』
そんな中、唐突にノック音が鳴った。
なんだろう。
一番年下である弟が、代表して扉を開けに行った。
「失礼します。実は先ほどシルフィーネ様を連れ去った犯人が捕まりまして、一度シルフィーネ様にご確認できればと警備の者から言われたのですが、今は体調はどうでしょうか?」
連れ去った犯人という言葉に、私はドキリとした。




