間違った情報による悲劇
「後ろで二人の動きを見せてもらうけれど気を悪くしないで下さいね。僕はあくまでただの立会人ですから」
「いえ、先生。こちらこそ、ご無理を言ってしまい申し訳ございません」
園芸部のお茶会場を見せてもらおうとしたが、まだ事件が起きたばかりだ。そのため生徒の立ち入りは禁止されていた。しかしエドワード先輩が家名を使うことで園芸部顧問の先生の監視のもと、立ち入ることを許された。
見なければ分からないと言ったけれど、園芸部顧問の先生の手まで煩わせることになってしまい申し訳ない。先生は私たちを疑ってついてきているのではなく、何もしていないという証人のためについて来てくれていた。
お茶をしていた席はすでに綺麗に片付けられており、お茶を準備する場所だけが昨日のまま保存されている状態だった。お茶を入れることができる給湯室は各々が連れて来た使用人が自由に使っていいということになっているらしい。
「先生、カップは個人の物なのですか?」
「そうだよ。ただ、園芸部全員でお茶会を開くという催しが年に数回あるから、園芸部用の茶器もあるよ。普段は個人個人で持ち寄っていて、ここに置いておく生徒もいる。ただここに置かれていると間違って割れてしまったなどがある可能性もある。だから置いて行くかは各自にまかせている。お茶の葉などもそうだね」
自己責任というやつだ。
でもとなると茶器に何らかの悪戯をすることは不可能ではないということでもある。今回倒れた生徒のカップがどうだったのだろう。
見せていただいた給湯室には、普通の茶葉もあるがそれよりもドライハーブが多い気がした。
「園芸部ではハーブティーが流行っているのですか?」
「そうだね。園芸が好きな者ばかりだから、自家製ハーブを各々作って飲み比べたりしているよ」
「俺もオリバーからいただいたのはレモングラスという名前のお茶だったなぁ。レモンのような香りで面白かったよ」
「へぇ」
それぞれが自家製ハーブを持ち寄ると。
野草とかで誤って毒草を飲食してしまったとかはありがちだけれど、園芸部が自家製するならば、よっぽど毒草が混じってしまうことはないと思うけれど……。
「ちなみに倒れた生徒が飲んでいたお茶や茶菓子は残っていますか?」
「茶菓子はすでに撤去されてしまったけれど、クッキーだったよ。絞り出しされたクッキーで多分家で焼いたものではないかな? お茶はこの棚にあるものだね」
「普通の茶葉だな」
瓶には茶色の葉が入っていた。ドライハーブではなさそうだ。
蓋を開けると、花の香りがした。
「香り付きですね」
「それに半発酵茶じゃないか?」
「見ただけでよく分かりますね」
半発酵茶はこの国でよく飲むお茶ではない。
「この間オリバーが教えてくれたんだ」
……すごい仲良くなっていますね。
自慢の友人なんだと胸をはっている。この男、相手が恋敵だということを忘れているのではないだろうか?
「たぶん、ジャスミン茶じゃないかな? 花弁が混じっているようだし、前に作ってみているようなことを言っていたからね。異国のお茶の再現だからうまく行くか分からないけれど、うまくいったら皆にふるまうと言っていたんだ」
呆れた目でエドワード先輩を見ていると、先生が補足してくれた。
異国のお茶の再現で、ジャスミン茶。
じっと茶葉に入った花弁を見て、私はこめかみをトントンと叩いた。……あー、なるほど。そういうことか。
「もしかして、ジャスミン茶の話はオリバー先輩から聞いて作ってみようとしていましたか?」
「多分そうだろうね。オリバーは花とかだけでなく、お茶や野菜にも詳しいんだ」
「オリバー先輩の領地は花の栽培が盛んですし、農業に興味があるのでしょうね……」
特に花を使うお茶ならオリバー先輩が事前に調べていてもおかしくはない。エドワード先輩にお茶のうんちくを話しているぐらいだ。同じように部員に話し、倒れた部員もオリバー先輩から聞いた話に興味を持って、自分で作ってみようとやってみたと。
「何か分かったのか?」
エドワード先輩の言葉に私は頷いた。
「最終的にオリバー先輩の気持ちはオリバー先輩に確認しなければ分からないので絶対とは言えませんが、生徒が倒れた原因は分かりました」
そう言って私は自家製されたジャスミン茶の茶葉を持ち上げる。
「このお茶が、食中毒の原因というか、毒の可能性が高いです。うっかり他の生徒が飲まないようにした方がいいと思います」
「は?」
「まあ、飲まないと思いますが、念のため」
わざわざ倒れた生徒のお茶を飲もうとするような挑戦者はよっぽどいないと思うが、うっかり取り間違えるというミスは世の中ある。それに誰かに危害を加えたいと思っていたり、悪意を持った冗談で使われる可能性だってあるのだから、早めに隔離しておいた方がいい。
「倒れた生徒と話はできますか? ……いえ、突然、全く面識がないわたくしが話を聞きに行くのはよろしくないですわね。申し訳ありませんが、使われたジャスミンの花は何色だったかを確認していただけないでしょうか?」
「花の色?」
「はい。それで、原因が確定します」
「なら、僕が事件の調査として確認してきましょう」
私の急なお願いに、先生が了承してくれた。
とりあえず、見るものは見たので、もうここに用事のない私たちはこれ以上先生の時間を奪わないために給湯室から出て解散した。
そして翌日、職員室に私は先生に話を伺いに出向いた。
「おはよう。やはりロディーナ嬢も来たんだね」
「おはようございます、エドワード先輩。情報は正しくなければ意味がございませんから」
足りない情報で結論を出したものは、しょせん妄想である。
価値がないどころか、偽の情報が混じったものは、自身を危険にさらすこともあるのだ。
職員室前で会った私とエドワード先輩は、さっそく先生に会いに行く。
「おはよう。二人とも早いですね」
先生は苦笑しながら私たちを出迎えてくれた。それでも私たちが来るだろうことは予想していたようであまり驚きはない。
「花の件ですが、どうでしたでしょうか?」
「黄色の花を使ったと言っていたよ」
その言葉に私は推測が正しかったと結論を出した。だからオリバー先輩は責任を感じてしまったのだ。
「黄色い花だといけないのかい? 家にあるジャスミン茶の花びらを見たが薄い黄色をしていたが」
流石は四大公爵家。異国の茶も持っていたらしい。もしくは商人が持っていたものを取り寄せたか。
分からないけれど、エドワード先輩なりに事前に調べたのだろう。
「茶葉と混じっている花びらは薄黄色で間違いないですわ。問題は生の花弁の時に黄色いことです。本来ジャスミン茶を作る花弁は白色なのです」
「そうなのかい?」
「はい。乾かす過程で、黄色っぽくなりますが、本来は黄色くないです。たぶん、これはオリバー先輩との会話の中で最初の部分に間違いがあったために起こったことなのだと思います。まあ、オリバー先輩に確認しなければこれに関しては確定できませんが」
オリバー先輩が最初に食中毒にあたってしまった生徒にジャスミン茶や作り方を教えたのならば、今回事件が起こったことでオリバー先輩は自分の所為だと思ったのだろう。
なにしろオリバー先輩はお家柄、私より毒に詳しい。植物と毒に詳しいオリバー先輩ならば、すぐに何が起きたのか正しく気が付いたに違いない。
「本来は白いなら彼は一体、何でジャスミン茶を作ったんだい?」
「カロライナジャスミンという花です。こちらは蜜に毒があり、ジャスミン茶を作る花と見目なども全く違いますが、ジャスミンという名がつけられています。だから勘違いが起こってしまったのだと思います」
実物を見ず、ジャスミンの花があるという話からきっと今回の毒茶は作られてしまったのだろう。最初の情報が違うから、その後の情報が正しくてお茶を生成できてしまっても、正しいお茶は作られない。
その結果、今回の事故が起こったのである。