デメテル領
すごく深刻そうな顔で、何やら告白しようとしているオリバー先輩を見て、私は少しためらったが手を上げた。
「ここでは止めましょう」
えっ。空気読まないのという視線が全員から向けられた気がするが、空気を読まなければいけないのは、私ではないと思う。
「深刻な、あまり外部に漏れるべきではないお話ですよね。ここはやめましょう。あと、聴く人は誰なのか改めて検討して下さい」
でないと、商家の方の胃がストレスで崩壊します。
空気を読み空気のようになって下さっている商家の方々だけれど、たぶん聞きたくないだろうと思うのだ。もちろん情報を色々集めておくことは大切だし、物を売るための情報収集などは怠らない人達だ。でも貴族の深刻な裏事情話など聞きたくはないだろう。
世の中知らない方が幸せということもあるのだ。
オリバー先輩もフィーネだけ、もしくはエドワード先輩ぐらいは頭にあっただろうが、その他の人はすっかり抜け落ちていたらしく、見回してから困ったような笑みを浮かべた。
「確かにその通りだね。ここでする話ではなった。ロディーナ嬢、止めてくれてありがとう」
「いえ。大丈夫です。場所を移したいと思うのですが、どちらに行きましょうか?」
内緒話というと、私の実家が思い浮かぶけれど、そもそも私まで聞いていい話かも分からないし、もしもここにいる全員にと言い出したら、人数的に少し困る。
「一度学園に戻ってくれないか? 生徒会メンバーが三人抜けている状態はあまりよろしくないし、先生方も見つかったという情報をもらったとはいえ、心配していると思うんだ」
アルフレッド先輩の言葉はもっともだ。
私たちは音楽祭を勝手に抜け出してきてしまっている状態だ。特にヨウキ様の影武者であるルビィがここに勝手にいるのは非常にまずい気がする。ミケーレは一言言っているだろうが、彼女はあの時誰かに何かを告げることなく私を背負って走り出した。
もしも王女様まで行方不明という騒ぎになったら大変だ。
というわけで私たちは後でお礼をしに行くと商家の方々に約束して、馬車に乗り込み学校へ向かった。女性と弟は私が用意したメルクリウス家の馬車で、先輩方は行きにのってきた馬車に乗ってもらう。……向こうの馬車、ミケーレ以外全員フィーネの恋敵だけど大丈夫だろうか?
ちょっと心配にはなったけれど、あの誰とでも仲良くなってしまうエドワード先輩がいるのなら多分なんとかなる気がする。
学園に到着すれば、教師達が迎えに出てきてくれていた。
その中でも代表するように女性の教師がフィーネに話しかける。異性が相手だと話しにくい可能性を考えてだろう。
どうやら体調を聞き、何があったのか詳しく聞きたいが、恐怖などがあるのならば家に帰ることも許可する旨を話しているようだ。まあ、連れ去りなどあったのだから犯人捜しや今後の警備の見直しのためにも早めに話を聞いておきたいのだろう。これが平民だったら即刻尋問のように聞かれるのだろうが、フィーネは伯爵家のご令嬢だ。無体は働けない。
「あの、わたくし、とても怖かったです。薬を飲んで外に出たらすぐに体がふらついて、しゃがみこんだところを運ばれて……。でも話はしたいので今いる、わたくしを探して下さった方にまず話を聞いてもらいたのですけれど、難しいでしょうか? その後、誰かと一緒に先生ともお話できればと思いますが……。その……連れ去った相手は大人でしたので、不安で……」
フィーネは長いまつげを伏せ、ぎゅっと自分の服を手で掴み、体を震わせた。
怯える女子生徒の姿を前に、教師たちのまなざしが同情的になるのが一目でわかった。しかもこんなにおびえているのに、健気にも話はしたいと言っているのだ。
「ええ。そうね。少し落ちつく時間が必要ですわね。大丈夫よ。仲のいい方とまずは話したい気持ちはわかるわ。それにアルフレッド様とエドワード様でしたらしっかりされておりますし、同性のロディーナ様がいた方が安心できるでしょう」
「ありがとうございます」
「場所は……オリバー様。園芸部を使えないかしら? 今日は部活は禁止になっているから、間違えて誰かが行くこともないでしょうし。こちらも誰も近寄らないようにさせますから」
「分かりました」
オリバー先輩が了解したので、フィーネを囲むように私たちは移動する。
「まだ音楽祭は終わっておりませんので、何かありましたらお声をかけますわね」
「はい。……ありがとうございます」
震えるように話すフィーネを見て、教師はあまり長居しない方がいいと思ったようで、すぐに部屋から出て行った。
「ふぅ。もう行ったわね」
足音が聞こえなくなったところで、フィーネの態度ががらっと変わった。
そうだよね。再会した時に。しっかり寝て体調がいいと言っていたぐらいだ。もちろん怖かったとは思うけれど、学校に来たことぐらいであのフィーネが恐怖で教師と話せなくなるとは思えない。
「相変わらずフィーネの演技はすごいですわね」
「ふふふ。でもロディーナ様は騙せないのですよねぇ」
「まあ、付き合いが長いですもの」
そもそも私はまずは人を疑ってかかる性質な上に、フィーネの演技がまだまだ子供レベルの時から見ているのだ。
大抵の人はフィーネの可愛さに目がいってしまい嘘を見落としてしまうが、私はちょっとしたしぐさから、嘘をついているなと気が付ける。
でも学園でのフィーネしか知らない男性陣には衝撃だったようで、唖然とした様子でこちらを見ていた。
「さあ、オリバー先輩。これで心置きなく告白できますわ」
「ああ……うん。ありがとう?」
フィーネに言われて、オリバー先輩は首を傾げながらお礼を言った。
多分まだ衝撃が抜けきっていないのだろう。
「あの、さし出がましいかもしれませんが、この話はわたくしも聞いていいいものなのですか? もしもフィーネだけに聞いて欲しいということでしたら、部屋の外で待ちますわ」
教師は同性の私がいるから許したという部分もある。なので二人っきりにしてそのままというわけにはいかない。
でも話を聞かないように部屋の外に出て、それこそ温室などでのんびりと過ごすことはできるのだ。
「できるならば、ロディーナ嬢にも聞いて欲しい。……これは過去に俺の祖先が霊薬づくりに関わっていたという話だから」
オリバー先輩の言葉にフィーネは目を大きく見開いた。フィーネにはその手の話は私からはあえてしなかった為、本当に知らなかったようだ。
「そうだ。席に座ろうか。しっかりと腰を据えて話すよ。あと、お茶も用意しようか」
立ち話ですませられないだろうとオリバー先輩がお茶の準備を始めたので、フィーネと一緒に手伝う。
お茶を用意して、私達は席にそれぞれ座った。
「まず、俺の領地の成り立ちからするよ。俺の領地はあまり麦づくりには適さない土地柄なんだ。これは土壌の水はけがいい方ではないのが理由だ。麦は乾燥した土地の方がよく育つと言われていて、育てられないわけではないけれど、湿害が起こって安定して育てるのは少し難しかった。色々試行錯誤して、品種改良も加えて、今は多少マシにはなっているけれど。でもね、この品種改良というものは時間がかかるし、お金もかかることなんだ」
確かに品種を改良していくためには、一度植えて育てて、交配させてを繰り返すため、時間も手間もかかる。お金がかかるというのはこの手間の部分だろう。
「だから麦以外の作物も育てたりし始めた。その中である時、他の地域では中々手に入らないという薬草をわざわざここまで摘みに来た医師がいた。それを見て、こういった手に入りにくいけれど需要のある薬草などを育てて売ってお金を手に入れてはどうだという流れになっていった」
つまりこの医者ことをきっかけにオリバー先輩の領地は、自給自足ではなく、作ったものでお金を手に入れ、それで麦を買うというあり方に変わっていたのだろう。
確かに現在のオリバー先輩の領地の在り方がそれだ。
「でも薬草は長持ちしないし、採れる時期というのもある。だからこれを煎じて薬の形にまでしてしまえば、より高価に買ってもらえる上に安定するのではないかと先祖は考えた。実際これで今、俺の領地は上手くいっている。でも薬というものも、麦の品種改良と同じで、すぐにできるものではない。どれにどんな効能があり、どれぐらいの量で、どのような変化があるか。様々な実験をしなければいけなかった。動物実験だけではなく、人間でも何度も試さなければ効果があるものは作れない。そして薬と毒は紙一重で、病は治しても毒で殺してしまうこともある。この実験は麦の品種改良よりもずっとお金がかかった」
薬はを作るのは一朝一夕にはいかない。
しかも人間で試すとなればなおさらそのためのお金が必要になっただろう。もしかしたらそれで死んでしまうかもしれないのだから、被験者を集めるのだけでも大変だ。
どこからそれを集めたか……。オリバー先輩の顔色はとても悪かった。
「……この国は、一度鎖国をした。その時異種族を排除する流れができて、……異種族ならば安く被験者にすることができた」
異種族ならば奴隷にしてもかまわないという動きがあった時代だ。
そういった過去はあっただろう。私もオリバー先輩の領地に旅行に行った時、その名残を確認した。
「そしてね。研究費を手に入れる方法として、異国から囁かれたんだ。……霊薬を作らないかと。先祖はその話にのってしまった」
そうオリバー先輩は懺悔した。




