再会
「ロディーナさま、だいじょうぶ?」
「……ええ。ええ、だいじょうぶよ」
私が座り込み泣いてしまったせいで、心配した小ささな子供たちがわらわらと集まってきた。なので慌てて涙をハンカチでぬぐう。
「フィーネが無事と聞いて、安心しただけよ。心配してくれてありがとう。キースも教えてくれてありがとう。それでフィーネは今はどちらにいるのかしら?」
私はフィーネが見つかったという情報を持ってきてくれたキースにたずねた。
「今は俺が働いている店にいるよ。前にロディーナ様たちにお世話になったから絶対見つけるんだって張り切ってたから、シルフィーネ様はすごい歓迎されてる」
「それはよかったわ」
どうやら保護して下さったのは、以前助けた女性の店だったようだ。
フィーネに恩があるから、誰かがフィーネの身柄を取返しに来ても、うまくかわして時間を稼いでくれるだろう。
「そのお店にわたくしを案内して下さる?」
「もちろん!」
「ロディーナサマ、セナカ、ノりますカ?」
「気持ちだけで大丈夫ですわ。ありがとう」
出番? 出番? っといった様子でキラキラした目をルビィは向けてくるが、急ぎでもないのに町中をさっきのように駆け抜けられたら、すごい迷惑になりそうだし、目立ちすぎる。
フィーネと一緒に学園に戻る可能性も考えれば馬車を用意した方がいいだろう。
なのでメルクリウス家と学園への連絡を院長にお願いする。
しばらく待てば馬車が到着したので、ルビィと共に乗り込む。キースは案内のため御者の隣に座った。
はたしてフィーネは怪我とかしていないだろうか?
薬でふらふらなところを攫われたのだから、あまり反抗はできなかったと思う。あえて生け捕りしたのだから無抵抗ならばわざと怪我をさせることはないと思いたい。
じりじりとした気持ちで待っていれば、馬車が停車した。
焦る気持ちを押さえながら降りれば、店主と思われる男性が外で待っていた。
「ロディーナ様、この度は当店まで足を運んでいただきありがとうございます」
「いえ。こちらこそ、シルフィーネ様を保護していただいたとお聞きしました。本当に、本当に、ありがとうございます」
「とんでもございません。わたくし共は、受けた恩をお返ししたまでです。商人というものは欲深いと思われるでしょうし、実際欲深い生き物です。ですから恩にはちゃんと恩を返します。それが後々の利益につながりますから。それにこの度のことは我々の方が助けられたと思っております。もしも貴族のご令嬢を知らずに誘拐する手助けをしたと分かれば、この店が潰れるどころか、一族全てが処刑ないし処罰を受けることになったでしょう」
確かにもしもフィーネを取り戻せなかった場合、その罪をかぶる者が必要となる。しかも今は各国の王族がいるような状況だ。今回の罪でどうなっていたか分からない。
「ロディーナ様はまさに幸運の女神です」
「め、めが? いや、それはほめ過ぎですわ」
というかこれまでそんな風に褒められたことがないので、居心地が悪い。冗談であってほしいが掘り返したくないので、ほほほほと曖昧に微笑んで誤魔化した。
「そ、それより、シルフィーネ様のところへご案内していただけるかしら?」
「こちらです」
この雰囲気だと大きな怪我はなかったと思っていいわよね?
私は店主直々に案内してもらいながら、店の奥の部屋へと足をすすめる。
そして店主が扉を開いた部屋の中で、ひときわきれいな女性が一番最初に目に入った。
「フィーネ!」
「ロディー!」
私が思わず愛称を叫べば、フィーネもまた私を呼んで駆け出した。そして、私に飛びつく。
「あっとと」
身長差があまりないので、筋肉量に負けて倒れそうになるが、それをルビィが支えてくれた。……壁のようにびくともしないルビィって、本当にすごいね。
「大丈夫? 怪我はない? 薬の所為で気分が悪いとかも」
「ないよ。痛いところは何もないし、薬でよく寝たから逆に体調がいいぐらい。ありがとう。ロディーがいなかったら、私どうなっていたか……」
「ううん。わたくしこそ、フィーネに謝らないといけないの」
ぎゅっと抱き着いて全力で感謝を述べるフィーネに私は首を横に振った。
「フィーネは、たぶんわたくしと間違えられて連れ去られたの。髪飾りが珍しいライラックを模したものだったし、腕の痣は手袋で見えないから。わたくし、幼い頃は白いライラックの花を咲かせていたの。髪色もフィーネの色に近かったから多分情報が錯誤してしまったのだと思うの」
私の背に花人の特徴である羽は元々ない。
だから相手はフィーネが、昔攫い損ねた子供だと勘違いしたのだ。
「ごめんなさい。最初からフィーネにわたくしが連れ去られる可能性があると伝えておけばよかった――」
「ちょっと。もしかして私じゃなくて、ロディーが攫われればよかったって思ってる? だとしたら、的外れ。大間違い! 私だったらこんなに早く見つけてあげられなかった。楽器の箱に人が入れられうるなんて思いつきもしなかったし、孤児院の皆に助けを求めるとか考えつきもしなかったよ。私だって連れ去られたいわけではないけど、でもロディーが代わりに攫われればよかったなんてこと絶対ないから!」
「……うん。ありがとう、フィーネ」
フィーネは私が代わりに攫われることを喜んだりしないと思っていたけれど、やっぱり思った通りだった。ちょっとうれしすぎて鼻声になってしまう。
「ロディーは頭いいのに、時折すっごく悪くなるよね」
「それは失礼よ。私は常に最善を考えていますもの」
「その最善に自分の未来もいい加減入れてよね。でも、今回はロディーのおかげで助かったわ。ありがとうロディー。ところで気になったのだけれど、どうしてこちらにヨウキ様が?」
私に抱き着いていたフィーネが少し離れ、ルビィことヨウキ様を見て首を傾げた。
表向き私と彼女の接点はない。
「ワレ、ロディーナサマのイチのシモベ!」
「ああああああ。と、とても仲がいいということをおっしゃりたいそうなの。まだ、こちらの言葉に慣れていらっしゃらなくて」
ルビィィィィィ!
異国の王女が突然ただの伯爵令嬢に対して僕宣言はやめて。影武者なのは分かるけど、本当に心臓に悪い。いや影武者でも駄目でしょ。
「ヨウキ様にもご尽力いただき感謝しますわ。ただし、ロディーナ様と一番仲がいいとなりますと、幼馴染であるこのわたくしかと。大変申し訳ございません」
「いや、なんの謝罪? なんでそこでマウントとろうとしてくるの?」
「女の闘いですわ」
「ウケてタツ」
「冗談でもやめて下さい」
犬狼族の力が人族とは比べ物にならないぐらい強いことは、ここに来るまでによく分かった。
そんな会話をしていると、何人もの足音が聞こえ扉が開いた。
「シルフィーネ嬢、大丈夫か?」
扉の向こうからはオリバー先輩とエドワード先輩、それからアルフレッド先輩にミケーレ、そして弟までやってきた。
なんかすごいメンバーだな。
フィーネを助ける為だったとはいえ、異国の王族+、四大公爵家の二人を引っ張ってきたのだ。改めてみるとすごい以外の言葉がない。
そんな中、エドワード先輩がオリバー先輩の背中を押した。
「えっ?」
「ほら。一番死にそうな顔をしてたんだから、ちゃんと無事を確認しとけって」
「あ、ああ」
オリバー先輩は一人部屋の中に進むとフィーネの前に来た。私は道を開けるように横に退く。
「シルフィーネ嬢、怪我などはないだろうか? 薬で気分が悪いとか、何か体の不調は?」
オリバー先輩がたずねた瞬間、フィーネはプッと噴き出して、くすくすと笑った。
「ごめんなさい。大丈夫ですわ。見ての通り怪我もございませんし、むしろよく寝たせいで体調がいいぐらいです。笑ってしまってごめんなさい。ロディーナ様と同じことを言っているからつい」
おおっと。
まさかの二番煎じにしてしまった事実に、私は顔を引きつらせた。周りからの視線が痛い。なんか、その……すみません。
「オリバー先輩って、ロディーナ様と同じで、わたくしのこと好きですよね」
さらっと言った言葉にオリバー先輩が固まる。
耳が赤いところを見ると、事実なのだろう。まあ、フィーネを好きにならない奴なんていないとは思うけれど、想像以上だ。
もしかして今回連れ去られたことで自覚したという話だろうか?
これまでフィーネを嫌っていないのは間違いないが、そんなに強い恋愛感情があるようには見えなかった。
「いや。その……好きだ。でも、俺は今回、君を危険にさらした。俺の親類が君に睡眠作用のある頭痛薬を渡したんだ」
「例え処方したのが親類の方だとしても、それはオリバー先輩とは関係ありませんわよね?」
責任感が強く、自罰的なオリバー先輩は苦しそうに告白するが、フィーネは首を傾げた。
事実、あの激怒した先輩を見る限り、今回の事件に先輩は関わっていないだろう。
「違うんだ。……これは元々、俺の領地がしてきたことの結果なんだ。聞いてくれないか? どれだけデメテル家が罪深い領地で、俺が君に告白する資格などない男だということを」
オリバー先輩は思いつめた顔でフィーネを見ていた。




