恩返し
ヨウキ様というかルビィにすごい速さで運ばれた私は、到着する頃には少し酔ったように足元がふわふわした。それでもせっかく急いでくれたのだから倒れている場合ではない。だから気合で立つ。
でも人って屋根の上とか、塀の上を走り抜けられるんだ……。
知りたくなかった新しい発見である。ちゃんとした道を案内しようとしたが、高い場所に最初に跳んだ彼女にどの建物か聞かれ、それを伝えれば直線ルートを進まれてしまった。
犬狼族、恐ろしい。
「あ、ありがとうございます」
「ん。ドウイタシマシテ」
驚きはしたが早く着いた分、フィーネが早く見つけられる可能性を思えば、ありがたいことだ。私がお礼を言うと、ルビィは頬を赤く染めテレテレとした顔をする。
私が孤児院の呼び出しベルを鳴らせば職員が出てきた。うしろのほうで子供たちが覗き見て、「ロディーナさまだ」「えー、なんで?」「ほんとうに?」と騒いでいる声が聞こえる。
今日はたずねる予定の日ではないので、びっくりさせてしまったようだ。
「突然の訪問申し訳ございません。どうしても力を貸していただきたいことがありお願いに来ました」
「すぐに院長を呼んできますわ」
「あの。院長だけでなく、子供達も職員の皆さまもいっしょにお話を聞いてください。急ぎで、どうしても助けていただきたいんです」
私が頭を下げれば、すごく困った顔をされた。
それはそうだ。貴族令嬢に突然頭を下げられたら戸惑うに決まっている。
「頭を下げないでください。ロディーナ様に助けを求められて断るような恥知らず、ここにはいませんわ。すぐに全員集めてきますから」
私は促されるまま、ルビィを連れて建物の中に入る。
いつもの談話室に行けば、小さな子たちが、わっと集まってきた。
「ごきげんよう、ロディーナさま!」
「ロディーナさま!」
「ごきげんよう!」
すでに大きな子たちは仕事に出かけてしまっているので、ここにいるのは幼い子ばかりだ。ルビィにも興味深々シンで近寄ってしまうが、彼女も幼すぎる子供を前に、邪険にすることもなかった。
「ロディーナサマ、スキとはミドコロありマス!」
「ほほほほ」
いや、邪険どころか、意気投合しているのはどうだろう……。
キラキラした目で、私が好きと叫ばれ、恥ずかしさで顔がほてる。
「ロディーナ様、遅くなり申し訳ございません。今日出勤している者は、すべて集めました。どういったご用件だったでしょうか?」
しばらくすれば、たくさんの大人が談話室の中に入ってきた。
そして院長が代表して話しかけてきた。私はスッと背筋を正して院長である初老の男性と向き合った。
「実はシルフィーネ様がわたくしと間違えて誘拐されました」
誘拐という言葉に、ざわつく。特にフィーネは、個々の孤児院で育った者だ。顔を知っている人も多いだろう。
「シルフィーネ様は、コントラバスという大きなバイオリンのようなもののケースの中に閉じ込められ連れさられていると思います。その時運び出す手段として、商家の馬車を使ったようで、かく乱するためいくつもの商家にコントラバスのケースを運ばせたようなのです。もしもシルフィーネが花人ではないと知れたら最悪の事態も考えられます。だから探しだす為にお力をお貸しください」
私は深く深く頭を下げた。
これまでこんなに頭を下げたことはなかった。平民のまねごとをしている時ならば多少は下げるけれど、それでもこんなに深くはない。貴族は普通平民に頭など下げないからだ。いつかは平民になると思っても、平民の恰好をしてまねごとをしても、まだ私の心は貴族だった。
でもそんなもの捨ててしまっていい。
「探す時にもめそうになるならば、メルクリウス家の名を出してもらってかまいません。そしてお金が必要ならば、わたくしが用意します。他にも頭を下げた方がいいならいくらだって下げます。だから――」
平民の中には元貴族も大勢いる。だから貴族が頭を下げると喜ぶ者がいるのも知っている。
私のプライドだけでフィーネが助かるなるのならば、どれだけでも下げる。
わたしが出せるものは全部出す。
だから――。
「頭をお上げください。ロディーナ様がそのようなことをしてはなりません」
院長に言われ、私はそっと頭を上げた。彼は困ったように苦笑いしていた。
周りの職員たちも困った顔をしているし、子供達もどうしようと大人をチラチラ見ていた。どうしても断られるわけにはいかなかったとはいえ、突然の奇行で驚かせてしまったらしい。
彼らは貴族が頭を下げることに優越感を感じる人種ではないようだ。
「……困らせてしまい、申し訳ございません」
「はい。困ります。私達は、ロディーナ様のお力になる以外の答えなど持っておりませんから。だから頭など下げず、堂々と命じてくださればいいのです」
「はい……はい?」
堂々と命じる?
「ロディーナ様にはこれまでどれだけ助けていただいたでしょう。お金だけではなく、貴方様自身に。皆が、ずっと恩返ししたくてうずうずしていたのです。このような機会をいただけて光栄以外の言葉はございません。外に働きに出ている子たちにも声をかけましょう。きっと誰も拒否などしません」
あっさりと願いが叶ってしまって、逆に戸惑う。
えっ。いや。すべての力を使って説得しようと思ったけれど、いや、え?
「あの。えっと。連れ去りは学園で起こったので、どこかの貴族が関わっているはずで、その」
きっと商家として取引がある貴族だった場合、それを裏切る行為だ。私に肩入れすると困る人もいるだろう。
「だから何でしょう。困った時に助けてくださった方を見捨てれば、その行いは必ず自分に返ってきます。また逆に困った時に助けてくださった方にはまたそれがめぐるものなのですよ。ロディーナ様は安心して、ただ命じてくださればよろしいのです。さあ、ロディーナ様に恩返しをする時が来ましたよ。手分けして、コントラバスに閉じ込められたシルフィーネ様を探し出すんです」
「「「はい」」」
小さな子供は出て行くと逆に危ないので、それを見守るのを院長がかって出て、他の職員は手分けして知り合いの商人や仕事に出かけた孤児たちに伝えに走る。
あっという間に話が進んでしまった為、逆に私が付いていけていない。
「やはりロディーナサマは、スバラシイ。ジンシンショウアクジュツもカンペキ」
ジンシンショウアクジュツは人心掌握術といいたいのだろう。
難しい言葉をよく知っているなと思うと同時に、人聞き悪くないか? と思わなくもない。私は意図して人を思うままに操ろうなんて考えていない。
ただ若干下心があり、自分が平民になった後も穏やかに暮らせるように仲良くしておこう程度の気持ちがあっただけだ。悪意を向けられて、平民になった瞬間連れ去られてはたまらない。
「ロディーナさまはすごいんだよ」
「あたまいいんだよ」
「いろいろおしえてくれるし、おいしものくれるよ」
「ナルホド。どんなコトをナさったのかオシえてクダサイ」
子供たちが私について話すのをルビィが感心したように聞き、逆にルビィが敬語になってしまっている。いや、待った。
「ま、待って。彼女は、異国の王女様ですから、丁重に扱って下さい」
「王女様?」
院長がひゅっと息を飲んだ。
あまりの驚きで倒れてしまいそうになり、私は慌てて支える。普通はそうだよね。突然王族が現れたらびっくりするよね。
「ここでは、シタマチのルビィだ。キにしない」
「してください」
堂々と本名を名乗っているけれど、本当にやめて。余計な混乱を生むから。
そんな風にして孤児院で、待っていた時だ。
ダダダダっと足音が聞こえたかと思うと、孤児の一人が笑顔で中に飛び込んできた。
「ロディーナ様! 見つかった! フィーネ姉ちゃん無事だよ‼」
私はその言葉を聞いた瞬間、足から力が抜けて座り込んだ。
よかった……。
ホッとしたためか、目から涙が零れ落ちた。




