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砂糖菓子娘  作者: 黒湖クロコ
本編
56/75

すべての力を使って

 フィーネが外に連れ出されてしまっている可能性を私が言ったことで、その場にいる全員が考え込んだ。

 でもこの学校内で隠し続けても先がないならば、外に連れ出すはずで、その方法は突発的に行われたわけでない限り犯人も考えているはずなのだ。

「わたくし、警備の方にお話を伺ってきますわ」

 荷物検査をしている場所に行けば、この間に楽器が運び出されたかどうかも分かると思うのだ。そうすれば、フィーネがいる場所の特定につながるかもしれない。


「教室を調べるのは教師にまかせて、こちらはその線であたってみよう。エドワードとオリバーは終わってから合流してくれ。ヨウキ様は……」

「ワレはデない。だいじょうぶ」

 えっ? 本当に大丈夫なの?

 不安に思い弟を見れば、弟は困ったような顔で笑った。

「ヨウキ様は言葉が上手く伝わらない、習慣が違う風を装って、よく授業をさぼったりしてみえるから、今回もいなければいないで気にしないと思うよ」

 そうか。初めから自由人を貫いていると、自由にふるまってもおかしく見えないのね……。

 いや、待って。それは影武者としてどうなの?

 彼女は一応王族としているのに、大丈夫なのだろうか?


「ヨウキサマ、こまらせて、アイテのでかたミろ、イッタ」

「ああ。母国でこちらの出方を確認するように言われているのですね」

 それをぶっちゃけるのもどうかと思うけれど、その前に、ヨウキ様が言ったとかヒヤッとする発言はしないでほしい。言葉が不自由だからという前提があるから見逃されてきたのだろうけど、彼女、これまでも相当危うい言葉を言っていそうで怖い。

「まあ、ヨウキ様がいいというのなら……」

 アルフレッド先輩もあまりに堂々と言われて苦笑いしている。


「なら、シルフィーネ嬢のことをよろしく頼む」

「はい」

 エドワード先輩が仕方がないと私に声をかけてきたので、私は強く頷く。

 フィーネはエドワード先輩の想い人であろうと、私の親友なのに変わりはないのだ。絶対助け出してみせる。

「でもロディーナ嬢も安全を第一に。いいね? 俺は君を犠牲にしてシルフィーネ嬢を助け出したいとは思わない」

「あー……」

「当り前さ。そんな事僕が許さないよ」

 もしも自分とフィーネが天秤にかけられた時どうするだろうと考えて返事が遅れてしまった為、さっとミケーレが答えた。

 フィーネもきっと私を犠牲にすることは望まないのは理解している。だからできるだけ私は自分の安全も確保していかないといけない。


 エドワード先輩達と別れ、私はアルフレッド先輩、ミケーレ、ヨウキ様、それに弟と一緒に門に向かう。やはり私が一番遅い為、全員が私に足を合わせる形となった。申し訳ない。

 少し走るような速さで門まで行けば、門につく頃には、私の息はきれてしまっていた。逆にヨウキ様は同じ女性で年下なのに余裕そうだ。犬狼族は、運動能力が高いのだろう。元々この国でも奴隷に堕とされた犬狼族は、肉体労働を強いられていたと聞いている。


「探し物をしているのだが、今日すでに楽器を外に運び出した者はいるか?」

 アルフレッド先輩が代表で門のところを護衛している人に声をかけた。まだフィーネがいなくなったという連絡は届いていないはずなので、混乱を引き起こさないために、楽器を探しているのを装ったようだ。

「ああ。沢山通っていますよ。安全を考慮して自分で管理しなければいけないので終わったら持ち帰るようにしているとか。大きなものは商家を使って運ばせているようですね」

「大きなものというと?」

「バイオリンの大きいサイズのものでして……名前は何といったかな。そんな荷物が何台かの商家の馬車で通過してまして。あんなに大きな楽器も貴族の皆さまは使われるのですね」

 通ってしまっている。

 そのことにドキリとすると同時に、何台かという言葉に血の気が引く。


「い、一台の馬車がということではありませんの?」

「いいえ。何台かそういった楽器を運んでいましたけれど。お探しのものはもしやその楽器でしたか?」

「ええ……」

 やられた。

 何台かということは、おとりも使ってかく乱をしているのだ。音楽祭でそんなにたくさんのコントラバスが使われるとは思えないけれど、音楽祭に出席していない警備をしている側は知らないだろう。しかも何台か当たり前のように大きなコントラバスを運んでいれば、そういうものだと思ってしまうはずだ。


「そんなに沢山仲間が?」

「……いいえ。商家は知らずに運び屋にされているのかもしれないわ」

 こっそりと囁いてきた弟に私は首を横に振った。

 ただ楽器を運んでほしいとお金を積まれて請け負っただけで、すべてがすべて仲間だとは思えない。

 もしかしたら発覚した時に、商家に罪を擦り付けるために使った可能性さえある。

「どこへ向かったかは分かるか?」

「いえ。流石にそこまでは分かりません」

 彼らの仕事は、不審な物の持ち込みと持ち出しがないかの確認だけなのだ。多分特に厳重にしているのは持ち込みで、持ち出しはよっぽど不審なものでなければ流しているだろう。

 なぜならば、守るべき貴人はこの学園の中にいて、外に何かが出て行く分には安全が阻害されることはないためだ。


 どうしよう。フィーネが外に連れ出されてしまった可能性がますます高くなった。でも学園の教師だけでは王都中を探す人力が足りない。

 ここで騒いで、王族に直談判したところで、本当にフィーネを見つけてくれるだろうか? それどころか、フィーネを余計に危険にさらす可能性は?

 どうしてあの時私はフィーネに付いて行かなかったのだろう。

 もしも付いて行ったら、攫われたのはフィーネではなく私だったはずだ。


「姉上……」

 弟が心配そうな顔で私を見た。

 そうだ。私が攫われたらそれで悲しむ人もいる。フィーネもそんなことは望んでいないし、むしろ逆に私を助けようとして無茶をしてもっと大変なことになってしまった可能性もある。

 今、私が自由であることは悪いことではないのだ。

 なぜならば、まだ私はフィーネを探しに行ける。


「ごめんなさい。大丈夫。まだあきらめないわ」

 フィーネを乗せた馬車はどれか分からない。そしてどこへ向かったかも分からない。

 分かるのは、コントラバスを乗せた馬車は商家のものということだけ。

「困りましたね。商家とつながりが強い方が一声かけて下さればもしかしたら見つかるかもしれませんが……」

 貴族はそれぞれに商家とやり取りをしている。その為お得意様というものはあるだろう。でも繋がりがあるのはお得意様だけなので、それ以外となると中々に協力を得にくい。

 店同士にも繋がりはあり、それをまとめる会長などがあるという話は聞くけれど……そうだ。私はそういった話をよく耳にしていた。


「わたくし、商家の人に協力を得るための伝手があるかもしれません」

「伝手?」

 といっても私が持っているカードは、孤児院の子供。つまり雇われている立場に過ぎない。

 発言力などないに等しいだろう。でも彼らは知り合いを多く持っている。だから無力な彼らにメルクリウス家からの要望であるというカードを持たせ、見つけたり有力な情報をくれたあかつきには、金一封を出すとすれば、見つけることができるかもしれない。

 貴族の情報は貴族の中にあるけれど、平民たちの情報は平民たちが一番よく知っている。


「わたくし、そこに助けを求めに行ってきます」

 将来私も彼らと同じ平民となる。だからあまり命令などはしたくはなくて、一度もそんなことはしてこなかった。でも今貴族としての力を使わなくて、いつ使うというのだ。

 まだ帰る時間ではないので我が家の馬車は学園には停まっていない。どの方法が一番早く行けるだろうと考え走りだそうとしたところで、ヨウキ様に手を取られた。

「ソレ、ドコ?」

「えっと。下町にある孤児院なのですが、まずはそこまで行くための馬車を借りようかと……」

 走っていくには遠すぎて、たぶん馬車を手配して動いた方が早いと思う。私の足は悲しいことに鈍足だし、体力もそこまである方ではない。

「セナカのる」

「へ?」

「ハヤク!」

 おんぶをする体制になったヨウキ様が強い口調で叱咤した。

 私は訳も分からないまま、彼女の肩に手を乗せた瞬間、ぐっと持ち上げられる。


「ミチアンナイ、オネガイしマス」

 次の瞬間、すごい速度でヨウキ様が走り出した。

 私は突然自分自身にかかる衝撃に悲鳴を上げながら、ヨウキ様にしがみつく。えっ? 何? 早すぎる。

 ぴょんぴょんと跳ねるように走るヨウキ様は、私を担いでいるのに、私よりずっと早い。びっくりした見張りの人が止めようと動くが、それをジャンプでさらりと避けて走っていく。

 犬狼族、すごすぎる。

 種族の差を感じながら、私は一瞬で学園から抜け出すことになった。

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