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砂糖菓子娘  作者: 黒湖クロコ
本編
54/75

薬を扱うものとしての誇り

「まだ誰かに攫われたと決まったわけじゃない。手分けして探そう」

 最悪の想像をしてしまい無言になったところで、エドワード先輩がてきぱきと二手に分けた。

 私はエドワード先輩とミケーレのチーム。もう一方はアルフレッド先輩とオリバー先輩とヨウキ様と弟だ。どういう分け方だと考えたけれど、ミケーレと私はあえて一緒にされたのだろう。もしも花人が狙われているならば、いつも通りミケーレと一緒に行動しておいた方が安全だ。

 弟はヨウキ様の正体を知っているから一緒になったのだろうか?


「俺たちが池の方を調べるから、アルフレッドは救護室を頼む。もしかしたらそこで休んでいるだけかもしれないからな」

 ただ私が先走っただけで、救護室で眠っていてくれるならば、本当にそれがいい。迷惑をかけてしまったことを頭を下げるだけなら何度だって下げる。

「じゃあ池まで行こう」

 エドワード先輩に促され、私達は小走りで池へ向かう。一番足が遅い私に合わせて走らせてしまっているのが申し訳ない。


 中等部の庭にある池は人気がなく静かだった。

 湖面がいつも以上ににごっている様子もなく、太陽の光をキラキラと反射させている。

「そ、そこまで深くないはずですし、溺れたなんてことないですよね?」

 実際に測ったことはないけれど、一番深くても私の胸かもう少し下だと思う。まさか沈んでいるなんてことはないはずだ。

 そう思うのに声がふるえる。

「待ってて。蟲で調べるから」

 そう言うとミケーレの指先から蟲が飛び立ち、蟲はためらうことなく池の中に入った。


「どうやってわかるんだい?」

「こちらからフェロモンで指示を出すように蟲もフェロモンで返信しているんだ。まあ、人がいる、いない程度の簡易なやり取りしかできないけれど」

 その使い方はフェロモンの受容器がなければできないものだ。

 私が蟲と意思疎通ができず、フェロモンを追いかけさせることしかできないのはそのためだった。


「ある程度探したけれど、人ぐらいの大きな影はないようだから誰かが沈んでいるということはないよ」

 大丈夫だとは思ったけれど、ミケーレからのお墨付きが貰えて、私は深く息を吐いた。もしもがあったらどうしようと思っていたのだ。よかった。

「なら救護室の方へ向かおう」

 ここにフィーネがいないならば用はない。

 エドワード先輩の言葉に一も二もなく私は頷く。そちらにはすでにアルフレッド先輩方が向かっているけれど、もしもそこにいなかった時、次の手を考えなければいけないから早めに合流することはいいことだ。


「人はそれなりの大きさがある。この学園から外に連れ出すのは難しいはずだ。今日は特に厳戒態勢を敷いているから、人が入るような大きな荷袋が通れば中を確認されるはずだし」

 異国からの貴人が来るにあたり、生徒会は何度も安全面での話し合いをしていた。だから不審な動きがあれば、必ず止められるようになっていて、連れ去りなどは起こらないようにしているのだ。

 でももしも本当に花人を捕まえて連れ去ろうとしているのならば、何か抜け道を用意しているのではないだろうか?

 

 どういう方法ならば警戒されずに外に連れ出せるだろう。

 そんなことを考えながら救護室に近づけば、何やらもめているような声が聞こえた。エドワード先輩が少しスピードを上げて、一歩先を進み扉を開ける。

「失礼します」

 エドワード先輩が扉を開ければ、いつも温厚なオリバー先輩が、白衣を着た男性の襟首をつかんでいる姿が見えた。

 えっ? 何しているの?


「アルフレッド、どういう状況だ?」

「あー。どうやらシルフィーネ嬢は、頭痛を感じていたらしく救護室に来たみたいなんだ。で、そこの薬剤師がシルフィーネ嬢へ頭痛薬を処方したらしい。それをきいたらこうなった」

「頭痛薬を渡しただけなら、オリーが襟首をつかむなんて野蛮なことをしないだろ」

 その通りだ。

 むしろ薬をくれるなんて、とても親切だと思う。ならば何か怒らせるような発言をしたのかと思うが、アルフレッド先輩も困惑している様子からして、何か失礼なことを言われたという線も薄い気がする。

「私は、頭痛薬を渡しただけだと言っているだろ。調べてもらったらわかる。持ち込んだ薬に毒薬なんてない! 看護師にも聞いてくれ!」

「は、はい。先ほど言われた薬をわたくしはお渡ししましたわ。今日は高貴な方が集まっておりますので、薬は王宮から持ち込み、厳重に管理しております。そしてこちらにどれだけ使ったかも書き残しております」

 看護師は薬の名が書かれたところに使った分量を書いた紙を見せた。最初にどれだけあったのかもちゃんと書かれており、一目でおかしな使われ方をしていと分かるようになっている。

 私には何も問題がないように思えた。


「シルフィーネ嬢の頭痛は寝不足から来るものだ。昨日会った時も、彼女は目の下に隈ができていた」

 その通りだ。シルフィーネは化粧で誤魔化してはいたが、今日も隈ができていた。それをオリバー先輩はどこかで知っていたのだろう。

「だからなんだ。頭痛薬は対処療法だ。寝不足ならば、余計に解決する薬なんてない」

「その通りだ。でもこの頭痛薬は強い睡眠作用のあるものだ。寝不足と疲れで頭痛を起こしている彼女が、こんなものを飲んだら思わない場所で眠ってしまうだろ? これが王宮の薬剤師のすることか?」

 オリバー先輩はギリッと歯を食いしばる。これまで見たことがないぐらいの憎悪がその目に宿っていた。

「ひっ。きょ、今日はこの薬を持って行くよう指示があったんだ。頭痛薬はこれしかないんだ」

「なら、渡さなければよかった。温かいタオルを渡すだけでも少しはマシになっただろうし、ベッドで眠らせてやればよかったんだ。確かにこれも頭痛薬には違いないけれど、今の彼女に渡すべき薬ではなかったはずだ。一体、誰の指示でこの薬にしたんだ」

 オリバー先輩はさらに相手の襟首を締め上げる。

 普段から土いじりをしているためか、思ったよりも力が強いらしく、男の顔が土気色になってきた。止めなければ。

 そう思ったところで、エドワード先輩がオリバー先輩の手を握った。


「気を失わせてしまったら、話が聴けない。腹が立つのは分かるが、落ち着け」

 エドワード先輩に言われ、オリバー先輩は手を離した。その瞬間男は崩れるように座りこみ、ゲホゲホと咳をする。

「まずはシルフィーネ嬢が問題の薬を飲んだかどうかだな。そして飲んだ後、彼女がどうしたかだ。君は知っているかい?」

 アルフレッド先輩に話を振られた看護師が、青白い顔で頷いた。

「か、彼の指示で、こちらで飲まれて、大広場に戻ると言って出ていきました。み、水はここに準備してあるものを使いました。間違いありません」

 薬剤師が指示を出したため、彼女は信頼して飲ませたのだろう。看護師の仕事は、飲むときに補助したりすることで薬剤を考えることではない。

 それでもこちらの雰囲気からまずいことをしたのではないかと思ったらしい看護師は、震えながら薬剤師の指示だったと話す。薬剤師は顔色を悪くしたまま目線を下に向けていた。


「もう一度聞くよ。この薬を飲ませたのは君一人の判断なのか?」

 エドワード先輩の言葉に、薬剤師の男はきょろきょろと視線をさまよわせた。言った方が得か、言わない方が得かを測っているようだ。しかし、ガンとエドワード先輩が椅子を蹴り上げ倒せば、彼は悲鳴を上げ、重い口を開いた。

「……異種族の特徴を持つ人が来たら、迷わずこの薬を渡せと上司に……」

「異種族の特徴?」

「花人なら、飲ませろ。それ以外なら渡すようにと……。私は花人を知らないから、頭に花があれば、飲ませておけば間違いないと思って……」

 黒だ。

 黒でなければ、花人なら飲ませろなんてめちゃくちゃな指示は出ない。私は目を伏せた。


「オリバー先輩。この薬を飲むとどうなるのですか?」

「眠気が起こり、すぐに倒れることはなくても体はふらつくはずだ。……攫うなら、きっとやりやすかったと思う」

 普通に飲んでもふらつくならば、寝不足で体調が悪いフィーネにはどれほど効いただろう……。

「……なんでっ。なんで、こんなことに使うんだっ!」

「仕方がないだろう? やらなければ、私は左遷される」

「左遷されろ。薬を扱うことに誇りを持っているなら!」

 オリバー先輩は悔しくてたまらないと言った様子で怒鳴った後、私達の方を振り向いた。そして深々と頭を下げた。

「彼は俺の親戚筋の者です。本当に申し訳ありません。必ずこの罪は償うし、彼にも必ず償わせます。だから、どうか今はシルフィーネ嬢を探すのに力を貸してください」

 彼は頭を下げたまま、絞り出すような声で懇願した。

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