フェロモン
発表が終わり、扉が開かれたタイミングで、エドワード先輩と私は別れて声をかけに行った。
といっても、王族関係は生徒会からの方がスムーズなので、ミケーレとヨウキ様はエドワード先輩だし、アルフレッド先輩にもエドワード先輩から話しかけてもらうことになった。私は弟とオリバー先輩だ。
弟はすぐに見つかり、少し外に出て話さないかと誘えば、簡単に了承した。多分私がわざわざ話しかけてくるということは、何か問題が起こっていると察してくれたのだろう。
外で会う約束をして、今度はオリバー先輩のところへと移動する。
「ごきげんよう、オリバー先輩。生徒会のことで、ご相談したいことがございますの。少し時間をいただけませんか?」
「生徒会? ああ。部活の件かな? 分かったよ。外の方がいい?」
「はい。外で皆さまお待ちですわ」
フィーネは生徒会役員なので、生徒会のことというのは嘘ではない。
周りの生徒も私が話しかけたことには不思議そうな顔をしていたが、それでも生徒会という言葉で、最近オリバー先輩がエドワード先輩と色々打ち合わせをしている姿を見ていたからか不審な顔はしなかった。
オリバー先輩と連れ立って外へと出て、弟とまずは合流する。
「生徒会の事ってなんのことだい? 部活の件ではなさそうだよね?」
私の弟の姿を見て、それではないと瞬時に悟ったようだ。これまで弟がお茶の話し合いに出て来たことはないし、弟は生徒会の役員というわけでもない。
「もうすぐエドワード先輩とアルフレッド先輩がいらっしゃるので、その時にお話しますわ」
アルフレッド先輩は確実に来るだろうが、ミケーレ達が席を外せるかは微妙だ。しかし私達が合流してすぐにヨウキ様が出てきて、ニコリと微笑まれこちらに向かってきた。
「オサソイ、アリガトウ」
「えっ?」
王族が誘われたと言って私に話しかけてきたことで、オリバー先輩が思わずといった声を上げる。まあ、気持ちはわかる。
常に私と一緒にいるミケーレならまだしも、なんで接点のない犬狼族の姫が? となるだろう。ただ、その後オリバー先輩は思案顔になった後、賢く黙ることにしたようだ。彼女は中等部なので、弟関係かと思われたのかもしれない。
「こちらこそ、突然のお呼びだし、申し訳ございません。どうしてもお力をお借りしたく、お願いをしました」
「チカラにナれる、ウレしいデス」
ヨウキ様は私の手を取ると、おでこにその手を持って行く。……これ、大丈夫な挨拶だよね?
ヨウキ様の正体を知る身としては、よく分からない動きはハラハラしてしまう。早めに、犬狼族の習慣を調べた方がよさそうだ。
「遅くなってごめん」
その後扉が閉じられるぎりぎりで、ミケーレとアルフレッド先輩、そしてエドワード先輩がそろって出て来た。
……逆にさっさと出て来たヨウキ様、本当に大丈夫だよね?
不安でならないが、大丈夫だと信じよう。
「集まってもらって、申し訳ない。理由は、ロディーナ嬢、お願いできるかな?」
「はい」
蟲などの花人特有の能力の件もある為、エドワード先輩は説明を私に投げだ。元々私がエドワード先輩に相談したことなのだから、その方がありがたい。
「実はわたくしの友人であり、生徒会役員であるシルフィーネ様が、最初の発表が終わってから姿が見えなくなってしまったのです。化粧直しに行くと言い、発表後席を立ちましたが戻って来られず、アルフレッド先輩のクラスの発表が終ってからわたくしは探しに行きました。しかしトイレにはいらっしゃらず、そこで蟲を使って場所を特定しようとしたのですが、飛ぶはずの蟲が飛ばなかったのです」
「蟲?」
アルフレッド先輩は聞き慣れない単語だったため、眉間に少し皺を寄せてたずね返してきた。
「花人は、生れた時から蟲を飼っており、フェロモンでそれを操るのですわ。今回はシルフィーネ様に付けたフェロモンを蟲にたどらせようとしたのですけれど……」
「はあ? そんなことしてるの?」
アルフレッド先輩や蟲のことを知らない相手に説明をしているつもりが、何故かミケーレの方が驚いたような顔で叫んだ。
えっ? 何で?
「……えっ? してますけど……」
「うわぁ……。いや、うん。そうか。この国には花人がいないから、誰も指摘しないのか……。ロディー。いいかい。それ、花人の国じゃ、やったら駄目だから」
「えっ?」
やったら駄目?
ミケーレの言葉に目を瞬かせた。
「えっ。この方法を教えてくれたのは、ミケーレ様ではないですか」
というかこの使い方以外がからっきしだったとも言えるけれど、でも教えてくれたのはミケーレで、いまさら駄目というのが意味分からない。
「フェロモンをつけるという行為は、これは自分のものだから手を出すなっていう行動なんだ。だから普通は大切な物につける。対人の場合は、恋人にだね。でも恋人相手でも、奪いたかったらその喧嘩買うぞと周りを威嚇する目的で、相当執着心が強いという現れなんだ。そして物の場合は、フェロモンが付いていれば盗まれても蟲が追えるから、そういう意味でこのやり方を教えたんだよ。ロディーは常に一緒にいる上に、フェロモンのコントロールが未熟だから彼女にロディーのフェロモンがうつってしまっているのかと思ったけれど、まさかわざとつけてるとか……」
えっ。つまり、あの行動は周りから、フィーネは私のものだぞコラと牽制をしているような?
うわぁぁぁぁ。えっ。もしかして今日来ている花人にそう思われていたりする?
「ち、違います。恋人じゃないです。親友です。でもって、執着心は……えっ。ど、どうだろ。いや、でもフィーネがわたくしのものだなんて思っていませんから」
フィーネのためなら色々できてしまう自分がいるので、執着心云々は微妙なラインだ。でも自分のものだなんて全く思っていないし、ましてや恋心はない。全くない。
なのにそんな関係かと邪推されるようなことをしていたなんて、恥ずかしすぎて、穴に埋まりたい。
「取り乱したくなるのは分かるけれど、少し落ち着こう。それで、シルフィーネ嬢にフェロモンを付けたはずなのに見つけられないということでいいかな?」
「……はい。そうです」
脱線してしまった話を、見かねたオリバー先輩が元に戻してくれた。
ううう。フィーネの好きな人はオリバー先輩だ。オリバー先輩がフェロモンを感じられない人族で本当によかった。フィーネとエドワード先輩をくっつけようとしている身ではあるけれど、流石に私がフィーネに横恋慕していてそんな私とフィーネは仲が良いという勘違いが起きたら、今でも混線しているのに訳が分からない状態になってしまう。
「蟲についてはよく分からないが、そのフェロモンは簡単にはとれないのかい?」
「はい。わたくしは、水浴びをしたり、服の洗濯をしなければとれないとミケーレ様から聞いておりますが……」
「普通はそうだね。ただ蟲の追跡が効かないのは、もしかしたらフェロモンを遮断するもので覆われているからかもしれない」
「遮断するものですか?」
そんなものがあるの?
「以前ロディーにはフェロモンコントロールがうまく行かない人用の帽子があることを前に話しただろう? それはその特殊素材を花に被せるという方法で遮断するんだ。でも体の他の部位は外に出ているから完璧な遮断は難しいという話だったんだ。でもその素材で覆いつくせば、完璧に遮断できる。僕たち花人は、この方法でこれまで人攫いにあったりしてきたんだ。僕らは危険が迫ると、助けを呼ぶフェロモンを出す。これが出れば、周りは助けるために動こうとする。だからこの助けを呼ぶフェロモンが他者に気が付かれないようにして連れ去るんだ」
昔から霊薬のために連れ去られることがあった花人だからこそ、フェロモンを遮断するものがあることを知り、警戒しているのだろう。
「なら、シルフィーネ様はそんなものに覆われた場所にいるということですか?」
どう考えても普通の状態ではない。
つまり連れ攫われている可能性が高い。
「もちろん、水浴びや服が濡れて落ちてしまった可能性がないわけじゃない。そもそも、人族のシルフィーネ嬢のフェロモンを遮断しようとするのが変なんだ」
「それはわたくしがフェロモンをつけていたから……」
「それはないと思う。だって、普通はそんなことになっているなんて誰も思わないよ。本来フェロモンをつけるのは恋人に対してで、シルフィーネ嬢には恋仲を疑われるほど仲がいい異性の花人はいないのだから」
私がよく分かっていなかっただけで、普通はそんなものついているはずがない。
なら何故フィーネにつけたフェロモンはたどれなくなってしまったのか。
「シルフィーネサマ、ロディーナサマとイッショのヒト?」
一緒の人? 一緒にいた人ということだろうか?
そもそもシルフィーネ様を知らないヨウキ様が首を傾げた。
「はい。今日も隣にいた人です。綺麗な金色の髪をした女性です」
「アタマのハナ、オナジ?」
「花? ああ。今日はお揃いで白いライラックを模した髪飾りを……」
そうだ。フィーネは私とお揃いだと言って白色のライラックの花飾りをつけていた。
さっと血の気が引く。
まさか。
「断定はできないけれど、もしかしたら花人と勘違いされたのかもしれないな……」
ミケーレは私の頭によぎった言葉を口にした。




