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砂糖菓子娘  作者: 黒湖クロコ
本編
52/75

行方不明

 音楽が終り、扉が開いたところで、私は席を立った。もしかしたらタイミング悪く入れず、フィーネは入口の所にいるかもしれない。

 そう心を落ち着かせ、何事もない風で外に出る。

 しかし大広間から出た先にもフィーネの姿はなかった。

 

 何故戻って来ないのか。

 別段外も何かが起こって騒々しいと言った様子もないのだ。もしかしたらどこかのトイレにまだいるのかもしれないし、体調を崩して救護室にいる可能性だってある。

 今日のフィーネの顔色はあまりいいものではなかった。無理だと判断し、自ら救護室に行った可能性はある。

 フィーネならば蟲を使って行き先を調べることもできるが、たくさんの人がいる前で、蟲を使うのはよくない。ただでさえ花人の姿の私は浮きやすいのだ。その上で妙な術を使うと思われれば、排除しようという流れが出てきてしまう可能性もある。


 とりあえず可能性の高い場所からと、トイレを当たってみるが、一番近いトイレも、そこから少し離れたトイレにもフィーネの姿はなかった。なので次は救護室だ。

 ここから一番近い救護室が、今日は解放され、王宮から医師と看護師、さらに薬剤師が派遣されていると聞いている。異国からの貴人も見えているので、何かあった時に対処できるようになっているのだ。

 ……薬剤師。

 ふと、オリバー先輩が頭に浮かび、私は足を止めた。

 確か今日来ている薬剤師は、オリバー先輩の親類だったはずだ。オリバー先輩のことは疑っていないが、彼の家が安全であるという確証を私は持っていない。

 一人で向かっても大丈夫か?

 

 ミケーレは学園では常に私と一緒にいるようにして、ずっと警戒していた。だが今日に限っては貴賓席と場所が離れてしまっている。私に対して何か仕掛けるとしたら、今日は絶好のチャンスでもある日なのだ。

 あまり一人で動きすぎると、周りに迷惑をかけるかもしれない。

 すでに音楽は始まっている時間なので、今から中に入ることはできない。なのでまずは人目がある入口に移動した方がいいだろう。

「落ち着きましょう」

 私は自分自身に言い聞かせる。

 誰かを盲目に信じることも、自分の力を過信するのも悪手だ。一つ一つ安全を確保して、調べていくべきだ。

 とりあえず、ここならば人はあまりいないので、蟲を飛ばしても問題ないだろう。

 私は手袋を外し痣の中から蟲を出現させた。

 後はフィーネの方に飛ぶように命じれば飛ぶ。その行く方向を確認すれば救護室の方かどうかぐらいは確認が取れる。その後は忙しいところ申し訳ないが、エドワード先輩を頼ろう。場合によってはエドワード先輩を通してミケーレに声をかけてもらえるようにすればいい。

 たぶんミケーレも何か言い訳をして席を立ってくれるはずだ。

 

 ただの考えすぎかもしれないけれど、私はフィーネが心配だ。ただ寝不足で救護室にいるだけならそれでいい。でもそうでない可能性がわずかでもあるならば、確認したい。

 それにエドワード先輩だって、フィーネの体調が悪ければ心配なはずだし、知らせて間違いはないはずだ。

 私は蟲にフィーネのいる場所へ飛ぶように命じる。しかし蟲が飛び立たなかった。

 そのことに、私はドキッとする。ただ私のやり方が悪いだけかと、何度も何度も蟲に命じるが、蟲は全く動かない。こんなこと初めてだ。

 

 原因は何?

 蟲のことなどほとんど私は分かっていない。私がしているのは蟲に私がフィーネに付けたフェロモンをたどらせるという方法だ。でもこの方法で行き先が分からないというように飛び立たないことなんて初めてだ。

 何か匂いがとれてしまうようなことがあった?

 分からない。私はそれほどこの方法を実験したわけではないのだ。

「落ち着かないと……」

 焦ってもいいことなどない。

 私は深呼吸をした。


 まず匂いをとるならば水浴びをして、服を着替えるという方法だ。でもその場合、服を洗わなければ、蟲は服の方へと動くはずなのだ。

 この短時間で服を洗ったり水浴びなどできるだろうか?

 ……池や川の中に落ちたとか?

 この学園の中にあるのは池のみだ。でも池の中に落ちるなんて普通はあり得ない。しかも匂いが消えるほどだなんて……。池に走ってみるべき?

 いや。今私が一人池に走っていいことなどない。


 まず私がするべきことは、味方になる人に声をかけて、人海戦術をすることだ。

 私は大広間の方へ速足で戻る。できるなら、すぐにでも池や救護室を見に行きたい。でもそれができない。無力な自分にイライラする。

 大広間の前には教師が立っており、その周りにちらほらと中に入り損ねが生徒がいた。

 今日は異国からの貴人が多くいるのだ。あまり騒ぎ立てて、パニックを起こさせてはいけない。混乱が起きれば、警備に穴ができ、人攫いが起こるかもしれない。

「先生、申し訳ございませんが、至急ミケーレ様かエドワード先輩と話をしたいのですが、お取次ぎすることはできないでしょうか?」

 私の言葉に先生は眉間に少し皺を寄せた。

「今は演奏中なので、終わるまで待ちなさい。ミケーレ様は難しいでしょうが、エドワードなら――」

「俺に何かありましたか?」

 先生と話していれば、エドワード先輩の声が聞こえ、私は振り向いた。

 えっ。なんでここに?


「ロディーナ嬢、こちらで話そう」

 私の焦りに気が付いてくれたのかエドワード先輩は、少しだけ人から離れた場所に移動する。

「エドワード先輩、何故外に」

「ミケーレ様と事前に話していたんだ。今日はどうしても距離が離れてしまうから、もしもロディーナ嬢が席を外す時は気にかけてほしいと。ミケーレ様は今日は何か仕掛けられるかもしれないと危惧しているご様子だった」

 いつの間に。

 いや。生徒会ならば王族と話す機会も多いし、そんな話をミケーレとしていてもおかしくはない。でもそれならそれで一言私に言ってもいいのに。

「そんなにむくれないでくれ。伯爵令嬢である君が公爵家や王族から心配されているとなると気に病むと思って、伝えていなかったんだ。それで、どうしたんだ?」

 顔に出したつもりはなかったが、ムッとしたことに気が付かれてしまったようだ。恥ずかしいが、今はそれにかまっている場合ではない。

「実はシルフィーネ様の姿が最初の発表を終えた後から見えなくなっているのです。最初はトイレかと思ったのですが、次の演奏が終わった後も戻って来られませんでした。わたくしはアルフレッド先輩のクラスの演奏が終わった後から探しているのですがトイレにはいらっしゃりませんでした。もしかしたら、今日は顔色が優れないご様子でしたので救護室かと思ったのですが、その前に以前使った蟲で探そうとしたのですが、蟲が飛び立たなくて……」

 蟲については今年の夏に、実際にエドワード先輩も見ている。だからそういうことができることは知っているので、それができない現状が異常なのだと分かってもらえるはずだ。

 その言葉にエドワード先輩は難しい顔をした。


「飛び立たない原因で思い当たることは?」

「蟲はわたくしが付けたフェロモンを追っています。ですから、フェロモンがとれてしまえば追うことができません。しかしフェロモンを落とすなら、水浴びをし、洗濯をする必要あります。しかし学園で、しかも音楽祭をしているこの短時間の間にそのようなことをする状況がわたくしには思い当たりません。もしも池の中に落ちるなどの事故が起こっていたらと思うと……」

 池の中で全身が濡れる状況になるなど、とても恐ろしい理由に行き当たってしまう。何かで汚れ、シャワーを借りて服も洗うしかない状況になったという方がまだましだ。でもシャワーは浴びたとしても洗濯までできると思えないのだ。


「池の方と救護室を別々に調べるべきだね。ロディーナ嬢の弟とオリバー、後はアルフレッドにも声をかけよう。それとミケーレ様とヨウキ様にも協力を願おう」

 ミケーレだけでなくヨウキ様の名前も出てきたことで、エドワード先輩はミケーレから色々聞いているのだと悟る。

 そうでなければ、学年が違う為ほぼ私と接点のない、犬狼族のヨウキ様の名前が出るはずがないのだ。

「焦るのは分かるけれど、もうすぐ演奏が終わる。終わったらすぐに声をかけて、それから動こう」

 私と同じで、ただやみくもに動けばいいのではないとエドワード先輩も考えてくれているようだ。まだ何も安心できる状態ではないけれど、エドワード先輩が味方だと思うだけで、私は少しだけ安心することができた。

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