音楽祭
どういう意味?
私は口づけされた髪を持ち上げ見ながら、ため息をついた。
いや、たぶん分からないように自分自身で目隠ししているだけで、私はその意味を分かっている。でもそれを音にしてしまえば、何もかもが終ってしまう気がして、口にも出せないのだ。
「色々調べて動いているはずなのに、うまく行かないのは何故……」
ため息しか出ない。こんなことがあってはエドワード先輩に対して気まずいと思ったけれど、私はあれ以来、学園でエドワード先輩と会わなかった。
学年も違えば、共通のものもない。しかも今は忙しい。
避けるまでもなく、音楽祭直前の今、彼に会うことはなかった。
ただ恐ろしいのは、エドワード先輩は私の予想とは全く違う方向へ舵切りする人というところだ。どこで何が起こるか分からないと思うと、エドワード先輩のことを考えない日がない。
もちろん恋とは全く違う意味で。
このドキドキは断じてそんな甘い感情ではない。どちらかというと未知なる恐怖を感じるドキドキだ。全く嬉しくない。
何でこんなことに……。
そんな頭を抱える日々が続いて迎えた音楽祭。
流石に音楽祭まで先輩の行動に戦々恐々しているわけにもいかず、私はひとまず考えるのを放棄した。とにかくまずは目の前のことをやらなければ失敗してしまう。
こんな注目された音楽祭で、一人足を引っ張って失敗とか目も当てられない。こんなに忙しいのだ。先輩だってこの日は流石に何もしかけてこないだろう。
「シルフィーネ様、大丈夫ですか?」
クラスの女子だけで集まる中、青白い顔をしているフィーネに私はこっそりたずねた。うっすら隈ができているのを、化粧で誤魔化しているのは近くで見ればすぐわかる。
「今日が終ればゆっくり眠れますから、大丈夫ですわ」
「本当に忙しそうでしたものね」
「不敬だとは思いますが、異国の王族の相手なんて、もう二度としたくないです……」
それは分かる。
言葉も習慣も違う相手に、気を使うのは本当に神経を使う。思いもしないことが相手を不快にしていることだってあるのだ。
私もミケーレだけで十分だ。というか、ミケーレ以外ごめんとも思う。そういうのは、四大公爵家とか、王族が何とかしてほしい。
「そういえば、頭に付けている髪飾りって……」
「入学式で使っていたものですわ。どうですか?」
フィーネの頭には、白色のライラックを模した髪飾りが付いていた。
今日はイベント日なので、普段よりも装飾品を身に着け多少着飾るのも許可されているのだ。ただしドレスは夜間の打ち上げを兼ねた舞踏会でのみで、発表者である今は身分ではなく音楽を見てもらう為、制服を着て行うことになっている。
でも制服姿でもこの髪飾りなら華美になりすぎずよくできていた。問題があるとしたら、入学式と同じ髪飾りをまた使っているという点だけだろう。貴族はこういうイベントではドレスやアクセサリーを新調する者が多い。
「……同じものを使うのはどうだろうと思われていますわね? 確かに貴族のやり方だと、あまりよろしくないのかもしれませんね」
「いえ。そちらの髪飾りはシルフィーネ様にとてもよくお似合いだと思いますわ。白い花がお日様の色をした髪の中で揺れるのはとても美しいと思います」
寂しそうに目を伏せたフィーネを見て、私は慌てて褒める。
実際、よく似合っていると思うのだ。貴族のやり方を無視してしまっても許されるぐらい。そもそもなんでもかんでも新しければいいという考えが間違っていると思う。
「わたくしも、ロディーナ様の花はずっと、ずっと昔から美しいと思っていました。だから貴方の隣に堂々とお揃いで立てる今が誇らしくもあり、とても嬉しいのです。本当は、入学式の時からおそろいを楽しみたかったのですけど……」
「……シルフィーネ様の決意を見誤ってしまい申し訳ございません」
ちょっと拗ねたように唇を軽く尖らせたフィーネに私は苦笑いする。
結局のところ、フィーネに迷惑をかけないよう離れようとしたけれど、彼女と一緒に話せることが私も嬉しいのだ。
「許します。だからもう、わたくしを理由に離れないで下さい。わたくしは簡単には潰されませんから。むしろやられたら、やり返して差し上げます」
やり返すって、過激だなぁ。
でも、孤児院ではやられっぱなしは舐められるので、殴られたら女でも殴り返す喧嘩をしているのをよく見ている。なるほど。うん。そうだった。
フィーネは表面上はもう、完璧な貴族のご令嬢だし、元々見た目は元から貴族のご令嬢といっても過言ではないぐらい可愛かったけれど、中身は殴られたら殴り返せる女の子だ。
「いや、うん。ほどほどでお願いしますね」
貴族のご令嬢が、フィーネの渾身の一発を食らったらとんでもないことになりそうだ。
想像した私は引きつった顔でお願いをしたが、フィーネはにこりと笑っただけだった。フィーネのほどほどがどこまでなのかが恐ろしい。
私のクラスの発表は一番手だ。
最初に開会の言葉を王族からもらい、その後生徒会から注意事項などが入ればすぐ準備になる。
舞踏会で使われる大広間には椅子が用意されており、前列に貴賓が座れるようになっていた。その後ろに高等部の三年から順に座り、私達は二年生の後ろに座っている。その後ろに中等部と続いている。
初等部も発表はあるが、彼らはずっと座り続けるのも大変なので、静かに見るを条件に自由見学となっていた。発表が始まってからの途中入室は厳禁で、基本的に一クラスの出し物が終ったら中の人も入れ替えで、ゆったりとしたペースで進む。
ちなみに一番素晴らしいと選ばれたクラスは、舞踏会で再演奏を行い、王族から直々にお褒めの言葉を賜るのが習わしだ。
ミケーレは今日は貴賓席に座っているが、発表時は一緒に行うということになっている。
緊張しながらも、私は出番になり席から立ち上がると、舞台に向かって歩いた。
沢山人がいる中の一人だから、観客は私だけを見ているわけではないと分かっているけれどドキドキしてしまうのは止められない。
それでもピアノ伴奏とバイオリンの音色に合わせて、アルトパートを歌う。
主旋律を陰から支えるような、より主旋律を際立たせるようなアルトパートが、私は嫌いではない。歌いやすさも相まって、主旋律であるソプラノパートの方が人気ではあるけれど。それでもアルトパートは必要なのだ。
問題なく最後まで歌い終わり、拍手も貰えてほっと息を吐く。
自分達の出し物が終れば、後は休憩だ。のんびり他のクラスの演奏を聴いていればいい。ただ途中退席が認められていないので、トイレに行きたい場合はこのタイミングで外に出て、次の演奏が終わってから入ってこなければいけない。
「化粧直しに行きますけれど、ロディーナ様はどうされますか?」
「わたくしは次の演奏を聴いてからにしますわ」
次は弟のクラスの発表だったので、私はフィーネに断り、着席をした。女子の数名はトイレに行くようで、空席になっている。フィーネは少し悩んだようだが、トイレに行ったようだ。
まあ、弟のクラスの後にアルフレッド先輩のクラスの発表が入っていたはずなので、女子の目当てはそちらだろうし、同じ生徒会員としてフィーネもちゃんと見なければいけないだろう。
というより後でアルフレッド先輩に何故聞かなかったのかと絡まれるのは面倒そうなので、聴いておいて損はないなと思う。
弟のクラスも合唱を選んだようで、緊張した面持ちで弟が必死に歌っている姿を見てクスリと笑う。弟だけではなく中等部1年は皆同じようにガチガチだ。とはいえ、若干伴奏が間違えてしまったけれど、止まらずに歌い切ったので上出来だ。
父たちにも後でどんな様子だったか教えてあげよう。
アルフレッド先輩のクラスはどうやら合唱ではなく、楽器演奏を選択したようで、大型の楽器の設置や椅子の設置に少し手間取っているようだ。
生徒ではなく使用人たちが運び込み、舞台配置を変更する。
そしてセットが終ったところで、生徒が入り定位置に座って演奏が始まった。
周りの女子も戻ってきており、ほとんどの席が埋まっている。
しかしふとフィーネの姿がないことに気が付いた。
あれ? まだ戻ってきていない?
トイレが混雑して、演奏開始までに戻れなかったのだろうか?
戻って来れなかった理由なんていくらでもあるけれど、胸の中にざらりとしたものを感じ、素晴らしいはずの演奏が右の耳から左の耳へ通り抜け、私は集中することができなかった。




