食中毒事件発生
「ロディーナ嬢、ちょっといいだろうか?」
うぉぉぉぉぉぉいっ‼‼‼
私は顔は変えないようにしたが、心の中で力いっぱいツッコミを入れた。変えない努力はしたけれど、盛大に引きつっていたかもしれない。それぐらい衝撃だった。
エドワード先輩は、どうして私のクラスに来て、授業終了と同時に声をかけてきたのか。
手紙を靴箱に入れたのだから、そこに時間指定を書けばいいのに、本当にどうして!
おかげで全員の視線が私に集まっているのを感じる。ちなみにその中には、エドワード先輩の想い人であるシルフィーネ様のものもある。ものすごい大きく目を見開いてこちらを見ている。
この場をどうするべきか。
私は瞬時に頭の中の情報を引き出し理由をひねり出すと、立ち上がった。
「はい。今、授業が終わったところです。こちらから伺おうと思ったのに申し訳ございません。学生の学期末テストの成績の件ですよね。生徒会のお仕事お疲れ様です。個人情報となりますので場所を移してもよろしいでしょうか?」
私が過去問やテストのヤマを売っていることは結構知られている。
だから生徒会として生徒の学習環境調査をしているという架空調査をでっち上げ、その件についての話し合いということにした。シルフィーネ様も書記なので知らないのはおかしいと思われるかもしれないが、事前にエドワード先輩が個人的に調べて問題提議しようか検討していたと言えば、その後生徒会として何もしていなくても問題ない。
「なんの――」
「申し訳ございません。どうか場所の移動をお願いします。個人情報になりますので」
私は空気を読まずに話そうとする先輩の言葉を打ち消すように移動したい旨を繰り返す。人の言葉を遮るのは失礼にあたるが、私がでっち上げた理由は情報が情報なので、周りが勝手に個人情報を話されかねないからと受け取ってくれるだろう。
そして流石のエドワード先輩も馬鹿正直にここで話すのはよくないと思ってくれたようだ。
「分かった。場所を移そう」
「ありがとうございます。では皆様、騒がしくしてしまい、申し訳ございません。失礼しますわ」
ぺこりと頭を下げ、私はエドワード先輩と一緒に廊下へ出ると、ずんずんと空き教室へと向かう。
そして周りに誰もいないことを確認してから中に入った。
「エドワード先輩。なんでわたくしの教室に来たんですか⁉」
「なんでって、ロディーナ嬢に早急に相談したいことがあったからだが?」
いや、もちろんそうでしょうね。そうじゃなければ来ないでしょうからね。
「……わたくしに関わると碌な噂が流れないと言いませんでしたか?」
「そんなもの、流せるものならば流してみろと俺も言ったはずだが?」
ですね。
流石四大公爵家。素晴らしいパワーです。
「……わたくしのクラス、シルフィーネ様がいること知っていますか?」
「もちろん知っているが? 同じ生徒会なのだから」
「他の女子生徒と仲良い姿を見せるのはあまりよくないと思います」
まあ、ソレに嫉妬して恋心に気が付く展開というのも恋愛にはあるが、まず前提としてシルフィーネ様の好きな人はオリバー先輩であり、現時点でそこが変わったとは思えない。
つまり変な勘違いをしたら、逆に私に遠慮して近寄らないようになるかもしれないのだ。理由を声を大にして言ったので勘違いしてないことを祈るしかない。
「だが、俺は嘘はつきたくないし、協力者をないがしろにするのも気に入らない。まあこれでうまく行かなかったら、それまでの縁だったんだろう」
「潔ければいいってものじゃないですからね。……それで、どうしたのですか? オリバー先輩と仲良くなってしまったことと、オリバー先輩がいい奴だという愚痴は手紙で伺いましたが?」
どうしてこの男、恋敵と仲良くなっているのか。
頭が痛い。
「そうなんだよ。すごくいい奴で、シルフィーネ嬢が好きになったのもよく分かった」
「いや。素直ならいいってものじゃないですからね? それで、オリバー先輩にやっぱりシルフィーネ様を任せたいと伝えに来たのですか?」
急な用事ではないが、この流れだとエドワード先輩がそう言い出しかねないのは分かっていた。
……個人的にはエドワード先輩とシルフィーネ様にくっついて欲しい。でもエドワード先輩がそれを望まないのならば、エドワード先輩が幸せになれる別の道を模索するのも仕方ないことではある。恋というのは自分の意思ではどうにもできない部分の話だ。
オリバー先輩といい仲なのを見て、恋が冷めるということもあるだろう。
「いや。まだ彼にまかせていいかは分からないから、そこに関する結論は出てないんだ。問題はそこではないんだ。実は昨日、園芸部で食中毒事件が起きてね、それで今日オリバーが責任を感じて学校を辞めると言い出したんだ」
園芸部の食中毒事件?
昨日の今日だからということもあるだろうが、私はその情報を全く持っていなかった。多分噂としてまだ出回ってもいない。
「初めて聞く話ですが、それはもしかして、かん口令とか敷かれていませんか?」
「学園の醜聞になりかねないから敷かれているな」
「なんで一般人のわたくしに教えてしまうのですか⁉ 情報は正しく管理してください!」
やっぱりか。
食中毒がどの規模だったのか分からないけれど、生徒に害が及んだのなら間違いなく醜聞だ。はっきりするまでは情報を厳密に管理し、教師陣だけで解決すべき問題である。
「ロディーナ嬢なら問題ないだろう? 情報の扱いはこの学園で一番知っているんだから」
「一番かどうかは分かりませんが……そもそも、どうしてエドワード先輩が食中毒事件を知っているんですか?」
いくらエドワード先輩が生徒会長であり四大公爵家の出だとしても、調査が終わっていないあやふやな情報を教師が流すとは思えない。となると出どころは、園芸部員となるが……。
「それはその場に俺も居合わせたからだ」
「そうなのですか⁉」
「ああ。園芸部は放課後、自由に温室や花壇の周りを利用することができ、そこで各々お茶などをしているんだ。その日はオリバーから許可をもらって、俺は彼と一緒にお茶をしていたんだ」
「ものすごい馴染んでますね」
むしろ朝に一緒に水やりしかしていないシルフィーネ様より馴染んでないだろうか、この男。
恋敵と友情を育み、一体どこを目指す気なのかと問い詰めたいところだが、相談内容の食中毒の話から遠ざかりそうなので我慢する。
「ああ。このまま園芸部に入るのも悪くないと思っている。ただ生徒会との兼務が難しそうだから今は仮入部中だな」
「……そうですか。ツッコミませんからね。それで、その食中毒はオリバー先輩やエドワード先輩がなられたわけではないのですよね?」
「ああ。別の席でお茶をしていた生徒が突然苦しみ倒れたんだ。そこで慌てて、オリバーが吐かせるなどの適切な処置をして事なきを得た。医師もオリバーが居てくれたから助かったと言っていたよ」
「でも今日になり、オリバー先輩が責任を感じて退学すると言い出したと?」
「そうなんだ。彼はいい奴なんだが、責任感が強すぎるのも厄介だ。オリバーがいたから助かったのに、どうしてそんなことを言い出したのだろう」
確かに聞く限り、オリバー先輩がいなければ危なかったのだから、むしろ彼は救世主ともいえる。それなのに退学などと言い出すのは穏やかな話ではない。
「そのお茶や茶菓子は園芸部のものだったのですか?」
「いや、個人個人で好きなものを持ってくるようにしているらしく、食中毒になった者も自分で用意し、お茶は自分の家の使用人が入れたものだと聞いている。それなのにどうしてオリバーがあんなに責任を感じてしまったのか」
自分で持ち込んだお茶で、さらに入れたのも自分の使用人。
となればいくら園芸部の部長を務めているとしても、責任はないだろう。それなのに、退学するというほどに責任を感じるのはいささかおかしい気もする。
「そもそも、食中毒の原因は何なのですか?」
「まだそれは分かっていないんだ。ある生徒がめまいを起こして最初はぐったりしていたのは覚えているが……」
めまいだと、何か食べ物が傷んでいてというわけではない気がする。
でもならば何かというには、情報が足りない。そもそもどうしてオリバー先輩が責任を感じているのか……。
「一度私も食中毒を引き起こしたものを見せてもらってもいいですか? 見て分かるとは限りませんが」
オリバー先輩が責任を感じているのは何故なのか。そこが分からないとなんとも言えない。間違った情報では、間違った結論を導き出してしまう。
正しい情報を知るため、私はそう切り出した。