過去の事件
「私だって、ちゃんと将来を考えて動いておりますわ」
真っ直ぐ私を見据えるミケーレを私も見返す。ミケーレに負けないように視線を向けたが、ミケーレは私を見定めるように視線をそらさない。
「……一番、安全で丸く収まるように動いております」
「それがあの男とシルフィーネ嬢を結婚させようとしている理由? 丸く収まるって、何? もしも安全で丸く収まることが一番とするなら、ロディーが僕の渾身の告白を断るのはおかしくない? 自分はそれを受け入れないくせに他者には押し付けるの?」
「無理に押し付けるつもりはございません。今、エドワード先輩はフィーネに好意を抱いています。だから、後はフィーネがエドワード先輩を好きになってくれれば、安全も心も満たせるのですわ」
ミケーレが言うのはもちろんだ。
私は心を優先して、ミケーレを選ばなかったくせに、他者にはそれを強要するのかと言われればそうだとしか言えない。
でも私は別にフィーネとエドワード先輩の気持ちを無視する気はないのだ。無視をするならもっとやりようはあるけれど、不幸な結婚はさせたくない。
「なら、そろそろはっきりと答え合わせをしよう。ロディーは、オリバー先輩とアルフレッド先輩を……いや、その家系を危険視しているということで合ってる?」
「このような場所で話すべきことではございませんわ」
「ちゃんと蟲で周りに人がいないか見ているから、普通の音量で話す限り問題はないよ」
逃がすつもりはないか。
私はどう話すかため息をつく。現時点では、二つの家が霊薬を作っているという証拠は出ていないのだ。
「……警戒をしているという話ならば、わたくしは全員を平等に警戒しているつもりです。ですが、過去、霊薬を作り融通したかどうかでいうならば、この二つの家系はやっていたでしょう。ただし、イコールで他の家系はやっていないという話ではないですし、この二つの家系が今も霊薬づくりをしているという話でもございません」
下手に隠し事をして、必要以上に危険視されるのも困るので、私は自分が掴んでいる情報を話す。
「間違いなくやっていた時期は、鎖国していた時です」
犯罪ではあるけれど、他国との交流がなかったので裁かれることもなかった時期だ。
「つまり、今からは罪に問えないと言いたいんだね」
「はい」
罪は罪だけれど、それを何代も後にまで求められても困る。
「でも強く警戒しているのは?」
「……やり方を知っているからです。なので、もしもどうしても断れない形で強要されれば、材料さえあればオリバー先輩は作り出すことができるでしょう。そしてアルフレッド先輩の家は昔から外交を任されており、必要としている場所に誰にも知られることなく売る方法を持っています」
知り合ったオリバー先輩やアルフレッド先輩がそんなことをするような人物だとは思えない。でも人には優先順位があって、一番大切な者のためならば悪魔にでもなれる。
「ただ……、もしも今やるならば、殺さずに、欲しい部位だけを取り去るでしょう。エドワード先輩の領地では、麻酔薬の作り方が確立されています。それを使い手術で必要な場所のみもらうなら、殺すよりも罪の意識を軽くできます。逆に言えば、罪を犯しやすくもなります。そして罪が明るみに出ても、肩代わりする用に用意された家もあります。肩代わり用の家系デゥスノミーア子爵家の後ろ盾は、エリス伯爵家、このエリス伯爵家の後ろ盾はカオス侯爵家、そしてカオス侯爵家は四大公爵家と仲がいい」
「それならエドワード先輩の家だってアルフレッド先輩の家とたいして変わらないだろう? 惚れてるから採点甘くなってるとかないよね?」
その言葉に私は苦笑いする。
まあ、そう思われても仕方がないとは思う。
「それは否定しきれませんが、わたくしはエドワード先輩ならば、たとえ何があっても自分の意思を曲げずに反発すると信じているんです。幼い日、わたくしが攫われそうになったという話は聞いておりますわよね? その時わたくしを助けて下さったのが、エドワード先輩なのですわ」
「助けたって、一歳しか違わないだろう?」
「そう言われれば、その通りなのですが……、わたくしが部屋に閉じ込められた時、初めは閉じ込められているなんてわたくし自身も気がついておりませんでした。あの部屋に案内したメイドはわたくしが一番信頼していたメイドでしたから」
私は目を閉じ、当時のことを思い返す。
あの時に感じた恐怖と悲しさと後悔と、……そして長く時間が経ったことで、もうその時メイドがどんな顔をして私を見ていたのか思い出せない。でも何が起こったかはちゃんと心に刻まれている。忘れてはいけないという戒めとして。
「花見の会場で親とはぐれてしまった時、休憩室に行きましょうと私はメイドに手を引かれ、人気のない一室へと案内されました。部屋は窓がなく外が見えないような部屋でしたが、明るく清潔感があり、私はそこが休憩室であると彼女が言うのならば休憩室なのだと思いました。そしてメイドは、父を探しに行くと言い、ここで待っているように言い含め、会場から持ってきたジュースを残し部屋から出ていきました」
信頼しきっていた大人である彼女を疑うという発想は私にはなかった。
ただ私から離れるなんて変だなとは少し思ったのを記憶している。父は絶対彼女から離れてはいけないと私に言っていたのだから。
「わたくしは準備してくれたジュースをなんとなく飲みませんでした。多分不安で飲む気も起きなかったのだと思います。検証はできておりませんが、あれには睡眠薬が混ぜられていたと思います。そしてその後、メイドは戻ってきませんでした。私は彼女が出て行った後も椅子に座って待っていましたが、なかなか戻って来ない為外へ迎えに行こうと思い立ちました。でも扉が外側から塞がれており、子供の力では開けられませんでした。そこでようやくこの状況が異常だと気が付き、助けを求めるために声を上げました。でも誰も開けてはくれませんでした」
人の出入りが激しい会場から、参加している子供一人を連れ去るには色々準備が必要だったのだろう。だから閉じ込めて、眠ってもらおうとした。でも私は眠らず叫んでいた。
「のどがかれるぐらい叫び続けて、ようやく開けられました。その時開けて下さったのがエドワード先輩だったのです。涙でぐちゃぐちゃになっている私にハンカチを貸して下さり、手を引いて外に出して下さいました。後から聞いたのですが、声に気が付いたエドワード先輩が周りの使用人に聞くと、しつけがなっていない異種族の子供がいてお客様の迷惑になってはいけないから閉じ込めているのだと、彼に言ったそうです。ですがエドワード先輩は、可哀想だから出してあげよう、迷惑をかけないようにしなければならないのならば自分が面倒を見ると言って、大人たちが止めるのも聞かずに開けて下さったそうです」
あの時のエドワード先輩は、私の一歳上なのだから、七歳。いくら公爵家の子息でも七歳ならば、大人の意見を優先させるだろう。見ず知らずのために怒られるのは嫌なはずだから。でも泣き叫ぶ声を哀れだと思い、正義感から責任は自分が持つと言って扉を開けてくれたのだ。
「その後、閉じ込めた異種族の子供は別にいて、わたくしのことは勘違いで、不運にも迷い込んでしまったわたくしの部屋の扉の前に、使用人が物を置いてしまったことにされました。そして人気のない場所なので誰も気が付かず、あるいは勘違いをして確認をしなかった不運な事故となったのです。子供の異種族を不当に閉じ込めるのは虐待だと言われかねない醜聞なので、この話はミケーレにも伝えておりませんでしたわね」
多分彼の国には気が付かなかったと言われたという話しか伝わっていないはずだ。そして世間的にも私が気をひくために大げさに騒いだだけとなった。
「……その花見の会場は、アポロン公爵家、つまりはアルフレッド先輩が所有する屋敷の庭でした。でもその時行われた花見は、四大公爵家が毎年持ち回りで行っているものであり、出席者も四大公爵家全員で決めています。なのでどの家が怪しいのかは分かりません。でもエドワード先輩は異種族に偏見がなく正義感が強いので、彼が公爵として立てば、絶対霊薬のために異種族を売るなんて違法行為はしないと信じております」
あの日、扉が開けられエドワード先輩に声をかけられた時から、私の中で彼はヒーローで、一番好きな人となった。




