ミケーレの告白
にぎやかな会場から外に出て、私たちは庭に出た。
外は暗く、屋敷からの光しかないけれど、花人は比較的夜に目がきくので、これぐらいの光源でも問題はなかった。普通ならば、ランタンがなければ見えないけれど、月明かりだけで歩けるのが私達だ。
屋敷の中から聞こえてくる音楽をバックミュージックに私達は少しだけ出入り口から離れた場所に向かった。夜風が涼しく、虫の音色も聞こえる。
恋歌についての話だから、私は気まずく、何を話せばいいのか悩む。
無言のまま進んで、しばらくしたところでぴたりとミケーレが足を止めた。なので私も足を止める。
「ロディー、緊張しすぎ」
「いや、緊張しない方がおかしいですわよね? だって、恋歌が……どうという話ですし」
恥ずかしくて、尻つぼみな声になってしまう。
生まれてこれまで、人の恋愛話は聞いてきたし、応援したりもしてきた。でも自分にそんなことがあるなんて思ったこともなかったのだ。
この恋歌についての話も、実は私が思っているのとは違う意味ではないか。もしもそうならば私は自意識過剰すぎるのではないかという思いがグルグルとめぐる。
「そうだね。僕も緊張してる」
ミケーレは私を笑わなかった。困ったように私を見つめる。
「冗談……ではないのですわよね?」
「うん。僕の本当の気持ちだよ。僕はロディーが好きだ。もちろん恋愛の意味で」
私が友愛などと言い出さない為なのか、あえてこれは恋愛感情なのだと付け加えてくる。
でも言われなくても、ミケーレの目に宿る熱は、友人や兄弟にむけるものではなかった。
「……なんでなの? わたくしのこと嫌いだったのでは?」
「はあ? そんなわけないでしょ? いくらなんでも、それはない。嫌いな子のために、毎年、毎年、異国に来るわけないでしょ」
「あ、そうね。嫌いとは違うわね……何と言ったらいいかしら。えっと、その、昔、わたくしに羽がないことが気持ち悪いと言いましたわよね? だから何というか、情はあるけれど、同族には見れない嫌悪感みたいなものがあるのかと思っていたのですわ」
嫌いというのは確かに違うなと思う。
国から仲良くしろと命じられたとしても、嫌いなら最低限の交流にするはずなのだ。それで義理は果たせるのだから。でもミケーレは花人としての勉強以外に、音楽に付き合わせたりと何かと私と一緒に行動した。
だから私を不憫に思い、妹分のような情ぐらいはあるのだと思っていた。
でもどうしても虫や爬虫類が生理的に苦手な人がいるように、生理的に羽がない部分が気持ち悪いという感情があると思ったのだ。それは私が悪いわけでもミケーレが悪いわけでもない。
「だから! ……いや、あれは僕が全面的に悪かった。あの言葉はぜったい言うべきではなかったし、あんなことは思っていない。あれは羽のない花人を侮蔑するための差別用語なんだ。あの時苛立って、僕はその、こっちで言う馬鹿とののしるのと同じように使ってしまったんだ」
「苛立ち? えっと、確かあの時わたくし、自分が花人か人族かとたずねたのでしたわよね?」
私はとても中途半端な存在だ。あの頃は人族の中にいるのに、花人の特徴をあえて隠さないで生活していたので、自分はいったい何なのだろうという思いが募っていたのだ。それでつい弱音を吐くようにたずねてしまった。それのどこがミケーレの苛立ちを引き起こしてしまったのだろう。
「それ自体は問題なかったよ。いや、それがきっかけなのかな? うーん。とにかく直接な苛立ちはそれではないんだ。僕がロディーを好きになったのはいつということは分からない。気が付いたらもう好きで……僕はずっと君に向けて求愛のフェロモンを送っていた」
「えっ?」
求愛のフェロモン?
羽の……フェロモン受容器がない私には分からないものを言われて困惑する。
「ちなみに、今も送っている」
「えっ。いや。そんなことされても……」
「無理だよね。分かってる。分かってるんだ。フェロモンがこの世界に存在することすら知らなかった君が気が付けるはずがない。でもフェロモンは意識して止めることはできるけど、出るのは本能に近い部分なんだ。だから僕は気が付いた時には君に向けて送っていた。でも拒否されるどころか、なんの反応もなかった」
それはそうだ。
だって私は知らなかった。言われなければ、私の世界にそんなものは存在しないのだ。
「僕も期待していなかったから、それはよかったんだ。ただ君が感じ取れないだけなら。でも……君はずっと届かない求愛フェロモンを僕ではない別の人に送っている」
言われてドキリとする。
私には好きな人がいる。求愛フェロモンを出すのが本能に近い部分で、意識せず出てしまうのならば、つまりは……エドワード先輩にずっと送っているということだ。
「あっ、もしかしてフェロモンが臭いって怒られるのって」
「そういうこと。やっと気が付いた? ずっと君は伝わりもしない求愛フェロモンを出し続けているんだ。フェロモンは意識すれば止められるけど、出るのは意識して出すものではないんだ。そして僕宛てではないフェロモンをずっと出されるとね、こっちが求愛フェロモンを出しているのに、無視されている気持ちになるんだ」
意識せずずっと求愛し続けているとか、恥ずかしすぎる。
気が付かれないとはいえ、嘘だと言って欲しい。
いや、それよりも。
「無視なんてしてないわ」
「うん。分かってる。理性ではね。でも本能はずっとイライラし続けてるんだ。送っても送っても、反応はなくて、別の男に送り続けるんだから。拒絶するフェロモンも出してもらえない」
「えっ。ソレ、どうやってやるの?」
「受容器が求愛フェロモンを拾って嫌だと感じると出るね」
「えー……」
それ、無理でしょ。
受容器がないので、感じないから、拒絶もなにもないのだ。
「分かってるよ。でも苛立ってた。その上で、君自身が自分が花人かどうかを聞いてきた。僕の気持ちも知らないで。その瞬間、僕は苛立ちにまかせて差別用語でののしってしまったんだ」
だからあの時……。
その時かなり興奮していたのか、ミケーレはその場で倒れてしまった。それでうやむやになり、大事をとってミケーレは帰国したのだ。
「なら、言ってくれれば……」
「言えると思う? 君はずっと求愛フェロモンを別の男に送ってるんだよ?」
あ、それは言いづらい。
すでに私が誰を好きなのか丸わかり状態だったのだ。その上で告白とか言いにくい。
だからがまんしていたけれど、いい加減我慢できなくなったと。
私が悪いとは言えないと思うけれど、ミケーレの気持ちも分からなくはない。
「何というか……うん。ごめん」
「謝らなくていいよ。あれは僕が悪いし、告白もしていないくせに、苛立ちを君にぶつけるべきじゃなかった」
ミケーレはそう納得しているようだ。そう言って苦笑した。
「なら、なんで、今……」
もしも求愛フェロモンが出ているのならば、私は昔と変わらず、ミケーレではない人に送っているはずである。
「ちゃんと言いたかったから。僕は君が好きなんだって。それと君がもしも僕を選んでくれるなら、僕は僕の国に連れ帰って守ろうと覚悟を決めたからだよ。僕の国なら、君を危険には絶対さらさない」
「でもフェロモンコントロールがまともにできていないのに行けるわけないでしょ?」
「やりようはあるよ。人がほとんど住んでいない場所に住めば気にしなくていい。そんな場所に住んでも、君の国よりは安全だ。それに僕の国だって馬鹿じゃない。フェロモンコントロールがうまく行かない人用の帽子とかちゃんと開発しているんだから。まあ、完璧に消しさるものはできていないけどね」
私は比較的フェロモンが強いようなことを言われたことがあったから、その帽子の効果は微妙かもしれない。でも誰もいない場所なら問題なく過ごせるだろう。
「そんなことできるわけないでしょ。ミケーレは王子でしょ?」
普通に考えて、王子が人の住まない場所で生活なんてできるはずがないのだ。
「何とでもできる。ロディーが選んでくれたら」
真面目な顔でミケーレは言った。
彼は本気で私に求愛してるのだ。そして私のためならば無理を可能にすると言っているのだ。
だからこそ、私はちゃんと答えなければいけない。
私は首を横に振った。
「こめんなさい。わたくしが好きなのはミケーレではないわ。ミケーレのことは弟か兄のように思っているの。この気持ちは恋愛とは違うわ」
ミケーレに告白されてドキドキしなかったわけではない。
好きだと言われれば嬉しいという気持ちも湧いた。
でも私の好きな人は彼ではない。私は自分が兄弟のように思っている人を利用などしたくはない。
「はぁ。ロディならそういうと思ったよ。僕の手を取った方が楽なのに。後悔してまた後で僕を選べばよかったなと思うかもよ?」
「仕方ないですわね。ミケーレはミケーレで幸せになって下さい。もしも後悔しているわたくしを見たら、笑ってくれてもかまいません」
選ばなくて後悔していたら、間抜けな私を笑ってもいい。
私は私の恋をまだ昇華できずミケーレの手を取れないのだから、ミケーレはミケーレで幸せになって欲しい。
「笑うわけないだろ。後悔してたら今度こそ連れ去るよ」
「は? だって、その頃にはミケーレは誰かと結婚してるし、わたくしを恋愛という意味では好きではなくなっているでしょ?」
「僕の国はね、重婚可能なの。君が後悔するだけじゃなく、危険にさらされてたら、僕は迷わず攫うよ。もしもそこに恋愛としての好きがなくなってしまったとしても、君を大切に思う気持ちは消えないよ。何年一緒にいると思っているのさ」
馬鹿だなと言いながら、ミケーレは私にデコピンした。
いたっと私はおでこを押さえて睨む。
「僕の気が変わる前にロディーの気が変わってくれてもいいよ。ただ、僕が言いたいのは、うん。絶対幸せになってほしい。どういう形でもいいんだ。そうでなければ僕は許さない」
どういう形でもいいということは、私の恋が実らなくてもいいということだろう。実らなくてもいいから幸せになれと。
「ロディーをないがしろにするのは、ロディーでも許さない」
ミケーレは真剣な顔でそう言った。




