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砂糖菓子娘  作者: 黒湖クロコ
本編
44/75

恋歌

 最初の演奏は私。

 これだけは譲れない。

 ミケーレとエドワード先輩の後に演奏するのも、二人の間に挟まれて演奏するのもごめん被る。

 

 そんな思いで、私は誕生日の挨拶をした。

 続いて父がお礼の挨拶をした後、私たちは出し物として演奏をすることになっている。演奏する前には、異国の方に勘違いをさせないように、必ず音楽を入れなくてはいけないわけではない旨を父に説明してもらった。

「――誕生日会は王族でもない限り、本人、もしくは親がパーティーを企画し、身内と友人を呼びその日を楽しみます。親しい者だけで行うので、特に細やかな決まりはありません。参加者全員が楽しめるよう、食事や催しを考えます」

 改めて誕生日会の説明を聞くと、もしかしたらこの誕生日会というのは、子供が将来お茶会や舞踏会を運営するための練習の場なのかもしれないなと思う。かなり親密な関係の者しか呼ばないので、多少の失敗は目をつぶってもらえるし、毎年親がやるのを見ているので子供自身もやり方をイメージしやすい。

 そして人を呼ぶような誕生日会は成人の儀式が終るまでという縛りもあるので、やはり子供の練習の場という感じが強い。

「今回は、ロディーナが立食型で好きなものを自由に食べられる方法を考え、友人たちと音楽を発表し、場を盛り上げる催しを考えました。どの使用人にも料理に何が使われているか覚えさせていますので、何か食べられないものがある場合はその都度問題がないか確認をして下さい」

 父が説明していると、スッと手が上がった。龍人の王子だ。


「説明をありがとうございます。私はアツミ・アマテラスといいます。この度は貴重な体験をさせていただきありがとうございます。私はこれからもこの国の方々と仲良くできるよう、もっとこの国の文化を理解したいと思い参加しました。催しについて質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「丁寧にありがとうございます。私に答えられるものは答えさせていただきますので、なんでもお尋ねください」

 この国を知りたいという気持ちの表れのように、アツミ様はミケーレ並みに滑らかなしゃべりをされた。見目は赤い髪に、私達の肌より少し濃くバター色の肌をしていて、私ともまた違う異国の香りがする。確か龍人は、二つの姿を持つ種族だったはずだ。龍の姿は大きすぎるので、町中は人の姿をとる。


「今回は音楽をされるようですが、他にはどのような催しをするのが一般的なのでしょうか? 私が留学した学校でも、音楽祭がもうすぐ行われるので、この国では音楽が普通なのでしょうか?」

「そうですね。音楽の場合もあれば、楽師に音楽を演奏させ、皆で踊る場合もあります。また、ゲームをすることもありますね。ボードゲームなどをすることもあれば、宝物探しなどのゲームなどさまざまです。また季節によっては花見をしたりすることもあるので、正直これというものはないです。とにかく皆が楽しめるようにということが前提であるだけで、何をしてもいいのです」

 誕生日会は皆が笑顔になるように考えるということが大切で、楽しめるのならば新しい試みをしてもいいし、何か好きなものがあるのならばそれをすればよくて、決まりがない。

 父の説明になるほどとアツミ様は頷いた。


「他に何か聞きたい方はいらっしゃいますか? いらっしゃらないようならば、娘たちの演奏に入りたいと思います」

 父がたずねても誰も手を上げなかったので、私はフィーネと頷きあって楽器の前に向かった。

 打楽器のテンポに合わせて私がピアノを弾けば、それに合わせてオリバー先輩とアルフレッド先輩が楽器をかき鳴らす。そしてフィーネが高く伸びやかな声で歌い始めた。

 音楽はこの国では聞き慣れた民謡にしたので、分かる者が小さく口ずさんでいる。


 私たちが音楽を終われば、全員が拍手をしてくれた。それに対して、私たちは挨拶をする。

 間違えずに弾けたので、とりあえずは良しとする。伴奏としてはまあまあだろう。皆がいる方まで戻れば、緊張が切れたせいか、それともずっとピアノの練習に根を詰めていたためか、少しだけふらついた。その瞬間二つの手が私の手を握る。

 はっとして見れば、ミケーレとエドワード先輩が心配そうな顔で私の手を掴み見ていた。

「大丈夫か?」

「高いヒールを履いてるのだから気を付けないと」

「すみません。ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」

 少しふらついただけなので、このまま倒れることはないだろう。しかし二人とも手を離さない。


「もしかして、ロディー、寝てない?」

「……誰のせいだと思っているのですか?」

 化粧で隈を隠していたが、距離が近すぎて気が付かれてしまったようだ。だから開き直って、ミケーレに不満をぶつける。

「えっ。僕のために?」

「【ために】ではなく、【せい】だと理解して、照れるなんてジョークは止めて下さい」

 間違いなくミケーレのためにこの厄介ごとを引き受けたのだけれど、強制的に巻き込まれたのだから、ここはミケーレに責任があることをちゃんと理解して欲しい。


「俺がロディーナ嬢の演奏を聞いてみたいと言ったからだな。急遽無理をさせてしまいすまなかった」

「い、いや。大丈夫です。エドワード先輩は謝らないで下さい。わたくしが寝不足になっているのは、本番に緊張しない為ですから」

 これだけやったのなら大丈夫という安心が欲しいがために、少し無理をしただけだ。私が演奏する羽目になったのはエドワード先輩の発言があったからだけれど、そもそもミケーレが喧嘩を売りに行かなければ起こらなかったことでもある。

「それに誕生日会は何か催しをしなければいけませんし、わたくし達の演奏で楽しんでいただけたようですから、大成功だと思いますわ」

 会場の人の顔を見れば、失敗ではなかったことは分かる。

 だから大変ではあったけれど、やってよかったとは思うのだ。


「じゃあ、次は僕だね。お疲れなロディーのために弾くから、聴いてて」

 すっと私から手が離れ、ミケーレが壇上へ向かう。

「ロディーナ嬢のため……」

「ミケーレ様ってば、キザですよね」

 私のために演奏だなんて。すごく微妙な顔をするエドワード先輩の隣でクスリと笑う。

「よかったらエドワード先輩も言ってみます?」

「えっ? お、俺が?」

 私の言葉にエドワード先輩は顔を真っ赤にした。

 まあ二人きりでもない場所でそんな言葉を言うのは恥ずかしいかもしれない。でも自分のために演奏とか言われたら、嬉しいと思うのだけどな。


「恥ずかしいかもしれませんが、シルフィーネ様にそれぐらいのアピールをしていった方がいいと思いますよ? 今回アルフレッド先輩と一緒に演奏するにあたって、一緒にいる時間が長かったのですし。まあ、それでいうと、オリバー先輩も長かったんですけど……」

 過ごした時間の長さが恋となるわけではないけれど、同じことを体験すると親密度が増えると思うのだ。

「……あっ、シルフィーネ嬢にか」

「いや、シルフィーネ様以外に誰に? もしかしてミケーレ様に宣戦布告ですか? それは本当にやめてください」

 確かに彼らの中では勝負だけど、周りにはただの催し物としての演奏だと言っているのだ。

 まごついて上手く言葉になっていないエドワード先輩をみてこっそりため息をつく。勝負に気を取られ、ちゃんと必要な場面でアピールしないから遅れをとるんだぞと言いたい。


 こそこそと話していると、ミケーレが演奏を開始した。

 ミケーレは奔放だし、突然エドワード先輩に勝負を挑むほど好戦的だけれど、彼が奏でる音色はとてもやさしいと私は思っている。

「これは花人の国の歌だろうか?」

「はい。恋歌だったはずです。異性にアピールするために音楽を奏でるというだけあって、そういった歌が多いみたいなんですよね。この歌は綺麗な自然を眺めて、これをずっと君の隣で見ていたいといった歌詞が付いていたはずですよ」

 自然を眺めているので、どこかのんびりとしていて、激しさのない音楽だ。

 歌詞はなくてもきれいな光景が思い浮かんでくる音楽は、ため息が出るぐらい美しい。伸びやかな音が、天高い青空を思い浮かべさせる。


 ミケーレの方を見ていれば、彼は私の方に目配せして笑った。

 楽しそうに演奏するものである。ミケーレは教養として義務だけで奏でているのではなく、本当に音楽が好きなのだなと思う。

 ほうとため息をつくと、私の手を握り続けていたエドワード先輩が突然ぎゅっと手に力を入れた。

「エドワード先輩?」

「……君のために演奏する。だから、どうか俺のことを見ていて欲しい」

「もちろん、ちゃんと聞きますよ? エドワード先輩の演奏、楽しみにしていますから」

 どうやら今日の主役である私のためにエドワード先輩は弾いてくれるらしい。

 ミケーレの音楽は素敵だけど、エドワード先輩の音楽も素敵なのはよく知っている。私は毎年音楽祭を楽しみにしていたのだから。

「今年の私は幸せ者ですね」

 ずっと遠くから聞くだけだったエドワード先輩の音楽をこんな近くで聞いて、なおかつ誕生日プレゼントとして贈ってもらえるなんて。

 勇気を出してエドワード先輩の恋を応援してよかった。

 私はそっと胸に手を置き、幸せを噛みしめた。

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