誕生日会
人生とはままならぬものである。
情報さえ集めれば、自分のしたい方向に物事を進められると思っていたし、実際進められたこともある。でもそうならない場合も存在するのだと、私は改めて知った。
「ほんじつ、おまねき、ありがとうぞんじ、ます」
「こちらこそ、スヴァルトアールヴヘイム国の王女をわたくしの誕生日会にお招きすることができてとても光栄です」
私よりも身長が少し低いドワーフのお姫様に挨拶をしながら、内心なんでこうなったと頭を抱えていた。
どういうわけかアルフレッド先輩とエルフ族の王子であるルーカス様が、友人でもないのにただの伯爵家である我が家の誕生日会に参加するという珍事が起こった。それにより物事はもう自分では舵どりできない状況になってしまったのだ。
今回留学してきた花人の王子であるミケーレは元々参加予定だったが、五人の留学生のうち二人も参加するのに他の留学生に声をかけないのはおかしくないかという話になった。まったくもって私はおかしくないと言いたいけれど、ルーカス様は友人ではない。ならば公平に声だけはかけた方がいいだろうとなったのだ。
参加しなくても全然大丈夫ですと先に伝えた上で、誕生日会がありますが来ますか? と聞けば全員この国の祝い方が見たいと参加することになってしまった。
個人的な自分の誕生日会を他国の王族に見学されることになった私は、本当に可哀想だと思う。
ありのままの、この国の伯爵家が行う誕生日会が見たいからいつも以上に力を入れる必要はないと言われたけれど、正直鬼ではないだろうか? と思う。少なくとも警備の面は全面見直しされた。
「スヴァルトアールヴヘイム国って、エルフ族の国のアールヴヘイム国に名前が似ていますのね」
挨拶を交わす私の隣で、一緒に付き添ってくれているフィーネが首を傾げた。
フィーネも流石に異国の王族がやたら参加するこの誕生日会は居心地が悪いようで、私の隣から離れたくない様子だったので一緒に出迎えをお願いしたのだ。でも気持ちはとても分かる。伯爵家の娘として生き、花人の王子であるミケーレと幼馴染のような関係の私でも、胃が痛いのだ。正しく状況を理解できたら、元平民の孤児だったフィーネはそれ以上に胃が痛いだろう。
でもそんな状況でも普通にドワーフ族の王女との会話に参加できるフィーネの度胸はすばらしいと思う。
「スヴァルトアールヴヘイム国は、元々はアールヴヘイム国とで一つの国で、途中で別れた国だったはずよ」
「はい。そうです。わたしのくにとアールヴヘイムは、おなじ、でした」
どういう理由があって別れるという選択になったのかは、それぞれの国ごとに言い分が食い違っているため正確な情報は分からないが、同じ民族同士で固まり、国を分けている。ただし少数民族は元々住んでいる場所で住み続けているので、まったくの単一民族の集まりではない。
「スヴァルトアールヴヘイム国は、鍛冶や細工などの物づくりがとても素晴らしい国ですわ。精霊が宿る剣として我が国の国宝になっているものは、スヴァルトアールヴヘイム国から渡来してきたものですわ」
ドワーフ族を異種族で蛮族だと言いつつも、この国は鎖国前に渡来してきた剣を国宝として扱っていた。この矛盾を見ないようにするため積極的に国宝がどこで作られたものかを語られなくなったため、フィーネは知らなかったようで、私の話にすごく感心した顔をしている。
正直に言って、輸入品を見る限り、様々な技術がこの国よりスブァルトアールヴヘイムの方が上だと思う。
「たいせつ、していただけて、うれしい、です」
「それだけ敬意を払わずにはいられない逸品だったということですわ。今日は立食形式で、好きな食べ物を選んで食べることになります。えっと……『近くにいる使用人に言っていただけば、盛り付けもできますし、ご自分で取られても大丈夫ですわ。お口に合うかわかりませんが、お楽しみください』」
最初はテーブルを用意しそこに食事を運ぶことも考えたが、様々な国の方が来てしまったことにより、食べられない食材かどうかの把握が難しくなってしまった。その為始めから好きなものを選んでもらう形にしたのだ。
私が最後のルールのみヘイム語を使い説明すると、彼女は目を見開いた後嬉しそうに笑った。
「ヘイム語、とてもじょうず、です」
『少ししかしゃべれないですし、なまりもありますが、伝わってよかったです。楽しんでください』
そう言って別れると、フィーネがため息をついた。
「ロディーナ様は、ヘイム語までしゃべられますのね……」
「アールヴヘイム国の言語も同じですから。ですがこれから覚えれば大丈夫ですわ。語学は必要になってから学ぶ方もおりますし」
「わたくし楽器も弾けませんし、まだまだ学ばなければならないことが多そうです」
語学は私が言った通り、必要になってから学ぶ人も多い。何故ならば使わないと忘れやすいからだ。でも鎖国中も交流があったアールヴヘイム国の言語であるヘイム語ならあいさつ程度はできる貴族は比較的多い。
貴族になってからまだ数年しか経っていないフィーネは、これから頑張るしかない。
「こんばんは、ロディーナ嬢、今日はお招きありがとう。シルフィーネ嬢もこんばんは」
「ごきげんよう、エドワード先輩。今日はわたくしの誕生日会に出席して下さりありがとうございます」
「どういたしまして。そしてこれはお祝いの花とプレゼントだよ」
ニコリと笑い、彼は赤い薔薇を私に向けた。甘い香りがして、どこか酔ったような気持ちになるけれど、彼は赤薔薇が綺麗だったからプレゼントに選んだだけだ。赤薔薇の花言葉なんて気にするのは花人ぐらいで、この国では普通に何気ないプレゼントで使う。
心を落ち着けてから、私はその花を受け取った。
「ありがとうございます。とても素敵な薔薇ですね」
「ああ。我が家で咲いていたものを摘んだんだ。プレゼントは、ガラスペンだ。できれば長く使って欲しい」
「中を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
装飾品を異性に贈るのは、ものによっては愛の告白にとられかねない。
なのでそれ以外でも私が使いやすいガラスペンを選んでくれたのだろう。
開けた箱の中に置かれたペンは淡く半透明のピンク色をしていた。可愛らしいデザインに顔がつい緩む。
「ありがとうございます。……大切に使わせていただきます」
ガラスペンはとても細かい細工でできているので、高価な品物だ。早く書き試しをしてみたいけれど、まだこれから誕生日会をしなければいけないので、使えるのは終わってからになる。名残惜しいが、この場で落として割ってしまうのは悲しいので、箱にしまい使用人に渡す。
今日はすごく面倒な誕生会になってしまったけれど、とてもいい思い出ができた。
「喜んでもらえたようでうれしいよ」
「はい……とても嬉しいです。できるなら、今すぐ部屋に帰りたいぐらいに」
「それは演奏をしたくないという意味でかな?」
「ふふふ」
よく分かってますね。
私は何も言わず微笑んだ。演奏は今からでもなくしてしまいたい。
「今日はわたくし、ロディーナ様と演奏しますから楽しみにして下さい」
「それなのだけど、普通に考えて一緒に演奏するべきはアルフレッドではなく俺なのではなかったのかな?」
「ミケーレ様から勝手に喧嘩を買って対決することを決めた方が悪いと思いますわ」
買わなかったら一緒に演奏の可能性も……いや、ないわね。もしもミケーレとエドワード先輩が演奏対決して、私まで演奏することにならなかったら、そもそも寄せ集め楽団は生まれなかった。……できるなら、永遠に生まれてほしくなかった。
「ロディーナ様はあんなにピアノがお上手なのにどうして演奏を嫌がっていらっしゃるの?」
「わたくし、ずっとミケーレ様の音楽と比べられ、そしてミケーレ様に鬼のような特訓をさせられまして……でもやっぱり平凡の域から出ず……。なんというか、苦手なのですわ。今日ミケーレ様とエドワード先輩の演奏を聞けばおのずとわかると思います」
音楽を全く習っていないフィーネからすれば私の演奏はとても上手に聞こえるのだろう。でも私からすると、超えられない壁のような演奏を聞かされ続けて耳が肥えてしまったために、残念だなという感想しか浮かばないのだ。
後は純粋に音楽にそこまでの熱量がない。
「ロディーったら、まだグダグダ言っているの?」
「……ミケーレ様が音楽の勝負などという意味の分からないことをされなければ起こらなかったことなのですから、少しは反省してください」
ミケーレは笑いながらこちらにやってきた。まったく。ミケーレはいい加減、私に演奏の趣味はないことを理解して欲しい。
徐々に人が集まってきた会場で私はため息をついた。




