誕生日会の参加者
「えぇぇぇぇ。ロディーナ様の誕生日会で、エドワード先輩とミケーレ様とロディーナ様が音楽の発表をしますの⁈」
ミケーレがエドワード先輩を煽って、私も含めみんなで演奏し合うことが決まった話をすると、いつもあまりうろたえることのないフィーネが思いっきりうろたえた。
「どうしましょう。わたくし、楽器は何も弾けません……」
「別にシルフィーネ様は弾かなくても大丈夫ですわ」
というか、勝手に勝負をけしかけ、受け入れた二人が勝手にやればいいだけの話だ。むしろ、私まで演奏を求めないでほしかった。どうして自分の誕生日会で憂鬱なことをしなければいけないのか。
「そんな、わたくしだけ仲間外れは嫌ですわ。わたくしも、いえ、わたくしこそが一番ロディーナ様を祝いたいです」
「あー……ありがとうございます。でも二人の場合は祝いではなくただ勝負をしているだけですし、それに彼らと音楽で張り合うのは難しいと思いますわ」
ミケーレとエドワード先輩の演奏は突出した上手さだ。今までろくに楽器に触れてこなかったフィーネが付け焼刃でどうこうできるものではない。
付け焼刃ではない私ですら、もう泣きそうなのだ。何とか私の演奏はなしにしていただけないだろうか?
「……まって、それ、俺も? 俺も何か演奏しないと駄目なパターン?」
「いや、えっと。演奏しなくても大丈夫ですし、あまりご面倒なようでしたら、オリバー先輩は出席されなくても大丈夫ですから」
私はフィーネと一緒に水やりをしながら、オリバー先輩にいっそのこと欠席していただいても大丈夫だと伝える。そもそも、最初に呼ぶ予定だったのはフィーネだけだったのだ。そこから気が付いたらミケーレとエドワード先輩も来ることになり、一人仲間外れにするのはよくないかとオリバー先輩をフィーネがいる時に誘ってみただけだ。
その時は快く行くと言われたけれど、私の誕生日会は絶対参加の催し物ではない。
「それは出席するよ。というか、こんなに色々助けてもらっておいて、そんな不義理なことできるわけがない」
真面目なオリバー先輩らしい返答だ。
でも、そうなるとなおのこと、この唐突にやることになった音楽の発表をどうしよう。学友はほとんど招待していないというのに、その中の二人と主役である私だけが演奏……。演奏しない残りの二人が疎外感を感じてしまう。
「話は聞かせてもらったよ!」
困ったなと思いながら話していると、突然バンと音を立てて温室の扉が開いた。その先には、アルフレッド先輩とエルフ族の王子の姿があった。
「おはようございます、アルフレッド。園芸部に何かようですか?」
フィーネは生徒会で顔見知りであるが、園芸部では部外者だ。なのでオリバー先輩が前に出てたずねれくれた。
「実はこちらにいる、ルーカス・アルフヘイム様が薬草にご興味があり、是非この学園にある花を見てみたいを言われたんだ。園芸部の顧問の先生にたずねたところ、今日の朝ならば部長である君がいると教えてもらった。ただこちらに来たところ、女性の声も聞こえ、無粋な真似をしてはいけないと思い少々立ち聞きをさせてもらったんだ。立ち聞きしてしまった件は申し訳ない」
なるほど。
本来ならばオリバー先輩だけのはずなのに、女子生徒の声まで聞こえて来たならば、もしかして何かいかがわしい行為が起こっているかもしれないと思い確認するのも仕方がない。流石にそんな場面を他国の王子に見せるわけにもいかない。
「わたくしは生徒会に入っているので親から園芸部に入ることを止められておりますの。それでも少しだけでも体験したく、ご無理を言ってオリバー先輩がいる時のみ水やりをさせていただいておりました。ロディーナ様はわたくしがオリバー先輩と二人きりなるのを避けるために付き合って下さっておりますの」
フィーネも下手に黙っておくのはよくないと考えたようで、どうして自分がここにいるのかを話す。
「そうだったのか。シルフィーネ嬢が園芸に興味があったのは初めて知ったよ」
「温室の花を説明していくのならば、放課後の方が時間が取れると思うので、そちらでも構わないでしょうか? 今からだと一限目の時間の関係であまりちゃんとお話しすることはできないと思いますし」
とても広い温室というわけではないが、すぐに終わるほど狭く種類が少ないわけでもない。温室以外でも花を育てているので、オリバー先輩的にはそちらも説明したいのだろう。
「確かにそれもそうだ。放課後改めて伺わせてもらうよ。ところで先ほどロディーナ嬢の誕生日会の話が聞こえてきたのだけど、音楽の発表をするのかい?」
いや、私の誕生日会のことは気にしないで下さい。
そう言えたらどれだけよかったか。しかしアルフレッド先輩もまた、四大公爵家の一人だ。無視するわけにもいかない。
「実は花人のミケーレ様とエドワード先輩が急遽わたくしの誕生日会で発表し合うことになりまして……同時に何故かわたくしもピアノを発表しなければならない状況になったのですわ。それで同じく誕生日会に出席していただくシルフィーネ様やオリバー先輩が自分たちは発表しなくても大丈夫か心配されまして」
「ふむ。エドワードと音楽で張り合おうとすれば、大事故は間違いないな」
でしょうね。
毎年音楽祭を見てきたので、エドワード先輩の実力は知っている。そしてミケーレも同じだ。勝負なんて考えてはいけない。そんな彼らとピアノの発表とか……本当にやめて欲しい。
やはり今からでも、二人だけが演奏ということにできないだろうか。
「それならば競わず、全く別の催しをしてはどうだろう?」
「全く別ですか?」
あー、嫌な予感がしてきた。
私は関わりたくないと思ったけれど、先にフィーネがたずねてしまった。うん。相手を気持ちよくしゃべらせてあげられる相槌が打てるフィーネは素敵だ。すばらしいことだと思う。でも今はアルフレッド先輩をしゃべらせないでほしかった。
私はできることなら誕生日会の音楽を全面的になくしてしまう方向に動きたいのだ。全面は無理でも私だけでも演奏から逃げたい。
「確かシルフィーネ嬢は楽器が苦手だろう? だから歌を担当する。ピアノ伴奏はロディーナ嬢、バイオリンは相手に合わせることが得意なオリバー。そしてギターが私で、打楽器をルーカス様にお願いする。ルーカス様は打楽器が得意だそうだ。こうして楽団としてやれば、音楽であるということは変わらなくても、彼らとは全く別の出し物になり、比べるようなものではなくなるはずだ」
やめてくれ。
単体ではなく楽団にしてしまう発想はとてもよく考えられていると思う。でも大前提として、私はアルフレッド先輩もルーカス様も自分の誕生日会に呼んでない。
何故学年も違う、全くかかわりがない人を呼ばなければならないのか。
「今は音楽祭の準備で忙しい時期ですし、そのようなご迷惑をおかけするわけにはいきませんわ」
ほほほほっと私は引きつった笑いで、どうにかこの思い付きを止めるための言葉を紡ぐ。実際、音楽祭の準備で忙しいはずなのだ。二曲も覚えて発表するとか、正気ではない。
「私とルーカス様は問題ないな。ピアノに自信がないのならば、ロディーナ嬢がすでに弾けるもので選ぼうじゃないか」
「いや。えっ。ルーカス様はよろしいのですか?」
何も発言していないのに勝手にアルフレッド先輩が了承してしまうのはいかがなものか。しかしルーカス様はふっと笑うと頷いた。
「もんだいない」
ルーカス様は少し訛りのある言葉で肯定した。……これはしゃべるのがあまり得意ではなく、基本的にアルフレッド先輩が前に立っているのかもしれない。そういえば昼食時も二人が一緒に動いている姿をよく見かける。
いやいやいや。ルーカス様が問題なくても、私が大問題だ。
「まことに申し訳ないのですが、異国の王族の方をお招きするために、安全の観点から参加者はこの国の王族からの許可をいただいておりまして、この場でわたくしの一存で答えることができないのです。もしも国際問題が起こっても困りますし……」
よし、この間の作戦だ。王の許可と国際問題。この二つの情報を駆使してで断ろう。
手を頬に当て、できるだけ申し訳なさそうな顔をした。
これで回避でき――。
「それならば、私の方から国王に打診しよう」
「はい?」
「確かに言われてみれば、異国の王族が二方も参加するとなれば、メルクリウス家の負担も大きいな。こちらの安全も私の家が責任を持ち手を貸そうじゃないか」
よ、四大公爵家ぇぇぇぇ!
私は彼の行動力を見誤っていた。私を超えその上に直接お伺いとか、予想外過ぎる。でも確かにそれだけの権力がある。
「それに私抜きでエドワードが呼ばれるとかおかしくないか?」
関係図からして何らおかしくありません。
むしろ友人でもないのに突然誕生日会に特攻してくる方がおかしいです。
そう言いたいけれど言えない権力差。そして彼がこだわっているのが、エドワード先輩だと分かり、頭を抱えたくなる。
いっそエドワード先輩を呼ぶのをやめてしまおうか。
悪魔のささやきが私の心をよぎったが、アルフレッド先輩が参加して、フィーネも参加するなら、絶対来る。こちらも私を乗り越え国王に打診しそうだ。
何故自分の誕生日会で胃を痛めなければならないのか。
私は理不尽な現実に遠い目をしたのだった。




