勝負
どうして勝負なんてことになるのか。
何がミケーレをそこに向かわせるのか。私は面倒だと思いつつも放置するわけにいかず、ミケーレの服の裾を軽く引っ張った。
「いきなりそのようなことを言われたら、ご迷惑ですわ。ここにはエドワード先輩の楽器もございませんし。それに音楽は、競うものではなく楽しむものでしょう?」
四大公爵家のエドワード先輩と、花人の王子であるミケーレの音楽の審査など誰がするというのか。審査員の胃が爆散する。
どうしても勝敗を決めなければならない何か特別な理由があるならまだしも、何もないならばやめて欲しい。
「……たしかにロディーナ様の言うとおり、無粋だったね。ただ僕らの国では、音楽で異性の気をひくんだ。音楽を奏でて愛の告白をすることもある。だから身分関係なく競うこともごく普通なんだよね」
「……愛の告白?」
「そう。愛の告白」
ぴくっとエドワード先輩が反応した。
もしかしたら自分がフィーネに告白をしている姿を夢想しているのかもしれない。確かに音楽を使って告白するのはロマンチックな気がする。でも待ってほしい。フィーネはソプラノパートなのでここにはいない。
「告白だけではなく、フェロモンで求愛して受け入れてもらった後でも、愛を伝え続けるために使ったりもするんだ」
「あー、だから我が家で音楽に力を入れて練習されていたのですね」
なるほど。
ミケーレは音楽が好きなんだなと思っていたけれど、花人にとっては必須な教養だったようだ。
「練習? ロディーナ嬢はミケーレ様の音楽を聴いたことがあるのかい?」
「はい。音楽は毎日でも練習しないと腕がなまるそうで、我が家に滞在している間も練習しておりましたわ。わたくしもそれに付き合わさ……ご一緒させていただき、ピアノの練習をしておりました。といっても、わたくしは才能がなくそれほど上手くなりませんでしたけれど……」
音楽にそこまで興味もなければ才能もない私からすると、鬼教師めと文句を言いたくなるレベルで弾くことになった過去が脳裏をよぎる。
「一緒に音楽……」
どこか遠くを見つめながらエドワード先輩がぽつりとつぶやく。フィーネと楽器を一緒に轢いている姿を想像しているのだろうか?
だが残念なことに、フィーネは楽器を弾けない。流石に孤児院では教えてなかったし、引き取られてからの期間では学べていないはずだ。でも手取り足取り先輩が教えるというのは距離を近くするのにいいかもしれない。
「勝負は興味はないけれど、ロディーナ嬢の演奏は聞いてみたいかな」
「……えっ。私ですか?」
勘弁してください。
聞けなくはないけれど……レベルなのだ。何とかして断りたい。期待されてがっかりされるほど心抉れるものはない。
「なら今度、ロディーナ様の誕生日会でそれぞれ発表したらどうだろう?」
「は?」
「そうすれば、僕とエドワード先輩が勝負することもできるでしょ? もちろん、審査をしろとかは言わないよ。先輩に悪いからね」
「……どういう意味でしょう? 分かりました。やりましょう」
ああああああ。あまりに煽るから、エドワード先輩の負けず嫌いな面がひょっこり顔を出してしまった。
最悪だ。
「ミケーレ様っ!」
「前にエドワード先輩はバイオリンが上手で、皆がうっとりしていたと言っていただろう? もちろんお遊びだよ。やったとしても好きな子にアピール程度。何かをかけるわけでもないのだしいいだろう?」
言ったね。
そういえば、学校案内した時にエドワード先輩を褒めたね。でもだからって、ねちっこく覚えていて、わざわざ喧嘩を売りにいかなくてもいいのに。確かにミケーレの腕はすごいけど……。
「ロディーナ嬢。殴り合いの喧嘩をするわけではないのだし駄目だろうか?」
「いや……駄目ではないのですけれど」
「ロディーナ様は僕の方が上手だから困ってるんじゃないかな?」
「そうなのかい?」
「ち、違いますから」
もう、私にどうしろと。
断りきることができず、何故か私の誕生日会でエドワード先輩とミケーレが演奏することになってしまった。ついでに私も……。
さっていくエドワード先輩を見送りながら、私はため息をつく。なぜこんなことに。
「ミケーレ様、何故エドワード先輩にあんなことを」
「んー。むかつくから」
ひどすぎる理由にため息しか出ない。少しは大人になったと思ったのに、特に喧嘩を売られれたわけでもないのに、むかつくという理由で煽って勝負をしないで欲しい。
やっぱり、あの時にミケーレの腕も褒めておかないといけなかったのか……。
「誕生日会に呼ぶなんて、ロディーナ様はエドワード先輩とも本当に仲がよろしいですのね」
「お二方の演奏を聴けるなんて羨ましいですわ」
「……わたくし、シルフィーネ様と仲良くさせていただいてますでしょう? 彼女は生徒会役員ですので、その関係でわたくしも仲良くしていただいているんです」
本当に仲がいいのは私ではなくフィーネだと伝えておく。その言葉に皆がなるほどと頷く。
エドワード先輩がフィーネのことが好きだという噂は出回っている。それにミケーレと二人きりにならないように私とフィーネは常に一緒にいるのですぐに納得してもらえた。
「でもうらやましいですわ」
誕生日会、呼んでもらえませんか? という裏の声が聞こえてきて、どうしようかなと悩む。
個人的に、自分の家にたくさん人が来るのはあまり好きではない。多分、メイドに騙され昔攫われかけた時、花見でたくさんの人がいたからだと思う。もう親とはぐれてはいけないという年齢ではないけれど、それでもなんとなく嫌だという気持ちが消えない。
でもここで呼ばないと選択するのは、悪意を持たれてしまうだろう。
「君たちだけを呼んだら、不公平になってしまうし、どれぐらい人を呼べるかメルクリウス伯爵に問い合わせしてからの方がいいのではないかい?」
「……ええ。そうですわね。申し訳ありませんが、よろしいかしら? 今年はミケーレ様が参加されるので色々警備面を強化しておりまして……。疑っているわけではございませんが、他国の王子を危険にさらすわけにはまいりませんもので、お呼びする方は王族の方にも確認していただいておりますの」
その言葉に、クラスメートたちは仕方がないと納得してくれた。むしろ王族が確認しているという言葉に、戸惑われている様子もある。
「ごめんね。大げさだなと思うけれど、僕の身に何かあったら、国際問題になってしまうからとても気を使われているんだ」
「い、いえ。謝らないで下さいませ。わたくしたちも、軽率な言葉を言ってしまい申し訳ございません」
ミケーレは気安いが、王族だということを改めて感じたようで、彼女たちは大慌てで謝罪をした。
その謝罪を寛大な様子で受け入れる。これで彼女たちから再び呼んでくれと言ってくることはまずないだろう。
国際問題まで出されては、何かあったらと思うと行きにくいはずだ。
歌の練習が終わり、解散となって、二人きりになると、ミケーレはパンと顔の前で手を合わせた。突然の行動に私はびくっと肩を揺らす。
「ごめん! まさかただのクラスメートが、誕生日会に呼んで欲しいなんて匂わせてくるとは思わなかった」
「えっ。ああ。大丈夫よ。ミケーレのおかげで、この先も呼んでと無理を言ってくる人はいないだろうから」
何の謝罪かと思えば、たくさんのクラスメートを誕生日会に誘わなければならないことになりそうだった件だった。こっちは無事に解決したのだから私に思うところはない。
「むしろエドワード先輩に喧嘩を売られる方が心臓に悪いのだけど」
「そっちは無理。どうしても腹が立つんだよね」
何故そんなに相性が悪いのか。
ミケーレがフィーネのことが好きというわけではないだろうに。
「でもあの場で煽るのは軽率だったよ。今度はもう少し周りに気を付ける」
「うん。それはいいけど……。でも、ミケーレは沢山の人にバイオリンを聞いてもらいたいとかはないの? もし発表の場が欲しいならば、クラスメイトが全員来られるように動くわよ?」
ミケーレの腕前は本当にすごい。
ほんの数人が聞くにはもったいない音色だと思う。
「別に。僕の音楽は大切な人や好きな人に贈るもので有象無象に聞かせるものではないんだ。だから問題ないよ」
「そうなのね。わたくしは練習だけど、沢山聞かせてもらえて幸運ね」
大切な人や好きな人に贈るものならば、練習でも聞ける幸運はなかなか巡ってこないだろう。たまたま年齢が近くて一緒に練習するから私はこれまで沢山聞いてきた。
「……うん。そうだね。ありがたく思いなよ!」
「はいはい」
偉そうに言うミケーレに私は苦笑した。




