音楽祭の練習
長期休み後のどこか緩んだ雰囲気もなくなり少し日差しが緩んできた頃、音楽祭に向けて練習が始まった。
「ミケーレ様のバイオリンの音色は素晴らしいですわ」
「ええ。本当に」
どのクラスもどういった出し物にするか話し合う中、ミケーレが自身の実力を見せる為にバイオリンを弾けば、皆がうっとりと目を細めた。女子生徒など、目がハートになっている。異種族という面を取り払っても、ミケーレの演奏は群を抜いて上手かった。
「ピアノはロディーナ様が弾いてよ。そうすればロディーナ様の屋敷で一緒に練習することもできるし」
その言葉にキャーと黄色い悲鳴が聞こえた。
私とミケーレは護衛の関係で学校では、ほぼ一緒に行動している。さらに幼馴染で親密な関係であるとミケーレが周りに話したせいで、今や私は当初彼に提案されたように婚約者または婚約者候補だという目で見られている。
救いはフィーネが必ず二人きりにならないように同席してくれるおかげで、はしたない行為をしているとはみなされないことだけだ。フィーネ様様である。足を向けて眠れない。
「推薦して下さってありがとうございます。ですがわたくしよりオルペウス伯爵家のジャック様やミューズ子爵家のアイビー様の方が上手ですわ。一度お聞きになられてから決めた方がよろしいかと思います」
芸術に力を入れている家系の方を差し置いて私がピアノ伴奏をやるのは正直勘弁してほしい。さらに初等部からこの学園で生活している私は知っている。私よりずっとこの二人の方が上手いと。
私がやんわり拒否すれば、ミケーレは少しだけ口を尖らせた。
「そっか。残念。練習なら、ロディーナ様の家に遊びに行けると思ったのになぁ」
「練習ではなく普通にお越しください」
「でも中々許可してくれないじゃないか」
「さすがに毎日は困ります」
普通です。
別に私も意地悪を言っているわけではない。でも許し始めたら、絶対、毎日入りびたり泊まる許可をもぎ取り、そのうち我が家の一室で生活し始めるに違いない。
寮は規則が厳しいので、我が家の方がのびのび過ごせるのだ。でも今回の留学には色々な思惑があるようだし、いろんな理由で寮生活になっているのだからルールを破らず大人しく寮で過ごして欲しい。
私としては少しワガママ王子な幼馴染をたしなめるだけの会話だけれど、たったこれだけのことで周りから好奇心の視線が飛んできて、げっそりしてしまう。
わざわざ仲がいいアピールをしてどういうつもりかとミケーレを揺さぶって問いただしたくはあるが、たぶん私が攫われたら容赦はしないぞと周りに無言の圧力をかけているのだろう。流石に何も考えていないということはないはずだ。
でも私の外聞がどんどん死んでいっている気がしてならない。
誰かと結婚する予定はないけれど、それでも微妙な気持ちになる。
その後ジャック様とアイビー様がピアノの演奏をしあい、ジャック様が伴奏を担当することに決まった。アイビー様とどちらも同じぐらいの腕前だったので爵位で決められた感じだ。一応学園の方針で身分差を持ち込まないようにとはなっていても、甲乙つけがたい場合は、選ぶ基準に入れられる。もしも私とアイビー様で比べられたら、うまいのはアイビー様だけど爵位は私が上なうえに異国の王子の推薦まであるという状況でとても私が気まずい空気になっていただろう。
ジャック様がいてくれて本当によかった。
授業時間に練習時間もとられるが、放課後にも各自自主練が入る。といっても、音楽室は全員で楽器演奏をすることに決めたクラスが使っているので、基本的に私達は教室か中庭で練習だ。
私はアルトパートなので、主旋律であるソプラノにつられないように気を付けないといけないので中々大変なのだ。
各パートごとで分かれて練習するけれど、ミケーレは一人バイオリンを弾くだけなので、私達のグループに顔を出しに来た。
「一人だけ男というのは気まずくないの?」
そこまで私に引っ付く必要はないと思い声をかければ、ミケーレは首を傾げた。
「性差よりも大きい、種族がまったく違う中に僕はいるんだけど。このクラスで僕のことを一番理解してくれるのはロディーナ様だろう?」
「……確かにそうですわね」
なるほど。確かに性差より種族差の方が大きいと言われればその通りだ。
「それにアルトパートはやりにくいでしょ? お手伝いするよ」
そう言って、さらっとバイオリンでアルトパートのメロディーを弾く。
「ミケーレ様は本当にバイオリンがお上手ですわ。花人は皆上手なのでしょうか?」
同じくアルトパートを歌うことになったアイビー様が頬を染め、うっとりとした顔をした。
「うーん、花人だからというのはないと思うけど。でもうまい方がモテるというのはあるから、皆頑張って練習しているかな? 僕もかなり練習したから」
ニヤッとミケーレが笑って話せば、皆がクスクスと笑った。
「やあ、ロディーナ嬢。君たちも音楽祭の練習かい?」
しばらく練習していると、通りかかったエドワード先輩に声をかけられた。
四大公爵家の先輩が現れたことで、一斉に皆が頭下げる。それに対してエドワード先輩が苦笑いした。
「練習を邪魔する気はないんだ。そのまま続けて欲しい」
「ありがとうございます。私たちはアルトパートを歌いますので、皆で練習しているところですの」
「アルトパート?」
エドワード先輩はいぶかしんだ様子で、この中の唯一の男性であるミケーレを見る。
それに対してミケーレは肩をすくめた。
「僕はバイオリンを担当しているから、アルトパートのお手伝いだよ。この国の言語は異国語だからね。歌より楽器の方がやりやすいんだ」
ミケーレは流暢にしゃべるので忘れがちだが、彼は彼の母国語が本来の言葉だ。
「ミケーレ様はとても流暢だから忘れてしまいますわね」
「家庭教師をつけて学んだのですか?」
「もちろん母国で家庭教師もつけたけど、昔から何度もロディーナ様のお宅に行っているから、実践で学んだ部分もあるよ。ロディーナ様も僕の国の言語を話せるから、教え合ったりしていたんだ」
「ロディーナ嬢も話せるのかい?」
エドワード先輩がびっくりしたような顔をしている。確かに女性で母国語以外の言語を操るのは珍しい。
「ええ。わたくしの家系は昔からミケーレ様の国と交流がありましたから、親から教えてもらうんです。ただどうしても訛りが出てしまうのですけれど」
「僕の国に来れたらそのあたりもちゃんと指導できるんだけどね」
フェロモンの関係で行ったら厄介なことになる可能性が高いので、行くのは難しいとは思っている。でもなまっていてもかなり話せるほうだと思う。
だから私は将来、通訳という職業もできるのでないかと考えていた。
「……ロディーナ嬢は行きたいと思っているのかい?」
「そうですね。問題が解決したなら、行ってみたいとは思います」
もっとまともにフェロモンのコントロールが可能となれば、観光してみたいという興味はある。
「いろんな国、行くことができたら、きっと楽しそうですよね」
「へ? いろんな国?」
「はい。エドワード先輩は異国を観光してみたいなと思いませんか?」
エドワード先輩が、何故か戸惑った顔をしている。
エドワード先輩はあまり旅行を好まないタイプだっただろうか? それとも異国だと心配というのがあるのかもしれない。
鎖国が長かったこの国は異国語をしゃべれる者も少なく、異国への旅行は盛んではない。
「あ、ああ。そうか。観光旅行という意味でか……」
「はい。そうですけれど?」
観光旅行以外で? 仕事でということだろうか?
そういう仕事も夢があるなとは思うけれど、どういったものならできるだろうか?
まだ高等部卒業まで時間はあるけれど、そろそろ女性は結婚を見据え始める時期だ。つまり私も将来を考えなければいけない。
私はどんなことができるだろう。
「そう言えば、エドワード先輩もバイオリンが上手なんだっけ?」
「ちょ、ミケーレ様?」
「勝負してみません?」
ほのぼのと将来のことを想像していると、突然ミケーレがエドワード先輩を挑発しだして、私は白目を向きたくなった。だからなんで、ほのぼので会話を終わらせてくれないのか……。
頭が痛いと、私は小さくため息をついた。




