意見交換
黒いものを背負った状態で落ち込み、しゃがみこんだエドワード先輩はそのまま黙り込んでしまった。二重の当て馬であった事実は彼の精神に相当のダメージを負わせたようだ。しかし何事も最初が肝心。計算式と同じで、最初に間違えれば、その後どれだけ正しい情報を追加しても間違った答えへと導いてしまう。
とりあえずまずは自分の中で整理してもらうのが一番だろう。
エドワード先輩はそのままにして、私は机に置いておいた過去問を箱の中にしまっていく。
「……何やってるんだよ」
「片付けですけれど。もうお客は来ないでしょうし、先生からも情報の売買を見逃しはするが終わったらすぐに片付けて帰宅するよう言われておりますから」
あらかた片付いたところで、エドワード先輩が復活したようで声をかけて来た。
「いや、まあ。うん。なるほど? まあ、そうだな」
納得はいかないが理解はできると言ったところだろうか。エドワード先輩は首を傾げながら頷づいた。
「話をシルフィーネ嬢のことに戻してもいいだろうか?」
「はい。かまいません。何が知りたいですか?」
「どうしてシルフィーネ嬢は、オリバーが好きなのに、俺やアルフレッドに思わせぶりな態度をとったのだろう」
「思わせぶりですか……」
疑問を投げかけてはいるが、エドワード先輩の根底にはシルフィーネ様への不信感が見え隠れしている気がした。
なるほど。男性からすると、シルフィーネ様の行動は思わせぶりにとられるのか。まあ、女性からも八方美人、男へ媚びている、色目を使っているなどの悪意ある噂を立てられてもいる。
確かにシルフィーネ様は、ただの天然ではない。ある程度の計算をして行動できる賢い女性だ。
「思わせぶりにエドワード先輩は感じられたかもしれませんが、前提としてシルフィーネ様はエドワード先輩もアルフレッド先輩も誘惑しようという気はまったくございません。彼女が好きなのはオリバー先輩です」
「うぐっ」
真実はエドワード先輩に強い衝撃を加えてしまったようだ。胸を押さえているが、そこはちゃんと直視してほしい。
「彼女は相手が不快にならないように立ち回っているだけです。殿方は女の子は花のようにいい香りがして、砂糖菓子のように可愛らしいと思っていますよね? 彼女はそんな殿方に合わせて、綺麗な部分だけを見せるようにしているだけです。相手を不快にさせないように会話し、行動することは罪なことではないと思いませんか?」
その動きが、彼女に好意を持ってしまった者には『思わせぶり』だと感じさせるのだとしても、不快にさせないように立ち回ることが罪だとは私は思わない。
「だが好意がないのならばないとはっきりとした拒絶をしても――」
「拒絶をして、ただですむと思いますか?」
男性側がのめりこみ、騙されたと思わされる前に線引きしてほしい。
その意見も分かる。分かるけれど、それは果たして本当に、シルフィーネ様のしなければいけないことで、できることだろうか?
やんわりと、友達でいるための距離をシルフィーネ様はとろうとしていみえる。だから誰とも付き合ってはいないのだ。でもそれを無視して距離を詰めているのは男性の方だ。
「女性より男性の方が力が強いです。だから女性は女性なりの身の守り方をします。その一つが、相手を不快にさせない、相手の望む姿を見せる方法です。シルフィーネ様は正しくご自身の武器を身にまとい、社交という戦場に立っています。それを一方的な意見で断罪するのは非常に不愉快です。そして、四大公爵家という身分も上の方に対してはっきりとした拒絶をして、彼女の家になんの被害もないと言えますか?」
「俺はそんな卑怯な真似はしない!」
軽い苛立ちを胸の奥に押し込み、できるだけ淡々と説明をすれば、エドワード先輩は強い口調で否定した。彼ならそうだろう。エドワード先輩について情報を集めている私も同意見だ。でもそれは知っている者が見た話だ。
「はい。エドワード先輩の性格ならそうされると思います。きっとはっきりとした拒絶があれば身を引くだけでしょう。でもそれはエドワード先輩から見た図です。エドワード先輩とアルフレッド先輩の性格を知らない、シルフィーネ様は自分の所為で実家への被害が広がるのを恐れ、当たり障りなく距離をとろうとされています。この件に関して、わたくしはシルフィーネ様が悪いという話ではないと思いますわ」
花のようにいい香りがして、砂糖菓子のように可愛らしいシルフィーネ様は、そうなるための努力をされている。それは私にはできない戦い方だ。だからこそ、その努力を自分の都合だけで善悪に分ける行為が嫌いだ。
「……すまない。その通りだな。シルフィーネ嬢を好きになってしまったのは俺の方で、俺がどういう人間かを知ってもらう努力もしないまま、四大公爵家の嫡男の言葉を嫌なら拒絶しろというのは無理がある。ロディーナ嬢にも不快になるようなことを言ってすまなかった」
「いえ。かまいません。わたくしのことを言われたわけではございませんから」
潔く頭を下げるエドワード先輩に私は苦笑いした。
とてもまっすぐで、潔い。そんなエドワード先輩だからこそ、私は幸せになってほしくて取引を持ち掛けたのだ。
きっとエドワード先輩とシルフィーネ様ならば、幸せになれると思って。
「それにしてもロディーナ嬢はシルフィーネ嬢のことが好きなのだな」
「……わたくしが彼女と友達だとよく知っていましたわね」
「それは知らなかったが、あれだけ熱弁されれば分かるさ」
私は学校で大っぴらにシルフィーネ様と一緒にはいない。クラスメートなので、会話はするけれど一歩引いた関係にしている。そもそも学校では誰とも深い関係は築かないようにしていた。
異種族というのは、この国では本当に生きにくい。大っぴらに異種族差別をすると他国から非難されるし、鎖国を終えたこの国には異国から異種族も入ってくるからいじめなどはない。
だから普通に会話し、取引などの交流は持つ。でも異種族と仲良くしているだけで、奇異の目で見られる。私は友人に私と同じような不快な思いをして欲しくはない。
「シルフィーネ様は優しくて努力家で、素敵な方ですから。間違えないで欲しいのですが、シルフィーネ様が私を避けているわけではなく、わたくしが学校では一歩引いてお付き合いして欲しいとお願いしているんです。わたくしと一緒にいると、不快な噂を流されてしまう可能性が高いですから」
差別というのは根深い。
だから大っぴらには関わらない方がいい。
「そこまで気にしなければいけないのか?」
「いけません。この学園で見初め合い卒業後に結婚ということもございます。その時花人の特徴を持つわたくしと友人であるというだけでマイナス要因となります。ですから次からはエドワード先輩もわたくしと会う時は、できる限り他者に知られないようにして欲しいです。わたくしはエドワード先輩の恋の邪魔もしたくないですから」
私は誰かの邪魔になんてなりたくない。
「俺がロディーナ嬢と仲良くしたところで咎めれる人などいないのだから気にするな」
胸を張って堂々と言い返され、私はぽかんと口を開けてしまった。
そしてはっと我に返る。
「いやいやいや。人の話ちゃんと聞いていましたか?」
「聞いていた。誰かの不利になりたくないから関わらないのだろう? なら、不利にならないならいいだろ。四大公爵家の一つアルテミス公爵家に何か言える奴がいるなら逆に面白い。ロディーナ嬢は俺のために色々調べてくれる恩人だというのに、自分の身可愛さに関わらないとかありえない。そしてぶっちゃけ面倒くさい」
「そこは面倒がらないで下さいませ」
まっすぐな人だとは分かっていたけれど、まさかこれからも堂々と交流を持とうとするとか……。頭が痛い。
「それに今は異種族差別をこの国からできるだけなくさなければいけない。俺がロディーナ嬢と仲良くするのは国の方針から外れてないからいいんだ」
「……そうですか」
確かに外見が明らかに異種族な私と普通に交流している姿を見せるのは悪いことばかりでもないのだろう。得があると言われれば拒否できない。
でもシルフィーネ様を口説きたいのに他の女性と仲良くなるのは本来ならあまりよくないというのは分かっているのだろうか? あまりにまっすぐすぎて、私は小さくため息をついた。
「ところでこの問題集はどこに持って行くんだ?」
「馬車まで持って行く予定ですが」
「もう終わりなら一緒に行こう」
そう言って、ひょいとエドワード先輩は箱を持ち上げた。
「えっ。自分で持ちます」
「女性に大きな荷物を持たせて自分は手ぶらなど、俺が恥をかく。それにしても売る前は重かっただろう? どうやって運んだんだ?」
「もちろん自分でですけど。女性はペンより重い物は持てないというのは迷信ですから」
高貴な女性ほど荷物を自分では持たないからそう言われるが、普通にこれぐらいなら持てる。
「わたくし、自分のことは自分でするようにしていますの」
「ロディーナ嬢は偉いな」
「……褒めても情報代はちゃんといただきますから」
当たり前のことを褒められて私はどう返事をしていいか分からず憎まれ口のような言い方になってしまった。シルフィ-ネ様ならどうやって答えただろう。
私は心の中でため息をついた。
「お運びいただきありがとうございます。少しお待ちください。……こちらが今月のシルフィーネ様が水やりに行くだろう日付です。こちらの情報で、運んでもらった恩は返したということにして下さい」
「別にこれぐらいいのに。でもありがとう。まずは仲良くなってみるから、いい続報を待っていて」
馬車まで運んでもらったので、私は紙にオリバー先輩の当番日を書き出し手渡す。エドワード先輩は苦笑いしながらその紙を受け取った。
その後しばらくエドワード先輩から連絡はなかった。
うまく行っているといいけれどと思っていると、ある日靴箱に手紙が入っていた。家紋からエドワード先輩からだと分かる。
さっと鞄に隠し、誰もいない場所でそれを開き読んだ。
「は?」
『どうしよう。オリバーと仲良くなったんだが、彼はとてもいいやつだ』
シルフィーネ様との恋の進展とはいかなくても、せめて仲良くなった報告が来ると思ったのに、なんでそうなる?
私は恋敵と仲良くなったエドワード先輩の人タラシ能力にため息をつき、どうするのが一番いいのか、痛む頭を押さえた。