一目ぼれ
「とりあえず、早朝の水やりはわたくしが一緒でもいいの?」
「一緒がいいわ。嘘はここぞという時以外はつかない方がいいもの。もしも嘘だとバレた時、本当のことも信じてもらえなくなりそうだから」
「確かにそうね」
二人きりでの水やりを許してない彼女の親が、嘘をつかれたと知れば、強制的にどこかに嫁がせようとするかもしれない。
最悪エドワード先輩の四大公爵家の力を使えば止められるけれど色々こじれるだろうし、結婚に関しては親の同意が必要だ。だとすれば、印象を悪くしない為にも、嘘はつかず私も一緒の方がいいだろう。
そんな話をしていれば、鐘が鳴った。
昼休み終了五分前の鐘だ。流石にもう教室に向かわないといけない。ミケーレの方を見れば、あちらも話を止めたようでこちらを見ていた。
「エドワード先輩、オリバー先輩。そろそろ教室に向かわなければいけませんので。ごきげんよう」
「あ、ああ」
「じゃあ、また」
なんだか微妙な顔をしている二人に挨拶をして私たちは教室に戻る。
「ミケーレ様、一体、先輩たちとどのような話をしましたの?」
「男同士の恋バナ」
「は?」
とんでもない単語に私は固まる。えっ。恋バナ? えっ。したの? あの場で?
フィーネのことが好きなエドワード先輩と、フィーネが好きなオリバー先輩と?
そりゃ微妙な表情にもなる。
ミケーレは混線しているこの恋愛矢印を知らないからその話題をふったのだろうけど。すごく話し合いの場が混沌としていそうだ。
「なぜそのような話をすることになりましたの? もしかして、ミケーレ様の好きな方はこの学校にいらっしゃるのですか?」
フィーネの言葉にミケーレはニコリと笑った。肯定も否定もしない。
「内緒。ただ、この国では婚約者でもない男女が二人きりでいるのはよくないことなのだろう? そのあたりのマナーをたずねるついでにね。花人と人族は色々習慣が違って、愛を伝えること一つでさえかなり違うんだ」
「どう違いますの?」
「この国の貴族は、婚姻を家が決めるんだろう? 本人の気持ちを無視してもそれが成立する。でも花人は相性を重視する。好きになると求愛のフェロモンを出して好きだとアピールして、相手から受け入れるフェロモンが出なければ婚姻は成立しない。求愛フェロモン自体は、男女どちらからも出るもので、受け入れフェロモンも同様。でも受け入れは求愛フェロモンを感知しなければ絶対出ないんだ」
「へぇ。その求愛フェロモンって自分に向けられていると分かるものなのですか?」
「もちろん。求愛フェロモンは向けられた本人だけがいい匂いと感じるものだからね。だから他者の意見だけで無理やり婚姻などできないんだ」
花人はフェロモンで様々なコミュニケーションをとるとは知っているけれど、思った以上に動物的感覚が強い気がする。フェロモンが関係するならば心のない結婚というものは存在しなくなる。
「ロマンチックな気はしますが、それで成り立ちますの? 好きではない相手と結婚できないとなると、結婚できない方もいませんか?」
「結婚できない者はいるし、逆にハーレムを築いている者もいる。僕の国では男女共に重婚も認められているから。でもうまく関係が築けなければ、求愛フェロモンも受け入れフェロモンも出なくなって破局もする。破局後は独り身で過ごす者も結構いるし、次の者ができる者もいる。でも生まれた子供は成人までどんな形でも構わないから、健やかに成長できるよう両親が面倒を見なければいけないことが法律で決まっていて、その責任を放棄すると懲役刑になる。両親が懲役刑になった場合は、子供は国が面倒を見るようになっているんだ」
「だいぶんとわたくし達の国とはやり方が違いますわね……」
この国では重婚は認められず、結婚相手以外ととなれば愛人という言い方になる。そして子供に関しては親の財産という感覚が強く、育てるのが普通ではあるが、育てなければならないという義務はないので捨てられることもある。
「そう。だから色々分からないことも多くてね。ちなみにエドワード先輩が恋しているお相手のことは、見た目で一目ぼれをしたそうだよ。見目で惚れるというのは、僕の国でもよくある話だね。第一印象はとても大事だ。でも案外それだけで出た求愛フェロモンは消失も早かったりす――」
「ミケーレ! そういうことは、この国では本人の許可なく広めてはいけないことよ?」
たぶんフェロモンやら頭の花やらで、言わなくても周りに伝わってしまうのが花人なのだろう。でも人族は言わなければ伝わらないし、そしてその一目ぼれ相手は現在目の前にいるという……。
気まずいどころではない。
「そうなのか。でも頭に白い花飾りをつけ、髪に太陽光が当たってキラキラした姿が素敵って、悪い話ではないと思うんだけど」
「花飾り?」
「あっ。それ、たぶん今年の入学式の時の髪型だと思いますわ」
学園では学業が優先なので、パーティーなどのイベントの時以外は、あまり華美にならない恰好が推奨されている。なので普段のフィーネはリボンをつけるぐらいで、装飾品は付けていない。だから花なんてつけている姿が思い浮かばなかったが、確かに入学式の時は皆、頭に花を飾ったり、首飾りや耳飾りを付けたりしている。
それにしても、自分のことだと分かっていても動揺を見せないフィーネは肝が据わっている。まあ、元々フィーネは人から好意を向けられることが多い子供で、一目ぼれされるなんてこともしょっちゅうだったけれど。
「あれは、実はロディーナ様とお揃いにしたくてつけていましたの。ただ生花ではないので、ロディーナ様の可愛らしい花には負けますが」
頬を染めて照れるフィーネが可愛い。
そうか。お揃いにしていたのか。……あの時学園では、距離を置きましょうと言っていたはずなので、最初からなし崩しにさせる作戦をしていたということだ。フィーネの策略が恐ろしいけれど、照れるフィーネは可愛い以外の何ものでもない。
「今度の音楽祭でもあのお揃いの髪飾りは絶対、つけますわ。そうですわ。折角ですし小物をそろえませんか? 他の方に聞いたのですけれど、仲の良い女子生徒は、お揃いのアクセサリーを身に付けたりするのですって」
「いや、うん。それはいいけれど、シルフィーネ様はその……こういう話気まずくありません?」
お揃いのおねだりをするフィーネは可愛いけれど、そもそもこの話の出発点はエドワード先輩がフィーネの見目に一目ぼれしたという話だ。
「だってロディーナ様は知っていらっしゃるでしょう? そしてミケーレ様も知っているからお話になられたのですし」
「……いえ、どうして好きになったのかは聞いてないわ。わたくしは、行動を見て感情を推測しているにすぎませんから」
気が付いた時にはエドワード先輩とアルフレッド先輩がフィーネに恋をしているのがありありと分かる状態だったのだ。それにしても見た目で一目ぼれだったとは。
まあ、フィーネが群を抜いて可愛いのは認める。
「でもエドワード先輩が一目ぼれされるほど、わたくしの見目は可愛いかしら? 四大公爵家の方は自制心が強いと思いますけど」
「それは、可愛いと思う」
「ロディーナ様は私びいきすぎるから、信用しきれませんわ。ミケーレ様はどう思われます?」
私の言葉は信頼できないと言い、ミケーレにフィーネは話をふった。えー。別に贔屓なく可愛いと思うのだけど。
「君のことをかい? 可愛らしいとは思うよ。一目ぼれはしないけれど」
「ありがとうございます。ロディーナ様のことはどうですか?」
「……可愛らしいと思うよ」
一瞬の無言には、何か否定文が入るのではないだろうか。ミケーレに可愛いと言われるとなんだか微妙な気分だ。もしも無言に単語を入れるなら……。
「羽があればですわよね?」
「いや、羽がなくても、可愛いと思う」
えっ。なくても?
『空を飛ぶことができない、地を這う虫のようで気持ち悪い』と言ったのに?
ミケーレに昔言われた言葉を思い出してギョッとしてしまう。如実に表情が出てしまったからだろう。ミケーレはふいっと目をそらした。
「……子供の時、傷つけるようなことを言ってしまって悪かった。ロディーのことは可愛いと思ってる。嘘じゃない」
そう言うとミケーレは顔をそむけたまますたすたと自分の席に座ってしまった。
……本当に、ミケーレ、変わったな。
私はかつてわがままで、意地悪してきたミケーレは、本当に彼なのだろうかと思ってしまった。




