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砂糖菓子娘  作者: 黒湖クロコ
本編
37/75

私の好きな人

 フィーネは私の好きな人の話の何を聞きたいのか。

 そしてそれは伝えてもいい情報かどうか。

 今まで彼女から聞いた情報を組み合わせ、フィーネが一番聞きたいだろうことを推測してから私は口を開いた。

「オリバー先輩に対して、恋愛感情としての好きはないわ」

 最近オリバー先輩と仲良くなり、一緒にいることも増えた。そしてオリバー先輩のことが好きだとフィーネからも直接聞いたばかり。

 オリバー先輩にも選ぶ権利があるのだから私は『ない』だろうけれど、恋する乙女からしたら『ない』女でも心配にもなるだろう。

「話すことが増えたのは、エドワード先輩に食中毒の件の相談を受けて、その後もオリバー先輩が相談に乗ってほしいと言ったからよ。友人として協力したいと思う程度の好意はあるけれど、恋愛としてというのはないわ。ただ心配なら、朝の水やりはわたくしの名前だけ貸して二人きりでこれからも行ってもいいわ」


 本当はそれをするとエドワード先輩がより不利になってしまうから微妙だけれど、でも恋愛というのは障害があるとより燃え盛るという傾向がある。周りから否定されると、逆に絆が強くなってしまうのだ。だからここはあえて無理やり仲を引き裂こうとしない方がいいだろう。

 エドワード先輩はよりいいところを見せてフィーネをドキっとさせ、頼りになるところをアピールして欲しい。

 私の言葉に嘘がないと分かったのか、フィーネはほっと息を吐いた。

「よかった。ロディーが好きなのはエドワード先輩の方だったのね」

「は、はい?」

 これは黙っておこうと思った情報をあっさり開示されて、声が裏返った。

 えっ? 態度に出てた? 

 エドワード先輩に近づく時、絶対悟られないようにしようと思っていたのに。


「大丈夫よ。エドワード先輩とオリバー先輩は絶対気がついていないから。それで、エドワード先輩のことはいつから好きなの?」

「い、いやいやいや。待って。なんで好きで話を進めるの?」

「だってロディー、私とエドワード先輩を引っ付けようと動いてるでしょ? だとしたら理由は、オリバー先輩が好きだからか、エドワード先輩が好きだから協力しようかぐらいかなって。でも私を蹴落としてもオリバー先輩と付き合いたいというのはロディーらしくないとは思ったの。ロディーはどちらかというと自分に好意が向けられるのを怖がるし。だから本命は逆でエドワード先輩が好きだから、エドワード先輩の恋を応援しようとしてるのかなって」

「……スバラシイです」

 正解だ。

 私が分かりやすいのではなく、フィーネが私のことを理解しすぎているのだと思いたい。


「エドワード先輩と私をくっつけて、自分の恋を終わらせようと思ったの?」

「ううん。エドワード先輩と婚約するのが一番フィーネの環境としてはいいと思ったから、先輩に協力しようと思ったの」

 多分私の恋心は永遠にこのままだと思う。

 私の言葉に、フィーネは呆れたような顔をした。でも勝手なことをしてと怒ってはいなさそうだ。

「好きならロディーがエドワード先輩の恋心奪っちゃえばいいのに。どうして私とになるのかなぁ。まあ、頭のいいロディーがそれが最善だと考えたのなら、実際最善なのだろうけど。でも私はオリバー先輩が好きだから」

「うん。だからエドワード先輩には、フィーネが好きにならざるを得ないぐらい頑張ってもらうつもり。というか、そもそもオリバー先輩とエドワード先輩が仲良くなっていることが想定外すぎるんだけど」

「まあ、オリバー先輩を嫌いでいられる人間なんていないということよ」

 確かに。嫌うには、オリバー先輩は善人過ぎる。

 でもそこで恋敵と親友になろうと考えるエドワード先輩は私の想定を超える人だ。


「それで、いつから好きなの」

「えっ……やっぱり言わないと駄目?」

「私も教えたじゃない? 絶対誰にも話さないから。私とエドワード先輩をくっつけようとするぐらいだから、内面で引かれるようなことがあったんでしょう?」

 確かに外見は美形だ。成績優秀で、家柄もいい。でもそれだけなら、アルフレッド先輩でもいいではないかとなる。


「昔、私が連れ去られそうになったことがあった話はしたことがあったでしょ?」

「ああ。ロディーが大好きだったメイドに裏切られた時のことよね? 小さなロディーになんて酷いことをしたんだろうと思ったからしっかり覚えているわ」

「私としては、だから人の好意を信じられないってフィーネに八つ当たりしたことを覚えていてくれればいいのに」

「そんなことあったかしら? もう忘れたわ」

 ずっと優しくしてくれたメイドは、本当に優しい人だった。だから彼女に部屋の一室に閉じ込められ、裏切られたのだと知った時から、ただの好意は恐ろしくなった。

 好意に打算や理由がある方が私は安心できた。私が役に立つから好き。私から情報を貰いたいから好意的に近づいてきていると分かれば、それ相応に動けるからだ。

 でも好きに納得できる理由が見えないと、何かを企んでいるのかと疑心暗鬼にかられてしまう。

 そして好意を示してくれる相手を信じられない自分の醜さが苦しくて、孤児院でボランティアをしても距離を置く私にずんずんと近づいてくる綺麗なフィーネに八つ当たりしたのだ。

 でもなら信じられるまでずっと一緒にいるとフィーネ達からの好意を否定する私をフィーネは許した上で、ひたすら私に愛を注いだ。フィーネはロディーがしてくれたお返しをしているだけだと言ったけれど、私はそこまでのことをしていないと思う。

 でも好きだという気持ちを注がれて、注がれて、やがてあふれかえって、私はフィーネが好きでたまらなくなった。今でも好意を向けられるのは苦手だけれど、フィーネは信じられる。というよりは、フィーネになら裏切られてもいいと思っている。


「まあ、その連れ去られて閉じ込められた時に、助けてくれたのがエドワード先輩だったの。あの時どれだけ叫んでも、ドアを叩いても誰も開けてくれなかった扉を、彼だけが開けてくれたの」

 私が六歳だったから、エドワード先輩は七歳の時の話だ。

 エドワード先輩は子供の泣く声が聞こえて、大人の制止を振り切って、自分が怒られるかもしれないのに立ち入り禁止にしてあった部屋まで行き、扉を開けた。あの時エドワード先輩がいなければ、私は連れ去られ、素材にされていただろう。

 見て見ぬふりをされていた中で、彼だけが助けてくれた。これで好きにならないはずがない。

 そしてその、エドワード先輩のことを調べれば調べるほど好意は強くなった。

「なるほど。エドワード先輩はロディーの白馬の王子様だったわけね。でも私がその場に居たら、私だって絶対ロディーを助けたわ」

「うん。ありがとう。きっとフィーネだったらそうしてくれると思う。でもエドワード先輩だからこそ、あの暴挙は許されたことよ? いい? もしもわたくしが攫われそうになっても助けるためにまっすぐ向かうのは止めて」

 多分、あの騒動は四大公爵家が関わっていた。四大公爵家が相手では、フィーネが危険にさらされてしまう。

 特に今は、ミケーレの件もあるのだ。何か事件が起きないとは言えない。


「あー。そういう……。ロディーがエドワード先輩とくっつけようとするのは権力云々という話ね。分かったわ。絶対真正面から正々堂々と助け出そうとはしないわ。でも絶対私はロディーが不幸せになることなんて許さないから、いろんなものを使って助けるわ」

「いろんなものって、逆に何をするのか怖いんだけど。フィーネ自身を削るような真似も、本当にやめてね」

 フィーネが言うとガチ傾国の美女でもやって、たくさんの男を手玉に取り権力を使って、私を助けに来そうな気がしてしまう。

「なら、そんなことしなくてもいいようにしてよ。そしてロディーは心配するけど、私は強かで打たれ強くて、守られなくても大丈夫な女よ。ロディーがエドワード先輩を応援するのを止めはしないけれど、私はロディーにも幸せになって欲しいんだから」

「わたくしの幸せは、わたくしが好きな人が幸せなことよ」

 誰かからの好意を受けることが今も苦手だからこそ、私は私が好かれることより、私が本当に好きな人が幸せでいてくれる方がずっと嬉しいのだ。

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