フィーネの好きな人
ミケーレ、お願いだからオリバー先輩にいちゃもんつけたり強く当たったりしないでと念を送ってみるが、伝わる気がしない。エドワード先輩に何かのマウントを取ろうとしているような雰囲気があるぐらいなのだ。
どうなってしまうことかと戦々恐々していたが、意外に和やかに食事ができた。
「へぇ。エドワード先輩は生徒会長をやっていて、オリバー先輩は園芸部の部長なんだ。ロディーは何かやっていないの?」
「わたくしは自分の趣味に時間を使いたいので、特に何もしておりませんわ」
えっ。いや、うん。誘ったのは確かにミケーレだ。だから彼が空気を悪くすることは普通ならないだろうけれど、私の知っているミケーレはもっと傍若無人だった。……やっぱり、年齢が上がって我がままばかり言わなくなったということだろうか?
腹が立つとすぐ手が出て頬を引っ張る癖は変わっていないけれど、ミケーレは成長して、腹では何を思ってもそれを即行動には出さなくなったようだ。
正直もっとフォローを入れなければ大変なことになってしまうかもと思っていたので、肩透かしな感じでもある。
「花人の国の学校も似たような感じなのかい?」
「そうだね。似ているけれど、でも上下関係はこっちよりもう少し強いかな。花人はフェロモンでコミュニケーションをとるから、何かあった場合力の強い者はフェロモンで威圧する。そして弱者は強者に従いたくなる。だから僕らの国で、王族は特にフェロモンでの威圧が強いってことだね。体制は正直人族より実力主義だと思う。名家というものはあるけれど、そこの生まれだから統治者になれるわけじゃないから」
「ロディーナ嬢も威圧というものはできるのかい?」
「多分やろうと思えばできるのでしょうが、出ているかどうか分からないのでなんとも……」
受容器がないせいで、私はフェロモンが出せているかどうかが分からないのだ。オリバー先輩の言葉に私は首を傾げながら答えた。
「ロディーはできるよ。僕たち王族並みに強い。でも出している感覚がないからコントロールが効かないんだ。だから僕らの国で過ごすととても大変なことになる」
「えっ。もしかして過去に威圧するフェロモンが出ていたことありました?」
「うん。苛立つと、無意識に出しているみたいだね。まあ、相当怒らせなければほとんど出ないようだけど」
「それは申し訳ございませんでした」
強いということは、たぶん気が付かないうちに威圧フェロモンをぶつけていたことがあるということだ。それはとても失礼なことだし、ミケーレでなければ許してもらえなかっただろう。私は平謝りするしかない。やっぱり私は花人として花人の国で生きるのは難しいようだ。
「いいよ。僕もその時、ロディーにとても酷いことを言ってしまった自覚もあるから、お相子だ。ただもしもこの先花人と話す機会があったら、気を付けないといけないよ。君のフェロモンは色々強すぎる」
「忠告ありがとうございます」
ミケーレの国に住む気は元々ないけれど、今後花人に関わらないわけではない。ありがたすぎる忠告だ。多分自分の先祖もこのあたりで苦労したのだろう。
「ミケーレ様とロディーナ様はまるでご兄妹のようですわね」
「そうだね。彼女は僕にとって手のかかる妹のようだよ」
「……同い年なので悔しいですが、花人のことに関しては頼りっぱなしですから、そうなりますわね」
精神年齢は絶対自分の方が高いと思っているけれど、教えてもらう立場なのは私だ。
そんな感じで私とミケーレとの関係について話していれば、弁当箱の中身はいつの間にかなくなっていた。次の時間は移動教室ではないのでもう少し会話する時間はある。先輩方はどうだろう。
「ねえ。ちょっと男同士で話したいことがあるから、少し席を離してしゃべらないかい?」
「えっ?」
「もちろんお互いが見える範囲でだよ?」
ミケーレが突然言い出した提案に、私は目を瞬かせた。確かに蟲による護衛ならば、見える範囲程度ならば問題ないのだろうけれど。
でもオリバー先輩とエドワード先輩とミケーレという組み合わせでの話し合いなど、どうなるか分からない。不安だ。ものすごく不安だ。ミケーレが思いのほか大人になっていたけれど、やっぱり不安だ。外交問題だけはやめてほしい。
「いいね。男にしか聞きにくいこともあるだろうし」
「……まあ、そうですわね」
エドワード先輩が肯定したことで、私もしぶしぶ頷く。
基本的に男性は男性の、女性は女性の社交をする。だから女の私ではミケーレに伝えきれないこともあるだろうし、ミケーレも聞きにくい話もあるだろう。
ミケーレの提案で、男三人は少し離れた場所に行ってしまった。その為思わぬ形でフィーネと二人きりで話ができる状態になった。
「少し言葉を崩してもいいかしら?」
何から話そうかと思っていると、フィーネの方から切り出した。フィーネは完璧なお嬢様に扮して入るけれど、元々はもっと庶民らしい率直なしゃべり方の少女だ。だからきっと言葉を崩した方が、自分の本音がしゃべりやすいのだろう。
その為私は頷いた。
「ええ。大丈夫ですわ。ただ小さめの声で話しましょう」
誰が聞いているか分からない。それに対してフィーネも頷く。
「ありがとう、ロディー。実は朝の水やりの件だけど、オリバー先輩と二人きりで水やりをしていることがお父様に伝わってしまったの。だからできたら一緒にできないかお願いしたの」
やっぱりそうだったのか。
どういう経緯で伝わってしまったのか分からないが、婚約者でもない男性と二人きりになるのは、あまり褒められた行為ではない。見つかればやめるように言うのが普通だ。そもそもフィーネは園芸部に入ることも止められているぐらいなのだから。
「そのことなのだけど……フィーネはオリバー先輩のことが恋愛感情で好きだということでいいかしら? もしもただ水やりだけが目的ならば、わたくしが一緒でなくても、オリバー先輩ではなく別の女子生徒と一緒に行うこともできると思うわ。むしろその方が外聞は守られるし、貴方の家も許すと思うの」
フィーネがオリバー先輩にこだわっているのかどうか。これによって対応が変わる。そして私も直接フィーネの気持ちを聞いてみたかった。
私はフィーネの行動からこうだろうと予測を立てていたにすぎない。
私の言葉に、フィーネは恥ずかし気にピンクに頬をそめ、コクリと頷いた。その笑みだけで本当に好きなのだと分かった。
「うん。私、オリバー先輩が好き」
「どうして好きなのか伺ってもいいかしら?」
私はエドワード先輩を応援している。その方がすべてが綺麗に丸く収まるからだ。……でもフィーネの気持ちを傷つけたくもなかった。
そのためにも、私はフィーネが何を思って、何が一番の幸せになるか知る必要がある。
「えっと、園芸には元々興味があったの。平民もやっていることで、貴族でもやれることだから。でも生徒会に入ることが決まっていて、親からも生徒会を優先するように言われて園芸部に入ることは許されなかったわ。それでもどんなことをやるのか興味があって、そっと覗いたの。その時ね、間違えて植木鉢を壊してしまった生徒がいたの。その植木鉢、オリバー先輩個人のもので普通なら怒るでしょ? でも先輩は怒らず、壊した生徒に怪我がないか心配したの。それでその生徒を保健室に送った後、一人で植木鉢を片付けながら、花にごめんなって謝りながら植えなおして、折れてしまった茎に添え木をしてたの。なんかそれを見ていたら、いいなって思って」
折れてしまった花を捨てるわけではなく、植えなおして治療するのはオリバー先輩らしい気がする。そして壊れてしまったことより壊した生徒を心配するのも。
「それで話しかけて、その後興味があるけれど園芸部に入れないことを伝えたら、一緒に水やりだけでもどうかと誘ってもらえて……そんな優しいオリバー先輩だから好きになったの。貴族って裏表があって怖いなって思うことも多かったけれど、オリバー先輩は本当にお人よしなんだよね。だから私もオリバー先輩の力になれたらなと思って。何ができるかまだ分からないけれど」
貴族社会では損得がとても重要だ。
婚約するならばお互いの家にとってメリットがある相手とする。でもフィーネの言葉にはそんなものはなかった。
優しすぎるオリバー先輩。いい人だけれど、貴族としては美点とは言い切れない。
でもだからこそそこが好きで、自分が彼を支えれたらと思うフィーネ。
損得だけならば、絶対フィーネはエドワード先輩と結婚した方がいいと思う。絶対的な安全を得るならばエドワード先輩だ。オリバー先輩は優しいし善人だとは思うけれど、私は優しくて善人というだけではフィーネを守れないと思う。でもフィーネは守ってもらうのではなく、自分が支えたいと思っている。
何が一番フィーネにとっての幸せになるのか。
ただ利益だけでお互いが別に好きな相手がいる結婚は幸せではないことだけは分かる。それは分かっているからこそ、私はままならない状況にそっと心の中でため息をつく。
「ねえ、私は好きな人を言ったわ。だからロディーも教えて」
「えっ?」
「ロディーは誰が好きなの?」
ただの好奇心で聞いただけではない、どこか真剣さが混じった表情に、私はごくりと息を呑んだ。




