昼食
私が異種族から、薬の材料として狙われるかもしれない。そうならないためにミケーレの傍にいなければならないのだけれど、果たしてどこまでフィーネに言ってもいいものか。
フィーネは口が堅いと私は思っている。でも下手に巻き込めば何か知っているかもと悪人につかまり、情報を聞き出すために酷い目に合う可能性もある。フィーネは知っていれば、きっと私のためにどこまでも抵抗してしまうはずだ。可愛らしい見た目に反して、彼女はとても意志が強い。
だとしたら、ここはミケーレに少しだけ泥をかぶってもらおう。元々ミケーレも婚約寸前という状態だと言ってもいいと言っていたのだから。
「シルフィーネ様、少しお時間を貰っても大丈夫かしら?」
「もちろんですわ」
休み時間にシルフィーネに声をかければ、にこやかに返事をされた。ミケーレにチラ見をされているに気が付き、私は軽く頷いて私にまかせてもらえるようにする。
「実は先生からミケーレ様のサポートするように言われたでしょう? ミケーレ様は少し人見知りなところがおありの方で、昨日昔から知っているわたくしにできればサポートしてほしいとお願いされましたの。でも異性とむやみやたらと二人きりになるのは学園の風紀の乱れにもなりますし、あまりよろしいことではないでしょう? ですから一緒にサポートしていただけないでしょうか?」
……あ、やば。これ、シルフィーネ批判にもとられかねない。
口にしてから、時折オリバー先輩と二人きりで朝水やりをしているフィーネの状況を思い出し、やってしまったと焦る。フィーネも少し困ったように首を傾げた。
「そのことは問題ございませんわ。ただ、わたくしも実は朝の水やりで殿方と二人きりになってしまうことがありますの。もしよろしければ、一緒に水やりに参加してくださいませんか? わたくし、本当は園芸部に入りたいのですが、生徒会の仕事と並行しては難しいだろうと親から反対されておりまして、ご厚意で少しだけ体験させていただいておりますの」
えっ。そう来る?
フィーネはオリバー先輩が好きだよね?
これは間違いないと思う。園芸は嫌いではないだろうが、そこまで固執するほど好きではないはずだ。第一、そこまで好きなら家で花を育てるなどはできる。いくら養女でも、すべてを管理されているわけではなく、やることさえやり、成果を出せば趣味を制限されるほどではなかった。
でもフィーネは家では園芸をやらず、オリバー先輩との水やりにせいを出している。つまり彼に好意があるのだと思っていた。
それなのにここに来て、私を誘い入れるのはどうしてだろう。
……もしかして、フィーネも親から外聞云々を言われたのだろうか? それはあり得る。
「分かりましたわ。ですが都合がつくか分かりませんので、一度詳しく話を聞かせていただけますか?」
「もちろんですわ。よろしければ今日のお昼はご一緒できないかしら?」
「ええ。喜んで」
昼食の時に一緒にと言葉を交わして席に戻れば、折りたたまれた紙が机の上に置いてあった。
開けば中に、『昼ご飯の約束してたけど、僕も一緒だから』と少し崩れた字で書いてある。十中八九ミケーレだろう。
……うーん。どうしようかな。
ミケーレのついでに守ってもらうならば、昼食時間に離れるのはよくないだろう。
ただ部外者がいるとフィーネの本音を聞き出すのは難しいかもしれない。
いっそ、フィーネを一度家にお招きしてしまおうか。ミケーレと一緒に居なくてはいけないのは、学園の中だけの話だ。
私は紙に、『今日はミケーレの分のお弁当も用意してきました。一緒に食べましょう』と書き、折りたたんでからミケーレの席に置いたのだった。
◇◆◇◆◇◆
「ねえ、ロディーナ様はよく先輩といっしょに昼食を食べているわけ?」
「そういうことはございませんが……」
「何ならこれからは一緒に食べるか? オリバーがいるしシルフィーネ嬢もどうだろう?」
さてフィーネとミケーレと一緒に中庭に向かおうと思ったところでばったりエドワート先輩とオリバー先輩に鉢合わせた。
しかもその向こうでアルフレッド先輩がこちらをガン見しているのまで目撃した。
うわー、面倒そう……と思ったが、会話しないのもおかしな話だ。そこで今日は、フィーネとミケーレと一緒にご飯を食べる話をすれば一緒にどうかと誘われた。
この間のやり取りがあった所為か、ミケーレはあまりエドワード先輩のことが好きでないようだし、オリバー先輩は地雷になりかねない。できたら断りたかったが、何故かミケーレの方から誘いに乗った。一体これから何が起ころうとしているのか。
ちなみにアルフレッド先輩はガン見していたが、エルフ族の案内があったようで、すごく残念そうに離れていった。すでにややこしいことになりかねない集まりなので、離れてくれて本当によかった。ありがとうエルフ族の方。
それにしてもフィーネの好きなものを話題にとは言ったけれど、なんでそこでオリバー先輩を出すのか。彼は恋敵だと声を大にして言ってやりたい。
「そうですわね。ロディーナ様もにぎやかな方がいいと思いません?」
「えっと、でも普段はわたくし基本一人で食べて――」
「それなのですが、わたくし、ロディーナ様と一緒に食べたいですわ」
がしっと私の手をフィーネが掴んだ。
いつも通り完璧美少女で可愛いのだけど、アプローチする相手が間違っている。いや、うん。一緒に食べるの避けていた自覚はあるんだけど……でも確かに、もういまさらな状態にはなっているか。
「用事がない時でしたら……」
「ええ。かまいませんわ」
まあ、本当に調査したいことがある時は、フィーネは話せば分かってくれるとは思う。
「なら、これからはできる限り四人で食べ——」
「五人でいいかな? 僕はロディーとこれから毎日一緒に食べる予定なんだ。今日もロディーの家のシェフがお弁当を作ってくれたし」
「は?」
エドワード先輩が真顔だ。いつもは恋敵とでさえ仲良くなる人なのに……よっぽどミケーレとは相性が悪いのだろう。ミケーレもエドワード先輩を嫌っている節があるし仕方がないのかもしれない。
「すみません、エドワード先輩。ミケーレ様は人見知りもありまして、学園ではできるだけ一緒にいてサポートをするように父から言われているんです。お弁当はミケーレ様が久々に我が家のご飯を食べた際、また食べたいと言われまして」
「えっ。食べたの?」
「僕は晩餐にも呼ばれるぐらいの仲だからね。昨日も彼女の家に遊びに行った時、ご相伴にあずかったんだ」
「は?」
エドワード先輩、何で睨むんですか。
別に私の家は、料理の名門ではない。個人的には美味しいと思っているけれど、四大公爵家にうらやましいと思われるようなものは出てこない。
「ミケーレ様とロディーナ様はご兄妹のように仲がよろしいのですわね。先ほども、手紙のやり取りをしているのを見かけましたし」
シルフィーネからどういう関係なのかという眼差しを向けられる。
「わたくしが十歳の頃、ミケーレ様が異国からわざわざやってきて下さり、花人について教えて下さったんです。それ以来長期休みの時に時折家に遊びに来て泊まられますの。ただミケーレ様はわたくしより弟との方が仲がよろしいのですよ?」
現状一緒に居なければならないけれど、しょっちゅう怒らせてしまう私と仲がいいとされるのもミケーレ的に微妙ではないだろうか?
ミケーレはどう思っているのだろう? チラッと見れば、キラキラとした不機嫌そうな笑みをしており、さっと目をそらす。今度は、何が気に入らなかったのか。
いや、だって私より弟と仲がいいの事実じゃない。
「そんなことないよ。僕はロディーもユールも好きだよ? ……ただちょっと臭いとイライラするだけで」
キラキラした笑顔で私と弟の愛称呼びをしないで下さい。何が気に食わないの?! と思ったけれど臭いという言葉で、フェロモンのせいかと気が付き、私は慌てて閉じるイメージをしたのだった。
……ううう。花人って本当に面倒くさい。




