学校案内
「なるほど。ロディーナ嬢の先祖とは異母兄弟で、姿が花人ではなく人族のものだったからこの国の貴族となったのですね」
「花人の能力を全くもたぬ者が、わが国で貴族としてやっていくのは難しかったのですよ。ですがとても頭がいい方だったそうです。その為ロディーナ様の先祖はこちらの国で重宝され、伯爵位をもらったと我が国では伝聞されています」
ピリピリとした空気だったが、それでも三人で学校案内をすることとなり、私より背の高い二人は、私の頭上で会話している。……正直私いなくてもいいのではないか? と思わなくもないけれど、先生にまかされたのは私だし、二人っきりにすると何が起こるか正直想像がつかない。
ミケーレはエドワード先輩があまりお気に召さないようだが、ただ気に食わないというだけでこの国の四大公爵家からの善意を無下にするわけにはいかないため、一応今は表面上は取り繕っている。無礼なことをしてはいけないというのは、私たち側だけではなく、留学生側もだ。彼は個人でこの国にいるというより、国の代表者としてこの場にいるので、外交問題にならないためにはお互いがまんがいる。
というわけでミケーレはエドワード先輩に言われた通り、私のことをロディーナ様と呼び、節度ある距離を保っていた。
エドワード先輩がここに来たのはあれかな。私がミケーレに対して少し及び腰になっていたのをフィーネが見抜き、そんなフィーネが心配して頼んだのだろう。恋敵であるオリバー先輩とフィーネを二人きりにしたくなくても、好きな女性の頼みごとは断れない。そしてエドワード先輩は格好つけでマイナスな面を人前に出すことを嫌うので、お願いされたらやっぱり快諾の一択しかない。
早めに学校案内を終えてしまおうと思い、私はさくさくと教室の説明をするのだが、エドワード先輩は何故か不機嫌なミケーレに私との関係などの説明を強請り、移動中に話し続けていた。
……これも仲良くなるために、お互いの共通点での話題ということだろうか。
話題にされた身としては、ミケーレに対しての質問とかすればいいのにと思ってしまう。いや……それで何かミケーレの逆鱗に触れて、面倒なことになるのも嫌だな……。
「でもそれは鎖国した頃より前の話ですよね? よくその情報が残っていましたね」
「花人は魚人族と同じぐらい昔から狙われやすい種族でした。薬にもなる花をその身に持つ者がいるからか、霊薬になると異種族の略奪者に狩られることがよくありました。なので同胞が異国に渡ったら、その情報を残すようにし、助けを求められたら助けられるようにしているのですよ」
お前の国も霊薬販売してるだろ? という圧を感じる。
……まあ、おおむね、ミケーレの話で間違いない。花人は狙われやすいゆえに、あまり異国と交流したがらないのだ。
それにこの国に花人がいないのは、鎖国時代に霊薬として花人を狩ったからではないかと言われている。鎖国中は異国からの目も入りずらくなり、国際法で禁じられていることも国内では行いやすかった。その為狩られたり、異国に亡命したりしてこの国の花人は数を減らし、やがて消えたという説がある。
ほぼ正解だけれど、実を言えば鎖国が開始された初期の亡命率は結構高い。私の家が率先して裏で手を回したからだ。でも手が届かず、消えた命もたくさんあった。
「痛ましい話です。一部の心のない者がそのようなふるまいをしましたが、わが国も今はそのような惨劇が起こらないようにしています」
「……へぇ」
うわぁ。ミケーレの目がすごく冷めている。王族であるミケーレは、この負の歴史をしっかりと知っている。
「いや。ミケーレ様。エドワード先輩が言うとおり、ちゃんとこの国は変わってきておりますわ」
私もフォローに回るが、ミケーレは『お前がそれを言うのか』と言いたげな目をしている。
……でも私だから言えるのだとも思うのだけど。
「あ、ここは第二音楽室です。ここは聖歌部が使用しておりまして、活動日はとてもきれいな歌声が聞けます」
話を変えてしまえと、私はこの学校の情報を色々伝える。
「へぇ。聖歌部はここを使っているのか」
「はい。吹奏楽部は第一音楽室を使用してます。普段の授業は第一音楽室を使うことになると思いますわ。第二音楽室は、音楽祭の頃に練習場として開放されます」
「音楽祭?」
ミケーレもこちらに興味を移してくれたようだ。私は心の中でガッツポーズをする。確かミケーレは歌が上手だった記憶がある。
花人は歌やダンスが好きで、そういった芸術が進んでいたはずだ。
「はい。各クラスで練習したものを発表するのですわ。合唱を選んだクラスは、男性パートと女性パートに別れて歌うので、はもりが綺麗です。楽器演奏を選ぶと、様々な楽器を使った演奏をしますし、過去には楽器と合唱を合わせて行うクラスもありましたわ」
「へぇ。それは楽しそうだね」
「エドワード先輩は去年はバイオリンを弾いていましたよね。とても上手で、たくさんの方がうっとりとその音色を聞いていました」
「……僕も得意だから楽しみだなぁ」
何で今の一瞬で勝負ごとの流れに?
意味が分からないと思いつつ、喧嘩される前にとてきぱきと使いそうな教室などを説明する。
「最後にここが食堂となります。お弁当などを持参して食べてもかまいませんし、ここで食べてもかまいません。今日はお休みで、明日から始まることになっております。ここ以外に、初等部の学び舎、中等部の学び舎にもあります。この学園に在籍している間はどこを使ってもかまいません」
「ロディーナ様はどうしているんだい?」
「学食かお弁当ですね。わたくしは実家から通っておりますから」
王都にある屋敷は少し距離がある。しかし父は学校に通うことは賛成しても、一日中私の所在が確認ができなくなる寮生活を拒否した。悪意はどこに潜んでいるか分からないからだ。
「へぇ。僕もロディーナ様の家にお世話になりたいなぁ」
「はあ?」
「昔から泊まらせてもらっているし、寮生活より羽が伸ばせると思うんだよね」
「……俺だってまだ一緒にお泊りなんてしたことないのに」
エドワード先輩。キリキリする場所が違います。
私は小さくため息をついた。ミケーレ、わざとエドワード先輩をおちょくってないだろうか?
「駄目ですよ。この留学は王が決められたものです。寮生活も含めての留学でしょう。そうでなければ、真っ先に我が家に声がかかったと思いますから」
留学してきたのはミケーレだけではない。他の国との兼ね合い。そのあたりも考えれば、ミケーレだけを特別扱いするわけにはいかない。
「ざーんねん。ユリウスとも遊びたかったのに」
「弟は中等部で通っていますから、会えると思いますよ。ではここで一度学校案内は終わります。後は都度分からない時に聞いていただければいいと思いますわ」
「ロディーナ様はこれからどこに行くの? 家に行くなら一緒に言ってもいい? 伯爵たちにも挨拶しておきたいし」
「申し訳ありませんが、友人と込み入った話をしますので、家に呼ぶのはまたの機会でもよろしいでしょうか? 必ずお呼びしますので」
ミケーレが不機嫌になり言葉で攻撃してくるかもしれないと身構えつつも、私の都合を話す。エドワード先輩がここにいるのだからオリバー先輩が先に帰ってしまっていることはないだろう。
納得しなかった時はどうしようか。オリバー先輩も部活が始まる前に話したいだろうし。
「仕方がないね。必ず招待してよ」
「えっ? あ、はい。かしこまりました」
拍子抜けするぐらいあっさりと引いてくれて、私は一瞬反応に遅れてしまった。多分困惑した顔をしているだろう。それを見たミケーレはニッと笑った。
「僕も相手の都合を考えられるぐらいには大人になったんだよ」
「……ソウデスネ。大変失礼しました」
「同意が微妙だなぁ」
仕方ないではないか。エドワード先輩に色々ちょっかいを出すような話題ばかり語っていたのだから、ミケーレが昔と変わらず、自分が一番で自身の都合を押し付けてくると思ってしまっても。
寮の方へ去っていくミケーレを見送りながら、私は疲れたと肩を落とした。
それにしても異種族の王族の留学か……。何か政治的思惑があるかもしれないし、父に何か知らないか確認をとっておこう。
「ロディーはミケーレ様と仲がいいんだな」
「まあ、それなりにいいとは思います。いとこのような関係なので」
実際にはもっと遠い繋がりしかないけれど、親族枠のように彼は我が家にやってきた。そして何もわかっていない私に花人について教えてくれ、私は花人ではないのだと伝えてくれた。
その頃の私は自分の所属がどこなのか不安定だった時なので、自分を知るというのはとても重要なことだった。
「さあ。フィーネ達が首を長くして待っていると思うので急いで部室に向かいましょう」
そういえば、オリバー先輩とミケーレを対面させずにすんでよかったなと思う。
ミケーレはオリバー先輩の家系が霊薬に関わっているのではないかとかなり怪しんでいる。前置きなく会わせたら頭が痛いことになっていたはずだ。でもこの先絶対会わずにすむかと言われれば難しいだろう。
これは早めに我が家に呼んで、父たちからも一言口添えしてもらった方がいいかもしれない。
「ううう。俺も、ロディーの家に招待してもらいたい」
「いや、招待もなにも、エドワード先輩は勝手に突撃してきましたよね?」
招待もなにも、何度か我が家にエドワード先輩は来ている。
「そうではなくて、招待してもらいたいんだよ。この気持ちわかる? 俺は彼に、自分の方が仲がいいんだと牽制されているんだ」
嫌がらせとして、確かにしてそうだなと思ったので、私は苦笑した。花人であるミケーレは人族にいい感情がない上に気難しいのだ。
「友人関係は別に一人である必要はないので、ミケーレ様のことは気にしないで下さい。そもそも、それほどミケーレ様と仲がいいというわけではございませんから」
「えっ。あれだけ距離が近くて? まあ、友達は確かに一人ではないな……」
確かに気安い仲ではある。
彼はわがままで、変なところで怒ったり、意地悪だったりと面倒な相手なのだが、彼が私を連れ去ることはないだろうという安心感があるから距離感が少し近いのかもしれない。
でも、まあ、私はエドワード先輩も私を連れ去ったりしないだろうと信頼はしている。
エドワード先輩はブツブツと友達について考え始めてしまった。
友達とはなんて哲学的に考え始めたらきりがないと思うけれど。友達も親友も別に一人でなければならないわけではない。
でも招待か……。
確かにエドワード先輩は勝手に来ていたので、初回にフィーネ達と一緒に連れて来た以外は招待はしていない。
「……よろしければ、今度わたくしの誕生日会に参加されますか? あまり大々的にはしていないのですが」
「えっ。する! 絶対する!」
「ありがとうございます。今年はシルフィーネ様も呼ぶことになっているんです」
「えっ?」
「学校では距離を置こうと話した時に、シルフィーネ様にごねられまして。誕生日会に招待するということで手を打ったんです。まあ、今はその距離を置こうは全然機能していない感じですけれど」
意味をなしていない約束になってしまったが、でも約束は約束だ。呼ばなければ、絶対後が怖い。
ついでにフィーネとエドワード先輩の仲を応援する機会にもいいかもしれない。
「本当はシルフィーネ様の誕生日会にエドワード先輩が出席できるといいんですけどね」
「……ああ。うん。そうだな」
気が進まなさそうなのは、やはり好きな子の親と会うのは気が重いのかもしれない。でも婚約は本人だけでなく親も攻略した方がいいので、顔を合わせ仲がいいことを伝えるのはいいことだと思う。
とはいえ、まずは呼んでもらえるぐらい仲良くなることが先決だ。
そんなことを話しながら園芸部の部室へ向かえば何やら騒がしい。
「もしかしてオリバー先輩達以外に誰かいらっしゃってるのでしょうか?」
首を傾げながら部屋の中を覗けば、オリバー先輩とフィーネ以外にもう一人いた。色素が薄い金髪に眼鏡をかけた青年を見て私は固まった。
「アルフレッド?」
エドワード先輩が驚いたようにその名前を呼ぶ。長期休みでは影も形もなかったので忘れていたが、そもそもフィーネの婚約者候補の一番手の人だ。
私はとんでもない修羅場に来てしまったと、今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。




