二重当て馬
「過去問はこちらですわ。出題の可能性があるものをわたくしがまとめたものはこちらになりますがどうされますか?」
「どちらもお願いします。ありがとうございます。これがないと毎年苦しくて」
情報料としてお金を受け取った私はにっこり笑って手を振った。
学期末になると、テストの過去問と私の書いたヤマが好調に売れるのでとても懐が温かくなってありがたい。
私はそれなりに勉強が得意だ。テストの成績上位者は名前と点数が貼り出されるおかげで、私が勉強できるという信頼度は周りからも高い。そのおかげで普段私の情報を買わない人にも、テスト関係の情報は買ってもらえる。特に毎回赤点と格闘している人たちに声をかければ、間違いなく釣れた。
そして噂が噂を呼び、今年の学期末は大繁盛だ。
「ねえ、なんで自分の学年より上のものまで売ってるんだい? 過去問だけならまだしも、こっちはロディーナ嬢が作ったヤマだよね?」
おおよそ買ってくれそうなお客が全員かったところで、私が机の上に並べて置いていたヤマ情報の紙の束がぱらぱらとめくられた。
「もちろん、お金になるからですわ。ところでどうしてこちらにエドワード先輩がここにいるのでしょう。わたくしエドワード先輩から呼びだしのご連絡は受けていないと思いましたが」
「うん。連絡はしてないから安心してほしい。何故ここにいるのかは、ここでロディーナ嬢が過去問とヤマを売ってるって聞いたから、わざわざ連絡し合うのが面倒でここまで来たのだけど」
うん。聞いたからいるんでしょうけどね。
教師も落第を出すぐらいなら、こういったものでなんとかしてほしい思っているらしく、私が放課後の空き教室でお小遣い稼ぎをしていることは、黙認されている。本物のテストを盗んで売っているわけではないから当然だ。
ちなみに期末を落第すると、長期休みに教師が補講を開かねばならず両者ともに大変なのだ。なんなら、お金を出すから特定の生徒を何とかしてやってもらえないかとこっそり言ってくる教師もいるくらいだ。
「でもエドワード先輩の成績ならば、こちらは不要かと思います。わたくしが売っているのは、過去問とそこから予想される出題のヤマで、このままでは確実に赤点になってしまうギリギリの成績の方が買うものですわ」
どうにかして進級したい。そんな人におすすめと渡すのがこれで、このヤマを丸暗記できれば40点から60点ぐらいはとれるので、赤点はまず逃れる。
「まあ、確かに特に必要とはしていないな。買って欲しいなら買うけれど」
「結構です。必要ない人に必要でもない情報を売るのはわたくしのプライドが許せません。そういうことが言いたいのではなくてですね……何のためにわたくしがまどろっこしい連絡方法をお伝えしたか分かっていますか?」
「なんのため?」
エドワード先輩は首を傾げた。
……全く私の気遣いは伝わっていなかったらしい。その様子に私はため息をついた。相手に伝わらなかったのならば、それは私の落ち度だ。察してだけでうまく行かないのは、よくある話だ。
「シルフィーネ様を好きなエドワード先輩が特定の女性と密会をしている姿を見られれば、面白おかしく噂が流され、シルフィーネ様との仲の障害になるからです。花人の姿をしているわたくしの場合、悪い意味で目立ちます。そのため悪意を持った噂を流される可能性が高いんです」
噂はあくまで噂。真実何てほとんど含まれていないことでも、悪意が混ざった面白可笑しいうわさほどよく流れるのだ。また四大公爵家のエドワード様は知名度が高いので広まりやすい。これが全然名の知られていない男爵子息辺りならほとんど噂が広まることはないだろう。
「また必ず成績上位者として名が張り出されるエドワード先輩が過去問を必要としていないことは周知の事実。この場にいる理由は、わたくしに個人的な用事があり来たと思われやすいです。シルフィーネ様の件もありますが、もしも花人に惑わされた愚かな男なんて噂が流れたらより最悪でしょう」
「思ったんだが、ロディーナ嬢が花人の特徴を持っているのは、隔世遺伝であって君のせいではないだろう? あまり自分のことを卑下しない方がいいと思うが」
エドワード先輩のずれた感想にがっくりと肩を落とす。
言っていることはとてもいいことで、まっすぐで曲がったことが嫌いなエドワード先輩らしいと思う。でも私が言いたいことはそういう話ではない。世間一般の見え方の話だ。
「卑下というだけではなく、異種族の特徴は他者からよく見られないのは事実なんですよ。……まあ、来てしまったものは仕方がありません。どういったご用件でしたでしょうか?」
この間は空き教室で泣いていたのに、今はそんな雰囲気はなく堂々としている。自分の意見が間違っているなんて考えてもいない。
まあ、エドワード先輩がそんなわけないだろうと一言否定すれば、誰もが納得する程度の話ではある。異種族を四大公爵家が娶るわけがないのだから。
「本題はこの間もらった情報の件だ。早朝に温室に行ってみたが、ロディーナ嬢の情報は正しかった。たしかに温室には水やりを手伝うシルフィーネ嬢がいた」
「それはよかったです。あ、水やりの来る日の情報も売りましょうか?」
水やり当番表の情報もすでに手に入れている。だから横流しは可能だ。
「いや……それよりも、一緒に水やりをしていた生徒の情報が欲しい」
エドワード先輩は少し気まずげな顔でシルフィーネ様の交遊に関する情報を求めた。
「声はかけられなかったのですか?」
エドワードの性格的に影から見て終了なんてことはなく、ちゃんと話しかけに行くと思ったのだが、どうやらこれは私の予測と外れたらしい。
好きな人相手には二の足を踏むタイプだったかと自分の中の、エドワード先輩の性格情報に修正を入れる。
「話したし、名も聞いた。俺と同級生のオリバー・デメテル伯爵子息だった。デメテル伯爵家の嫡男だそうだ」
やっぱり聞いたか。
エドワード先輩はあまり裏からこそこそと何かするのを好まない。こうやって私と情報の取引をするのだって、普段のエドワード先輩ならしないことだ。それだけ恋に必死ということでもある。
「そうですね。間違いないです。どういった情報が欲しいですか? デメテル伯爵家は、花の栽培が盛んな地域の伯爵で、こちらを使って観光も力を入れられないかとしておりますわ。主産業が花の栽培ですが、こちらは薬草も含んでおります。毒と薬は重複しますので、知っているとギョッとするものも栽培してありますわ」
「詳しすぎだろ」
「観光地ですから。去年わたくしも見に行きました。その為、裏どりはすでにしてあります」
「そういうことじゃない……。そうではなく……二人の関係は何なんだ」
言いにくそうなのはこちらか。
まあ仲良く男女が水やりをしていれば、気になるだろう。しかもシルフィーネ様がわざわざ会いに行っているのだ。
「今のところの関係は友人です。お花が好きなシルフィーネ様が入部体験の時にオリバー先輩が色々ご説明したのが出会いです。しかしシルフィーネ様の家はシルフィーネ様が園芸部に入部することを許さず、結果花の水やりだけご一緒にやらせてもらっているという状態です」
「友人……」
「まあ、シルフィーネ様はオリバー先輩のことが好きですけど」
「やっぱりかぁぁぁぁぁぁ!」
エドワード先輩が頭を抱えて叫んだ。
結構激しいリアクションに私はちょっとびっくりした。ふむ。泣き虫であることは知っていたが、こういうオーバーリアクションもとる方だったのか。
「なんで最初に言ってくれないんだ。これだと俺だけではなくアルフレッドも当て馬じゃないか」
「いえ。このままだと間違いなくアルフレッド先輩とシルフィーネ様がご婚約という形で終結するでしょう」
「は? シルフィーネ嬢が心変わりしていっているということか?」
「いえ。そうではなく、四大公爵家の意向に、四大公爵家以外の誰が対抗できると思われます? ああ、王族なら可能ですね。ですが、伯爵家がどうにかできるはずありません。なので現状シルフィーネ様がオリバー先輩と婚約されることはあり得ません」
貴族の常識を考えればこの結末が一番最有力候補だ。
私の説明を聞いたエドワード先輩はショックを受けた顔をしていた。エドワード先輩からしたら、ライバルはアルフレッド先輩だけで、彼よりも後手に回ってしまっているだけだと思っていたのだろう。
「確率は低いですが、シルフィーネ様とオリバー先輩が駆け落ちをされるという結末も考えられます。しかしシルフィーネ様の家庭環境と彼女の性格を考える限り、その線は薄いかと思われます」
「つまり俺は、婚約者としても恋仲としても当て馬状態だと……」
「まあ、そうなりますね」
同意すれば、エドワード先輩はその場で膝をついた。
先ほどの頭を抱えた様子といい、エドワード先輩は意外にオーバーリアクションをとる方だったようだ。私は頭の中のエドワード先輩情報に書き加えた。