花人の王子様
「半年間、よろしくお願いします」
にっこりとした完璧な作り笑いが怖い。
そんな恐怖を感じながら、教室の前で挨拶をする水色髪の青年、ミケーレを見る。エドワード先輩が言った通り、彼は私のクラスに配属された。
いや、このクラス、花人っぽい私を見慣れているから、逆に別のクラスの方がいいのではないかなぁ? と思うけれど、すでに決まってしまっている。一度決まったことを変えるのは中々に骨が折れる作業だ。
「分からないことがあれば、生徒会委員のシルフィーネ・ポセイドン伯爵令嬢か、先祖に花人を持つロディーナ・メルクリウス伯爵令嬢を頼って下さい。男性だと――」
先生が当たり前のように私の名前を上げる。
何の役も付いていないはずなのに。見た目が似ていても、私は花人ではない。……あああ、ミケーレの琥珀色の目が私をじっと見ている。ものすごいガン見だ。
「実は僕、ロディーナ様とは遠い親戚で、子供のころ話したこともあります」
ひょぉぉぉぉぉ。
いや、うん。そうだよ。確かに私がこの特徴を持つ原因となった人物は、彼のご先祖様と兄弟関係にある。それもあって、私の将来を危惧した両親が一度連絡をとり付け、彼が我が家にやってきた。
私にとって彼は生まれて初めて見た、同じ特徴を持つ生きた人物だった。
「そうでしたか。ならばちょうどいいですね。メルクリウス様は今日の放課後、学校案内をお願いできますか?」
「……はい。かしこまりました」
心配そうにフィーネが私の方を見ているが、先生からのお願い事に見せかけた命令は断れない。ただ、ミケーレとは一度ちゃんと話さないといけないと思っていたので丁度いい。
今日は長期休み明けの初日なので、始業式のみで授業はない。
なので宿題を提出し、新学期について先生から話を聞いたら解散だ。
「ロディーナ様、わたくしもミケーレ様のご案内を一緒にしましょうか?」
フィーネは私の席までくると心配そうな顔でそう申し出てくれた。きっと私がミケーレを見る顔が引きつっていることに気が付いたのだろう。
「……大丈夫ですわ。ただ申し訳ありませんが、エドワード先輩とオリバー先輩に、今日の花の水やりは行けないかもしれないとご伝言してもらってもよろしいかしら?」
「ええ。大丈夫ですわ。ですが中でお茶をして、部室内に残っているかもしれませんから、案内が終わり次第覗いていただいてもよろしいかしら?」
私に相談したいことがあるならば、確かにぎりぎりまで学校に残りそうだ。でもミケーレを引き離して園芸部まで行けるかは分からない。
私の記憶通りならば、ミケーレはすごくワガママで、人が自分に合わせるのが当然だと思っている性格だ。そして思い通りにならないと攻撃的な面がある。王子様というのは、そういうものなのかもしれないけれど、子供のころは面倒くさい奴で少し苦手だった。花人について教えてくれたことはもちろん感謝しているけれど。
「わかりました。案内が終わり次第伺いますわ。ただ遅くなってしまうかもしれませんので、その時はわたくしのことは気にせず帰って下さいね」
なるべく早く終わらせてしまおう。うん。
その方が精神的にも楽だ。
フィーネと別れてミケーレの方へ向かえば、ものすごい作り笑いに出迎えられた。うわぁ。機嫌悪そう……。
ミケーレは王族なだけあって、外交用の笑顔の仮面の硬度がものすごく固い。でも笑顔が綺麗であればあるほど機嫌が悪いのだと私は知っている。
これは疲れそうだと思いつつも、避けては通れない。
「ミケーレ様。学校をご案内させていただいてもよろしいでしょうか?」
「是非頼むよ」
私はミケーレを連れて、教室の外へ出た。しばらくすれば生徒は全員帰ってしまうし、人気のない教室から順番に案内をして、気兼ねなく話せるようにした方がいいかもしれない。
渡り廊下を使い、私は音楽室などがある棟へと移動する。
こちらの棟は、特別な授業か部活動でしか使わないものばかりなので、今日はとても静かだ。ここならば大声で会話しなければよほど大丈夫だろう。
「お久しぶりで――」
「ねえ。すごい臭いんだけど!」
おしとやかにまずは挨拶からと思ったのに、私の言葉に被せるようにして放たれた言葉に固まる。すごくイライラとした顔で、先ほどまでの笑みは全くない。……いいように解釈すれば、それだけ心を許してくれているのかなと思わなくもないけれど、ただ単に私相手に取り繕うのが面倒なだけかもしれない。
「周りに花人がいないからって、気を抜きすぎ。こんなにフェロモン垂れ流して、臭すぎ。マナー違反。馬鹿じゃないの⁉」
「ご、ごめんなさい。自分では感じないからつい……」
「僕だからよかったけれど、これ、他の奴だったら絶対面倒なことになっているからね? 分かってる? 年頃の娘がすることじゃない」
「うひぃ。ごめんなさい!」
花人はフェロモンを操り色々するそうだ。
蟲を操るのもその一種である。
花人の特徴を持つ私も、フェロモンを出すことができた。フェロモンが出る場所は頭の花だ。
ただこのフェロモンの受容器は鼻ではなく、羽だ。先祖返りで羽のない私は、フェロモンを発生させることはできても感じ取ることはできなかった。その所為で、幼い頃から私は垂れ流し状態にあり、初めて会った日も臭いと文句を言われたものだ。
「わたくしがフェロモン垂れ流していたから機嫌が悪かったのね。本当にごめんなさい」
始業式の時にすぐに私を見つけたのは髪色が派手だからかと思ったけれど、どうやらフェロモンの所為で臭かったことが原因のようだ。
フェロモンを感じない私はついつい、フェロモンがあまり出ないようにすることを忘れてしまう。扉を閉じるイメージなんとなくで調整できるが、自分では感じない為、本当にちゃんと閉じられているかも分からなかったりする。
「……まあ、そんな感じ。うん。少しマシになった。ロディーの甘ったるいフェロモンは嗅ぐと腹が立ってくるんだよ」
「えぇ……。でもそんな甘ったるい匂いなのね」
くんくんと鼻を動かしてみるが、やっぱり鼻では感じ取ることはできない。私が鼻をひくひくさせているのを、ミケーレはすごく微妙な顔で見ていた。多分そんなんで分かるわけないだろっという気持ちなんだろうなと思うが、羽のない私にとって匂いと言えば、鼻なのだから仕方がない。
「ミケーレ様は甘い匂いではないのですか? あっ、花が青色のヒヤシンスになったんですね」
ミケーレの花は前に会った時と変わっていた。青色のヒヤシンスが咲いているのを見て、私はついニヤッとしてしまった。
次の瞬間、私はミケーレにほおを力いっぱいつままれる。
「ひたっ」
「その顔、むかつくんだけど」
「やめへふははいぃ。ほへんははいぃ」
攻撃をさせる理由を与えてしまったことに、私は肩落とす。
でも仕方がないではないか。花人の頭の花は感情に左右されるのだ。青色のヒヤシンスの花言葉は【変わらぬ愛】。つまりミケーレは誰かを愛しているということだ。
私の紫色のライラックだって同じようなものなのだから、そこまで恥ずかしがらなくてもいいのにと思う。それに私はミケーレが誰を愛しているのか知らないのだ。きっと母国で待っていてもらっているのだろう。もしかしたら半年この国いることが決まって青色のヒヤシンスが咲いたのかもしれない。
「おいっ。何している」
いい加減痛くて、目が潤んできたところで、頬をつまむミケーレの手を誰かが掴んだ。
「この国では女性にむやみに触れるのはマナー違反ですが?」
見ればそこにいたのは、エドワード先輩だった。えっ? どうして先輩が?
ここにいるはずがない人物の登場に、びっくりする。ミケーレは一瞬、すごく嫌なものを見たような顔をしたが、私の頬から手を離した。
「それは申し訳ありません。彼女とは幼い頃からの仲なので、つい戯れをしてしまいました」
いや、幼い頃からの知り合いだからって、頬をつままないで欲しい。地味に痛いのだ。
「幼い頃から?」
「ええ。彼女の祖先は僕の祖先と異母兄弟関係だったので。今回学園への留学の話を受けたのも、彼女がこの学園に在籍しているからです。花人はあまり異種族との交流を好みませんから」
えっ。なんか空気が悪いんだけど。
にこやかな笑みは浮かべているけれど、ミケーレは明らかに機嫌が悪いし、エドワード先輩もそれにつられてか、ピリピリしている気がする。
恋敵とも仲良くなってしまい、さらに花人の特徴を持つ私とも仲良くなってしまったエドワード先輩にしては珍しい気がする。それだけミケーレの態度が悪いのかもしれない。
「あの。エドワード先輩はどうしてこちらに? シルフィーネ様とオリバー先輩と一緒に花の水やりをするのではなかったのでしょうか?」
「水をあげてからまだ時間があまりたっていないだろう? だからオリバーは俺達とお茶をしてから水やりをしようと考えていたみたいなんだ。でもロディーナ嬢が留学生の案内を任されてしまったとシルフィーネ嬢から聞いて、俺にも手伝えることがあるんじゃないかと思って来たんだ」
「そうだったのですね」
やっぱり食中毒に関しての相談がメインのお誘いだったか。それだと私がいないのではオリバー先輩としては意味がないのだろう。
「僕の案内はロディーがしてくれるから大丈夫だよ?」
「……ロディー?」
「子供のころからの知り合いなので愛称で呼んでいるんだ」
エドワード先輩の表情が一瞬固まった。
「貴殿はそうかもしれないが、学園では平等に名前に様づけと決まっている。申し訳ないが、ロディーナ様と呼んでいただけないでしょうか?」
いや、四人だけでいる時は愛称呼びをしようというのを多数決で賛成に回った、貴方が言いますか?
とはいえ、確かに所かまわずロディーなんて呼ばれたら、見目も相まって恋仲だとか婚約者だとかという根も葉もないうわさが立ちそうだ。異国の王族とのそんな噂はごめんこうむる。
なのでエドワード先輩の意見に賛成な私は、賢く黙ったのだった。




