新学期
長期休み、後半。
子爵の件もあるし、気まずいとかもあるだろうからもう来ないよねと思っていた私は、情報の使い方がまったくなっていない女だった。
「この花はね、実は食べることができるんだよ」
「えっ。そうなの⁉」
「ここの計算が間違ってるぞ」
「あ、ほんとうだ。エドワード様ありがとうございます」
「フィーネ姉ちゃん、にんぎょうであそぼー」
「いいわよ」
三人は頻繁に孤児院に通い、見事私のように孤児院内になじんだ。
えっ? なんで?
クエスチョンしかないけれど、ものすごく馴染んでいる。フィーネは元々ここの孤児院出身なので分かるけれど、四大公爵家のエドワード先輩が日参するとか本気で意味が分からない。
分からないけれど、なんだかんだ私は毎日誰かと過ごしている。……過ごしてしまっている。
「ああああああ。距離感んんんっ‼」
「何発狂してるんだ?」
「ロディーは繊細だから、突発的なこととか苦手なんだよね」
「へぇ。だから色々計画を立てて動くんだね」
いや、貴族は計画立てて動くのは普通です。突発的に、そうだボランティアしようなんてしません。
そう言いたいけれど、民主主義。私は三対一を前にして敗北してしまう。おかしい。絶対おかしい。孤児と戯れる公爵子息って何? どれだけいい人なの? はあ? 好きですけど?
というか、辞めてオリバー先輩がいい人なのも分かったから。
本人がいい人だからと言って周りもそうとは限らないのは分かっているけれど、自分勝手にフィーネとの仲を進展させないようにする自分の醜さが私の精神を削る。
というか、なんでエドワード先輩はオリバー先輩と仲良くなったのか。意味が分からない。そしてそこから同じく仲良くなっている自分が意味分からない。
頭の中は常に大混乱だ。私の立てている計画がしょっちゅう無に帰る。
そんな分からないことばかりだけれど、彼らと過ごす時間は居心地がよかった。
慌ただしくもにぎやかな長期休みを過ごし、涼しい風が吹くようになってきたころ、新学期が始まった。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
貴族らしく、気高く、美しく。
微笑みながら学友に挨拶する。気を抜きすぎた長期休みで感覚が狂いそうだが、私はにこりと貴族の仮面をかぶる。まあ長期休みは私だけでなく誰もが気を抜いているので、学生生活の勘を取り戻すのに少しだけ時間がかかるものだ。
「おはよう、ロディー……ナ……嬢」
「ごきげんよう、エドワード先輩」
私以上の重症者がいた。エドワード先輩が呼ぶ私の名前が微妙なところで途切れる。
「ロディー……ナ様、おはっ……ごきげんよう」
「ロディーじょ……ナ嬢、おはよう」
こっちにも重症者がいた。
私の名前は決して言いにくいものではないはずなのに、微妙なところで途切れてつまる。オリバー先輩など、ロディージョナ嬢という新しい名前を生み出している。
初めから普通に名前に様や嬢で呼ぶようにすればいいのに、愛称で呼び合いたいという欲望を前面に立て、民主主義で強引に決めたことで引き起こった混乱だ。頑張って間違えないようにしてもらうしかない。
「ごきげんよう、シルフィーネ様、オリバー先輩。今日は水やりの日でしたか?」
仲良く二人で歩いてきたのでエドワード先輩が地味に傷つくかもしれないと思い、私は確認をいれた。まだ恋仲にはなっていないはずだけれど、長期休みもよく顔を合わせていたのだから何かがきっかけで関係性が進んでしまうこともあり得る。
「ああ。今日は朝礼があるから急いでやっていたところ、シルフィーネ嬢が手伝ってくれたんだ」
「花の手入れに興味があるので、オリバー先輩の好意に甘えて手伝わせてもらっていますの」
始業式の日から早朝デート。エドワード先輩、出遅れてますと言いたいけれど、エドワード先輩も始業式の準備で教師に呼ばれていたはずなのでこればかりは仕方がない。
「まだ暑いから今日の放課後も水やりをする予定なんだ。よければ、エドワードとロディーナ嬢もいっしょに水やりをしないかい?」
「……ええ。是非」
これは部活が始まる前に、今後の部活動のやり方について相談に乗ってほしいということだろう。だとしたら断らない方がいい。
断らないというか、オリバー先輩が自罰的な方向に行かないように断れないというのが正しいのだけど……正直、人が行きかう廊下で話しかけられると目立つなぁ。
四大公爵家であるエドワード先輩と可愛いシルフィーネ伯爵令嬢、そして人当たりがいい、園芸部部長のオリバー先輩。この三人が集まるだけでも好奇心あふれる視線が集まるのに、そこに花人の特徴を持つ私だ。一緒に水やりの約束とか、どういう関係なのだろうと思われているだろう。
「今日の始業式では異国からの留学生の紹介がある。ロディー……ナ嬢とシルフィーネ嬢のクラスにも一人入るから気にかけてやって欲しい」
「留学生ですか?」
「ああ。異種族との交流を持った方がいいという王の考えに基づき、花人と龍人、犬狼族、エルフ族、ドワーフ族の五人が半年通うことになった。それぞれ別の国の王族だ。一応この学園の中では身分制度をなくしているとは伝えてあるが、こちらも礼節には十分に気を付けるようにと先生からも言われている。多分始業式中にも注意が入るはずだ」
鎖国中も取引のあったエルフ族や龍人族は比較的なじみがあり人より劣っているという見方はあまりしないが、犬狼族、ドワーフ族はこの国では貧民に多い。花人はあまり交流をしないので私以外見た事がない人も多いだろう。別の国の王族ならば、礼節に気を付けるように教師が言うのも分かる。
貧民を相手するようなことをすれば、国際問題になりかねない。
「わたくしのクラスにはどの方がいらっしゃいますの?」
「花人だ。他の種族とも交流が持てるようにレクリエーションなども考えているそうだ」
なるほど。私が花人の特徴を持っているから、対応を任せようと私のクラスに入れたのだろう。
他の方もきっと、対応が十分できるよう生徒会員がいるクラスなどに振り分けられていると思う。
とはいえ、私は羽がない為花人とは認められていない。こういった交流の場で、あからさまな差別はしてこないとは思うけれど、私より、全く姿が違う人族が対応した方が逆にうまくいく気がする。
多分最初は私に世話係をするよう先生も言ってくるだろうが、様子を見て先生に進言しよう。
先輩達と別れた私たちは教室に行くとしばらくして大広間へと移動になった。
大広間は生徒同士の交流イベントで使うのでかなり広いつくりにはなっているが、それでも全員が入るとそれなりに狭い。
整列しながら、学園長の長くまとまりの悪い言葉を聞く。
まあ、これも王族からの挨拶を聞く訓練の一つだと思えば耐えられる。王族が話している時に集中力を切らして何かあれば不敬罪になりかねないのだ。
とはいえ学園に通っている子供は初等部からそれなりのしつけが終っている者ばかりで、騒いだりする者はいない。
この学園は王立。つまりは王が立てた、男女共学という新しい試みの学び舎で公の場でもある。家とは違い、社会的な目がある場所だ。
ここで催される生徒のみ出席の許された舞踏会などの催しには、王族の誰かが必ず来る。この学園の運営は学園長に委任しているが、王族のものであると示すためにだ。今日の始業式にも、王弟が同席している。
そんな場所だからこそ、勉学はさておき、礼儀を叩きこまれてからしか入学することはできない。子の失敗が分かればすぐに広まり、親が恥をかくだけではなく王族の機嫌を損ないかねない。
「では続きまして、本日より半年、共に学ぶ留学生を紹介します。彼らは各国の王族に連なる者です。礼節をかき、この国の品位を落とすような行動は慎むようお願いします」
そう教師が話せば、壇上に五人の生徒が舞台袖から出て来た。
先ほどエドワード先輩が事前に流してくれた情報通り、花人に龍人、犬狼族、エルフ族、ドワーフ族で、それぞれ人族とは違う外見をしている。その中の花人を見て、私はギョッと目を見開いた。
「……えっ。うそ」
小さくつぶやけば、水色の髪をした花人の男は私がいる方を見て、口の端を上げた。
壇上からは離れているけれど、間違いなく私を認識している。
「ミケーレ・ユーピテルです。よろしくお願いします」
ミケーレと名乗った彼は私のことを花人とは認めないと言いつつも、フェロモンや蟲のことを教えてくれた花人の先生でもある。
そつなくこの国の言語を操る彼は、壇上で作った笑みを浮かべていた。




