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砂糖菓子娘  作者: 黒湖クロコ
本編
27/75

近づいた理由

「ローディーナーじょーおー、あーそーぼー」

 ドアの前で間延びして呼びかけるのやめてくれないだろうか?

 わざと臭いというか、事前連絡はどうした? と色々言いたいことが山盛りだ。

 生まれてからずっと貴族社会で生きて来たのだから会いに来るための手続きはちゃんと知っているはずなのに。いや、私が逃げ出すのを防止するためか。

 部屋で昨日得た情報を書き出し、他の情報と紐づけしながらまとめていた私はペンを置いた。ため息ををつき立ち上がると、鍵付きの書棚に入れる。その間も背後のドアから、間の抜けた呼びかけが聞こえた。


「はい、何でしょうか? エドワード先輩」

「エディーでいいよ。昨日の件で、二人きりで話をしたい。お願いできるかな?」

 公爵家子息の横暴を前に、使用人と弟がどうしますかとエドワード先輩の背後から私に視線を向ける。きっと屋敷にやってきたエドワード先輩を止めるべきか悩んだのだろう。

 四大貴族であるエドワード先輩の権力は我が家より上だ。でも儀礼を欠いているのは間違いなくエドワード先輩の方なのだから、言い訳を作って追い出すこともできる。

「……わたくしも、話したいので、第二客間の準備させます。よろしいかしら?」

 私が声をかければ、使用人たちがさっと動く。弟だけが残り、心配そうに私を見ていた。


「ユリウス。今日も絶対聞き耳は禁止よ?」

「ですが、男性と二人きりというのは……」

「誰も言わなければそんな情報が漏れることはあり得ないし、そもそもエドワード先輩の想い人が私ではないことぐらいは、すでに調べてあるのでしょう?」

 私が情報を色々と集めるからか、弟も似たようなことを趣味にしている。昨日だってフィーネが私にすごく好意的だという情報をにユリウスは事前に得ていたから、あの場で姉馬鹿な話題を出したのだ。まあ元々私に対して好意的で、今も心配してくれているのも間違いないけれど。


「エドワード先輩、行きましょう」

 ユリウスの前を通り、私は昨日使用した部屋へと向かう。

 部屋に行けば、メイドたちが窓を開けてから頭を下げて外へ出ていった。

 そして少しして、別のメイドがレモネードを用意し、外へ出て行く。これ以降は私とエドワード先輩が部屋から出るまでは誰も近寄らないだろう。

「今日も暑くなりそうですわね。どうぞおあがりください」

 私は一口レモネードを飲む。それを見て、エドワード先輩もレモネードを飲んだ。


「……エディー先輩、今日は腹の探り合いはやめましょう。先輩は何を聞きたくてここに来たのですか?」

 遠回しに貴族らしく腹の探り合いをして、意味の取違いが起こったら面倒だ。私は率直に話す提案をした。

「俺もその方が嬉しい。……単刀直入に聞くが、ロディーが俺とフィーネの仲を応援してくれるのは、アルフレッドやオリーが昨日言っていた霊薬などの販売に関わっていると思っているからでいいかい?」

 嘘は教えるつもりはないが、なんと言うのがいいだろう。

 私はレモネードをもう一口飲み頭を働かせる。別に私はアルフレッド先輩にもオリバー先輩にも恨みはないのだ。


「正確に言えば、分からないというのが、一番近いと思います。そしてオリー先輩やアルフレッド先輩自身が関わっているとは思っていません。でも彼らの家が関わっていないとは言い切れないです。もう一つ付け加えれば、エドワード先輩の家も関わっていないとは私は断定できません」

 疑っているなんて本人に直接言うなんて嫌な告白だ。

 甘いレモネードを飲んでいるはずなのに味がしない。

「俺の家も疑っているならどうして俺とフィーネが結婚できるように協力してくれるんだい?」

「エドワード先輩の性格と現在のこの国の状況を見て、先輩の家であるアルテミス家が過去にそういったことに関わっていたとしてもエドワード先輩の代ではそのようなことはなさらないだろうと確信を持って言えるからですわ」

 エドワード先輩は正義感が強く完璧主義で潔癖だ。

 その上で国の状況、王の判断を鑑みれば、たとえ過去に違法なことに手を染めていたとしても、エドワード先輩の代になれば確実になくなると思っている。


「それを言ったら、オリーだってそんな事をするわけがない」

「……私も、オリー先輩は自罰的な性格なので、自主的にはしないと思います。ですが、オリー先輩の家は伯爵家であり、薬草なども多く出荷している領地です。もしももっと上の爵位の者に圧力を加えられ、彼の大切なものを人質に取られればどう判断するか分かりません。……それに、殺さなくても霊薬をとることもオリー先輩の領地なら可能です」

「は?」

「もちろん素材とする異種族を殺してしまうのが一番あとくされはないのですけどね。……昨日子爵の家に植わっていた、チョウセンアサガオという植物はいくつか別の毒草と配合することで、麻酔薬になるんです。つまり生きたまま欲しい場所を切除することも可能で……オリ—先輩の領地にも生えています」

 オリ—先輩の領地でその薬が作れることはすでに分かっている。

 過去に本当に霊薬を作ったかどうかは分からないけれど、それをすることができる土壌がある。


「また幻覚を見せる花などを使い、思考力を低下させ、監禁することも可能でしょう。霊薬など私からしたらばかばかしいですが、でも高位な人ほど欲しがります。その命令をはねのけるにはそれ以上の権力がいります。四大公爵家ならば、断ることができますが、ただの伯爵家には荷が重いです」

 四大公爵家以上となれば、王家ぐらいだが、王家は霊薬には絶対手を出さない。何故ならば、それをしてバレれば他国からの介入がより強くなり、はねのける力がこの国にはないからだ。

 だからエドワード先輩ならば断ることができる。

「そしてポセイドン家は、他の家とのつながりを作るためにフィーネを引き取りました。もしも悪事に加担しているだけでなく、何かあった時に切り捨てられるような家の者と婚姻させられそうになっても、エドワード先輩ならばその婚約に対して横やりを入れられます。エドワード先輩の家に勝てる家などほとんどございませんから」

 もしも何かできるとしたら王家だが、王家がフィーネとの結婚を望んだのならそういった面の安全は保障される。


「なるほど。教えてくれてありがとう。ちなみに切り捨てられるというのは?」

「デゥスノミーア子爵家はもしもの時に身代わりにするための家でしょう。チョウセンアサガオを使い麻酔薬を作れますが、あの子爵にはできません。でもできないなんてことはどうでもよく、そこにそれがあることが大切なんです。たぶん、もしも何らかの罪が表に出た時、オリー先輩の家の身代わりとして昔から用意されていたのだと思います」

 オリバー先輩の家を潰すのはこの国にとってかなりの痛手だ。あそこでは貴重な薬草が育てられ、その知識も積み重ねられている。

 身代わりになる家は、オリバー先輩の家が用意したのか、それとも別の家が用意したのか分からないけれど、でも間違いなくデゥスノミーア子爵家は身代わりのために存在している。そして身代わりだからこそ、必要な時より前に逃げられたりつぶれたりしないよう、うまい汁が吸えるような立場にいて、異国にこっそり人身販売できているのだと思う。

 それに人身販売しているからこそ、追加で霊薬の販売の罪を擦り付けやすい。


 私の言葉にエドワード先輩は暗い顔で黙った。

 嘘だとは言わない。たぶんそういうことがあってもおかしくないとエドワード先輩も分かっている。

「……なるほど。分かったよ。それでもう一つ聞きたいんだが、嘘はつかないで欲しい」

「はい。何でしょうか?」

「ロディーはこの家で冷遇されていることはないのだな?」

 冷遇?

 ただの思い込みによる侮辱なら私は腹を立てるべきだろうが、エドワード先輩の目は間違いなく私を心配している目で、怒りは湧かなかった。


「されておりません。父も母も弟も、わたくしを大切にしてくれております。どうしてそのように思われたのでしょうか?」

「ロディーの家が異種族の連れ去りなどを調べていると聞いて、君が普段から異種族の特徴は隠していないという話をしたから、おとりにされているのではないかと思ったんだ」

 なるほど。

 エドワード先輩の懸念はもっともだ。

 実際私は自分がおとりに使えるかもしれないと思って動くこともある。でも父が私を隠さない理由はそれではない。

 なので私は首を横に振った。

「いいえ。父がわたくしを隠さず、花人の姿で堂々とさせているのは、わたくしの連れ去りを防止するためですわ」

「おとりではなく、その逆?」

「はい。王も異国も、この国の異種族差別を許していません。そして伯爵家の令嬢であり花人の特徴を持つわたくしは、目立てば目立つほど、何かあった時異国から国内政治に介入される危険があります。だからあえて隠さないのですわ」

 花人だから指を指されることはある。

 でも目立つ位置にいるからこそ、私をさらうのにはリスクが高くなる。王も私が攫われないように気にかけて下さっている。

 

 エドワード先輩は私の言葉に嘘がないかを探るかのようにじっと私の顔を見ていたが、嘘がないと理解すると、ほっと息を吐いた。

「よかったよ。もしもおとりに使っているのなら、君をこの家から連れ攫わなければならないと思ったんだ」

「……なんで行動が極端なんですか」

 父と話し合うのではなく、連れ去りという言葉に苦笑いする。でもきっともしも私が辛い立場にいたら、エドワード先輩は手を伸ばしてくれるのだろうと思う。私と友人ですらなかったとしても。

 彼はそういう人だ。

 だから私は彼が好きで、彼の力になりたい。

「それぐらい、ロディーが大切だからに決まっているだろう?」

「それは光栄ですわ」

 そしてだからこそ、私は彼に幸せになってもらいたいのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 花人という特殊な存在であるロディーナが、したたかにかつ自分の心の繊細な部分を捨てきらず、懸命に生き抜こうとしているところ。 [一言] やはり、エドワード先輩のこと好きだったんですね。 高位…
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