メルクリウス家の仕事
「……少し情報のすり合わせがしたいのでわたくしの家にこのまま来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ。突然だけど大丈夫かい?」
「はい。問題ございません」
フィーネが少し落ち着いたところで、私はあきらめて先輩達とフィーネを自分の屋敷に招くことにした。
先輩も混乱しているだろうし、フィーネを暴走させないためにも、このまま別れるのではなく一度落ち着いて情報のすり合わせをした方がいいと判断したためだ。
そしてその場合、場所としては残念なことに私の屋敷が一番適している。
「姉さん、おかえりなさい」
玄関ホールに入れば、使用人と一緒に弟のユリウスが出迎えてくれた。金に近い茶色の髪の彼は花人の特徴は何一つ持っていない。ただ顔立ちは似ていると思う。私もユリウスも父似だ。
「ただいま、ユリウス。紹介しますね。こちらはエドワード・アルテミス公爵子息、オリバー・デメテル伯爵子息、シルフィーネ・ポセイドン伯爵令嬢よ」
「わぁ。姉さんが友達を連れてくるなんて、夢みたいだ! 皆さん、お会いできてうれしいです。僕はユリウス・メルクリウスです」
「夢みたいとは、どういう意味かしら?」
フィーネは可愛い笑顔を浮かべているけれど、声が少し低い。先ほどのやり取りの所為で、すごく神経質になっていそうだ。
「だって、あの姉さんが友達を連れてきてくれたなんて……」
「あの?」
エドワード先輩もピクリと反応する。
こっちも神経質ぎみになってるようだ。弟の何気ない言葉が悪い意味でとらえられそうではらはらする。
「はい。姉は自分の事情に人を巻き込むことを嫌うので、すぐに人と距離をとろうとするんです。僕にとってはとても素晴らしい姉ですが、一歩踏み込んでもらわないとその魅力を分かっていただけない。でも家まで呼んだということは姉は貴方たちを信頼しているということですし、皆様も姉のすばらしさを理解して下さった上でこちらに来て下さったと――むぐ」
「情報は簡潔に言いなさい」
私はユリウスの口をふさいだ後、静かに命じた。
やめて。ここで姉自慢などしないで。
悪くはとられないかもしれないけれど、私の頭が痛くなる。
「引っ込み思案だけど思慮深くて優しくて、簡潔に……ええっと、聖女!」
「0点。もっと客観性を持って説明なさい。しかも最後の聖女という単語はどこから出てきたの。わたくしは何の宗教とも関係がありません。……失礼しました。少々姉思いが過ぎる弟です。現在中等部一年に所属しております」
私はユリウスの頭に手を置き、ぐっと下げさせた。
「ええっ。すごくいい子……」
「ありがとうございます。シルフィーネ先輩の話は姉から何度もきいております。お会いできて光栄です。ぼく、シルフィーネ様に前から会ってお話したくて」
「フィーネに会いたい?」
好きな女性の名前にピリッとした空気をエドワード先輩が出した。でもこの弟のことだ。ここで印象を悪くする話などするはずがない。
「わたくしと、どのようなお話がしたかったのかしら?」
「姉の可愛いところを」
「えっ。やだ。可愛い。ロディー。この弟、可愛い。いいわよ。いっぱいお話しましょう」
とたんにフィーネの相好が崩れた。キラキラした目は可愛いけれど、やめて。
そんな話で盛り上がらないで。
「話しません。……ユリウス、勝手にフィーネについて調べたわね? ……まったく。私たちは、大切な話をするから邪魔しないで。聞き耳も禁止」
ユリウスは多少姉思いが過ぎるところもあるけれど、人前で前面に出す人格ではない。これはフィーネのことを先に調べて、好意的にとられると判断して話題に使ったに違いない。
「……はぁい。じゃあ、また、よろしくお願いします。いつでも遊びに来て下さい」
ユリウスは顔合わせだけしたかったようで、そう言うとさっさと自室に戻っていった。
それを見送ってから、私はため息をつく。
「第二客間の準備をお願い。皆さま、弟が失礼しました。第二客間は、人払いをすれば、誰も来ないようになっている部屋ですからそちらでお話しましょう」
階段を登り、二階の角部屋に案内する。
事前に窓は開けられており、中には気持ちの良い風が入ってくる。
「よほど大きな声を出さなければここで話したことが外部に聞かれることはございませんのでご安心下さい」
「二階ではあるけれど、窓が開いているのに大丈夫かい?」
オリバー先輩はちらりとカーテンがふわふわと動いている窓に目をやった。窓が開いていれば、普通なら声が漏れる。
「この部屋を使う時は、使用人がお互い監視し、誰も近寄らないようにする体制になります。ですから普通の声量で会話するぶんには問題ありません。窓を閉めた方が内緒話感はありますが、暑くて大変ですので開けましょう」
「なんでそんな部屋があるんだい?」
「わたくしの安全を確保するために父がこの部屋の使い方を使用人に徹底しました」
花人の特徴を持って生まれた私が生きやすいように、話し合う場として父が考え整えた。
説明しながら席に座ってもらっているとメイドが茶器を運んできた。
「後は私がやるから下がっていいわ」
「失礼します」
一言そう言えば、使用人も部屋から出ていき、私達四人だけになる。メイドが運んできてくれたレモネードを私はそれぞれの席に置いた。
そしてまずはじめに私が手を付ける。そうすれば、おのずと飲み始めてくれる。
グラスを置いたところで、フィーネが半眼になり指を組み合わせた手で口元を隠した。
「ここでの話が、漏れないなら、さっそくデゥスノミーア子爵暗殺計画を話し合いましょう」
「しないし、させません。どうしてそんな物騒な話になるの」
キリっとした顔も可愛いけれど、提案は可愛くない。
やめて。どうしていきなり過激な話題を出すの。
相当怒っていたのは分かるけれど可愛らしい令嬢が出していい提案ではない。
「暗殺が駄目なら、合法的に社会的に殺すということかしら?」
「どっちも駄目よ。そもそも、そんなことしても意味がないでしょう」
私が折れない為、きゅるんとした可愛らしい顔をするが騙されないというか、可愛い顔で社会的に人を殺すとか言わないで欲しい。
頭が混乱する。
流されて、本当に何かやられたらたまらない。フィーネの行動力を私は甘く見る気はない。
「とにかく、今日聞いた話は、子爵は低賃金で異種族を雇い、異国で働かせて、そこで行方不明になっても積極的に探さないということ。どれもこの国の法で裁けるものではないわ」
「そんなの詭弁ですわ! だって、やっているのは人身販売ということでしょう?」
間違いなく詭弁だ。
フィーネの言うとおり、子爵は法に触れないようにうまく立ち回り、合法的に人身販売をしているのだ。
「それに異国の方が幸せ? 言葉も通じないのに? 見た目が同じならその方がいいの?」
「……まあ、どちらの生活がいいかは分からないわ。子爵の言い分を信じるなら、異種族でこの国では働き口がない人をということだし」
その先にある未来が、どちらがマシかは私では判断できない。
「もしも異国で働くのが嫌だと拒否をした時に、無理やり異国に送られた場合は違法となるはずだよね。子爵を罰するには、その確認が取れるかどうかだよね。でも難しいところだよね」
実際のところ、異種族は異国の方が生きやすいと思っている国民はそれなりにいる。
異国へ出国する時に検閲は入るはずだけれど、どこまでちゃんとやってくれるかは微妙だ。
「人身販売は禁じられている国とそうでない国はありますが、一つだけ線引きがあります」
「線引き?」
「ええ。人を薬の材料として販売すること。これだけはすべての国が違法としています」
この国でもかつては、異種族は霊薬となるというデマが出て、異種族は職を手放して隠れなければならなくなったこともあった。見目が違うからこそ、そこに何か違う力があると思われるのだ。
でもこの国ですら、それは禁じられている。何故ならば、人族からすれば花人は異種族だが、逆から見れば人族が異種族だ。これを認めてしまえば、異国の者に人族を薬目的で売ることも可能となる。だから各国が法的にそれはしてはいけないこととしている。
「子爵はそんなおぞましいことをしているの?」
フィーネは顔を青ざめさせた。
それはとても当たり前の反応だけれど、売れるということは、危険を冒しても買いたいと思う買い手がいうということでもある。
「分かりません。ですが今でも霊薬と言う名で、人の体の一部の販売があります。今回の子爵の件はわたくしの家から、王に進言します。なのでこれ以降は、誰にも話さないで下さい」
「俺から言った方がよくないかい?」
考え込んでいたエドワード先輩からの言葉に、私は首を横に振る。
「我が家はわたくしの見目の件もあり、王から直々にこの国の人身販売について調査するよう命じられております。そして子爵が犯罪を犯していたとして、その後ろに誰かがいるかもしれません。ですのでただのトカゲのしっぽ切りにならないよう慎重に調べる必要がありますの」
「えっ。そんなことをしていたの?」
フィーネとオリバー先輩はびっくりした顔をしていたが、エドワード先輩はそれほど驚いてはいなかった。
多分私が、異種族者の働いている状況の情報が欲しいとお願いしたことで、どうしてなのかを考えていたのだろう。
「ですから、申し訳ありませんがここから先はメルクリウス家にお任せください」
「……直接命じられているのならば仕方がないね」
エドワード先輩は肩をすくめた。
でもその目はまだ隠し事をしているだろうと言っている。
「ご理解いただけて良かったですわ」
でも私も言えることと言えないことがある。だからあえて気が付かないふりをして、レモネードを飲んだ。




