異種族の現実
「庭は基本的に庭師にまかせてますのであまり詳しくは分からないのですが、広い庭ではないので枯れたら次の花を植えるようにしていますね。先に種を別の場所で育て、少し大きくなってきたものをバランスよく植えるようにしております」
「へぇ。種から育てられているのですね」
ある程度花が咲くところまで育ったものを植えると、いつでも花が咲いた状態にできるので、そちらを選ぶ貴族も多い。しかし子爵家の花壇の一部はまだみどりのものもある。
「そうですね。花はいずれ種を付けますから、そちらを収穫し、また来年植えるようにしていると庭師からは聞いております」
まあ人件費をかけるため、花の方の値を下げて調整をとっているということだろう。
「あれ? これも異国の花だね」
すでに花の見ごろを終えてしまった紫陽花の近くに植えられてる白いラッパのような形の花をオリバー先輩はしげしげと見た。甘い香りがするなと思ったが、どうやらこの花からしていたようだ。
「はい。異国からもらった花をこの辺りは多く植えているんです。丁度今こちらの花が咲き始めるんです」
「そうなのですね。ラッパのような形で可愛らしいですね。何という名前の花なのですか?」
ふふふっと花を見て穏やかに笑うフィーネを見た子爵が少し相好を崩した。流石フィーネ。甘い砂糖菓子のような声だ。
「これはチョウセンアサガオという品種ですよ」
「確かに可愛らしいけれど、触らない方がいいよ。毒を持っていて、かぶれたりもする花の一種だから」
「えっ。毒ですか⁉」
フィーネがぎょっとした顔をして少しだけ花から遠ざかった。
チョウセンアサガオという名前に、ああそう言えば、オリバー先輩の領地では去年も栽培されていたなと思い出す。その時も毒がある花の一種だと説明を聞いた。
「確かに毒はございますが、それを言い出したら園芸の花は毒のあるものも多くあります。綺麗だからこそ手おられないようにするためでしょうか」
毒と聞くと恐ろしく感じるが、知らないだけで以外に身近な植物にも毒はある。だから毒のある花が花壇に植えられているからといっておかしなことは何もない。
「うん。それに毒は薬でもあるからね。知っていれば恐れることもない」
「薬ですか? こちらの花はどんな薬になりますの?」
薬と毒は紙一重。
だから薬のために栽培していても、何も知らず食べれば毒だったりする。オリバー先輩の領地にはそういった品種が多くあったはずだ。
「鎮痛作用……まあ、痛み止めだね。でも普通に食べれば、嘔吐や下痢だけでなく、幻覚作用もあるから、素人が勝手に使っていいもじゃない」
エドワード先輩は軽く作用を伝えたが、毒であることの方を重点的に伝えた。いい部分ばかりに目がいって毒であることがおろそかになってはいけないからだろう。
真剣な口ぶりに、フィーネもまた真剣な顔で頷く。
その後も花の説明を受けたが、子爵は連作障害などの話を振った時は分からない様子だったので、育て方の知識は微妙な感じということが分かった。
異国の花も多いが育て方などは使用人に一任しているのだろう。
「この庭を管理している者たちは今はどこに? できれば話してみたいのだけど」
「実は庭の手入れをしているのは、異種族の者なのです。ご不快になるといけないので今日は朝の水やりだけやらせたら一度帰らせました」
「別に帰す必要などなかったのに。今は、そういった差別はしないように王も言われているからね」
「それは申し訳ございません」
確かに異種族というだけで差別をしてはいけないとはなっているが、それでも嫌う者がいるのも事実。下手にもめるより初めから会わせないですむようにした子爵は賢いと思う。
「花を育てるのは、異種族の方が得意な人が多いのかしら?」
「いえ。異種族の方が賃金が安いのですよ」
首を傾げるフィーネに、子爵は現実的な答えを返す。その言葉にフィーネがぴしりと固まる。
「ああ。もちろん、ちゃんと給料は与えておりますよ。奴隷の方が便利ですが、違法にされてしまいましたので雇っております。ただ私が雇っているのは学のない者ですから、かなり低く抑えられます。大体、人一人雇うお金で異種族の者ならば三、四人雇えるんです。恥ずかしい話ですが、子爵家はそれほど裕福ではありませんので」
「……でもこれほどきれいに庭を保てるのでしょう? ここで庭を造っている者は有能ではないかしら?」
有能なのに、元々低賃金の仕事をさらに安くさせるのはどうかというフィーネの心の声が聞こえる。笑みを浮かべているがその笑みが崩れかけていて私はハラハラした。
「でも彼らにはここ以外に仕事はありませんから」
フィーネが噴火しないよう、私は軽く袖を引いた。
子爵が言っているのは本当のことだ。この国の異種族は、鎖国中に奴隷に堕とされた者が多い。そして奴隷に教育なんてする奇特なものはおらず、文字も読めず肉体労働を強いられる。
奴隷から解放はされたが、文字が読めないのは変わらず、それを理由に低賃金で雇い、今まで奴隷にやらせていた仕事をやらせるのだ。低賃金だから、やはり勉強をする機会はなく、負の連鎖は続き、搾取される。
そしてこの状況が、異種族は劣っていると思われる仕組みを作るのだ。
「でもそれほど安い労働賃金では生きていけないだろう?」
「はい。ですので、食べ物の現物支給は行っております。貧しい者に恵みを与えるのが貴族ですから」
貧しくさせているのに恩きせがましい話だ。
フィーネの笑顔が怖い……。頑張って、フィーネ。もう少しだから。
「なるほど。子爵はとても慈悲深い。子爵が異種族をよく雇うということは噂では聞いていたが、そうやって体調管理もしてやっていたんだね」
つまり子爵家が買う豆は、異種族の使用人用の豆だったということか。
エドワード先輩はまるで仮面でも被ったかのような、綺麗な笑みで子爵を褒める。あまりに完璧な作り物めいた笑みなので、内心はかなり違いそうだけれど……。
「おや噂に?」
「ああ。どれぐらい異種族の使用人がいるのかも気になっていたんだ。今日は全員休ませているのかい?」
「いえ。外には見せない下働きはおりますよ。あとは、異国で働く者もいるので、雇ったすべての者がこの屋敷にいるわけではございません」
「異国?」
「はい。私は異国に店も構えておりますので。人族ばかりの国ではないので、異国では異種族の方が役立つこともあるんですよ」
むしろ世界的に見れば、人族率がこれほどまでに高い国は珍しい。
異国の情報に、私は耳に神経が集まったような気がした。
「異国で働く上で、本人の希望はきいているのかい?」
「いえ。ただの部署替えのようなものです。言う必要はないでしょう。彼らもこの国にいない方が幸せということもありますから。異国で行方が分からなくなることもあるぐらいです」
スッと血の気が引いていく。
ドクドクドクと自分の心臓の音がうるさい。
「行方が分からない?」
「どうしても異国ともなれば勝手が違いますし仕方ありません。まあ、私にも慈悲がありますから。新しく雇うのは大変ですが、逃げ出した者は見逃しています」
あー、やっぱりか。
思った通りの答えだ。
事前にそうだろうなと思っていたので、自分の中での衝撃はある程度抑えられたと思う。でもフィーネの顔色は暑いのに紙のような白さになっていた。
「……ごめんなさい。暑さで少し体調が悪くなってしまったようですわ」
「それはいけない。どうぞ家の中に入って涼んでください」
「いえ。ご迷惑をかけたくありませんし、帰らせていただきます。エドワード先輩、オリバー先輩、よろしいでしょうか?」
「子爵、忙しい中、時間をとらせて悪かったね」
エドワード先輩もフィーネに合わせて帰れるように話を持って行く。あと少し、頑張って演じ切ればいい。
子爵に見送られながら、私たちは馬車に乗り込み、扉を閉めた。
その瞬間、フィーネが私に抱き着く。
「……フィーネ」
ぐすぐすと小さなが泣き声が聞こえる。
「ぐやじい……」
「うん。ありがとう」
私のために悔しがってくれて。
私はフィーネの背中をなでながら、今聞いた情報を頭の中でまとめた。




