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砂糖菓子娘  作者: 黒湖クロコ
本編
23/75

人命救助

 蟲を追いかけて、人を避けながら進むと、妙に人だかりができている場所が見えてきた。

 ……えっ?

 蟲は障害物を無視して真っ直ぐ進めてしまうので、一時的に見失う。それでも呼びかければ戻ってくるし、呼ばなければフィーネの影にくっついているので特に不都合はない。


「ここに、フィーネが?」

「はい。たぶん」

 どこだろう。キョロキョロしていると、がしっとエドワード先輩が、手袋をしてない方の手を握った。もう一度言おう。手袋をしてない方をあえて握った。

「はぐれるといけないから」

「あ、はい。ソウデスネ」

 確かに人が多いということは、エドワード先輩ともうっかりはぐれる可能性がある。

 煩悩をおいだし、きわめて冷静に私は返事をした。エドワード先輩に他意はない。それが無性に腹立つ。何だこの、顔だけ情緒死亡男は。いい加減、乙女心を理解しないとフィーネをやらんぞ――違う違う。落ち着け。

 私の最善はなんだ。


 私はお腹のあたりにたまったもやもやを全部息と一緒に口から吐き出す。

「……行きましょう。フィーネが中心にいるのか、野次馬としているのかは分かりませんが」

 私はエドワード先輩と一緒に人の隙間を縫うようにしながら、中心部へと進む。

「ロディー! よかった! やっぱり見つけてくれた!」

 進んでいくと私が気が付くより先に、フィーネが気が付き声をかけてくれた。

「ところで、この人だかり、何?」

「そうだ。こっち!」

 フィーネは私に近づくと、私の手を握り、人だかりから引っこ抜くように引っ張った。フィーネの様子に周りの人が気を利かせて隙間を空けてくれる。

 そして人だかりの中心には倒れた女性とその横に寄り添うオリバー先輩の姿があった。


「えっと、何が起こったの?」

「この女性が道で突然倒れて、その時キースがいて、今店の人呼びに行ってもらってるところ」

 女性の身なりはそこそこいいものだ。

 ただ倒れただけだったら、もしかしたら追いはぎにやられたかもしれない。キースはたぶん、孤児院のキースだろう。

 店に人を呼びに行ったということは、雇い主の奥さんの可能性が高い。


 私はオリバー先輩の近くに行くと、膝をつき女性を見る。

「大丈夫ですか? 私の声、聞こえますか?」

「うぅ……」

 どうやら完璧に気を失ってはおらず朦朧としているようだ。顔が赤くほてり、汗が結構出ている。

「申し訳ないですが、日陰に移動させたいのですけれど」

「分かった。任せろ」

 結構ふっくらされているので、私の力ではうまく持ち上がらないかもと思い声をかければ、エドワード先輩がためらうことなく横抱きで持ち上げた。

 まるで白馬の王子様のような姿で、女性を運ぶのに邪なものを全く感じさせない。周りもそんな感じでエドワード先輩が移動しやすいように道を空ける。……顔がいいってすごいなと正直に思った。


「どこか店の軒先を貸していただきましょう」

 そう言えば、さっとオリバー先輩が近くの店の人に交渉をして招いてくれた。物腰が柔らかく、身なりがいいので、すんなりと許可が下りたようだ。……二人の連携がすごい。

「私はキースがすぐ気が付けるように外で待ってるよ」

「うん。お願い」

 キースは元々フィーネに助けを求めたようだし、フィーネは目立つ外見なので彼女が外でキースを待ってくれた方がうまく合流できる。


 私はエドワード先輩とオリバー先輩と一緒に店の中に入った。そこで床の上に女性を下ろしてもらう。

「すみません。冷たい井戸水と布を数枚借りれますか? 後何かあおぐものも。多分暑さにやられたんだと思います」

 本当は水分を飲ませた方がいいのだけど、意識を戻してもらわないとどうにもならない。

 なのでキースが店の人を連れてくるまでは応急処置だ。

 オリバー先輩が声をかけてくれおかげで水とタオルを借りれたので、私は首や脇を重点的に冷やす。扇子はなかったので、薄い板であおいで少しでも女性に風を送る。


「ロディーナ様! お店の人、連れてきた!」

 しばらく女性を冷やしていると、バタバタとキースと共にキースの雇い主と思われる男と、従業員が中に入ってきた。外で無事にフィーネと合流で来たようだ。

「おい、大丈夫か⁉」

「彼女が適切な処置をしたが、ちゃんと医者に見せた方がいいと思う」

 雇い主は倒れた女性にいち早く近づき声をかけた。必死な形相に、すごく心配してるのが見ているだけで伝わった。


「あっ。失礼しました。家内を助けて下さり、ありがとうございます」

 取り乱していた男は、エドワード先輩を見るとはっとして私たちに深々と頭を下げた。……これはエドワード先輩の正体に気が付いたのだろうか? 分からないが、貴族のお忍びだということぐらいは気が付いたかもしれない。

 客商売だ。洞察力は高いだろう。

 私はとっさに手袋を付けていない方の手を後ろにやった。

「ロディーナ様が奥様の様子を気にかけて何かあったら大人を呼べって言ったから、俺、みんなを呼べました!」

「……っ⁉ あ、その。キースに奥様がよく欠伸をされると世間話で聞きましたもので」

 お菓子で釣って情報を貰っているなんて言えないし、言ってもらっては困る。私は少し早口になりながら余計なことをしゃべられる前にと説明をする。

 しまった。情報の買取は、秘密にすることをもう少し丁寧に教えておくべきだった。

 多分奥様を助けたのだから、いいことをしたと思い、キースはしゃべっても問題ないと判断したのだろう。でもいくらいいことでも、事前に情報を探られていたなんて伝えるべきではない情報だ。


「欠伸で?」

「私は医者ではないので話半分で聞いて下さればよろしいのですが……、欠伸がよく出るという話から、もしかしたら奥様は鉄が足りない状態かもしれないと思いました。栄養のうちの鉄が足りないと、欠伸が出たり疲労感を覚えたりします。鉄が足りているかどうかは見た目では分かりませんし、女性は特に足りなくなることも多いので……」

「今回倒れたのも?」

「いえ。今回は多分暑さにあたったのだと思うので、体を冷やしているところです。厳密には貧血とは関係ありません。ただし体調が悪いと余計に気分が悪くなることもあります。意識がはっきりしてきたら、水分と塩をとるといいと思います。できればこまめに。そして必ず医者に見せて下さい。私はあくまで素人です」

 多分今回倒れたのは貧血ではなく、暑さのせいだろう。

 でもだろうとしか言えないし、不正確な情報で混乱させたくもない。


「これ以上人がいても邪魔だと思いますので、私はこれで」

「いや、何かお礼を――」

「いえ。結構ですわ。もしも気になるようでしたら、キースにお願いします。彼が私の話を聞いて下さった結果ですので」

 これ以上墓穴は掘りたくない。

 キースが情報を売っていたと店で冷遇されては困るし、奥様への診断が間違った情報だったと彼らに恨まれるのも嫌だし、医者でもないのに女がしゃしゃり出すぎていると診察をしに来た医者に睨まれるのも嫌だ。

 つまりここにいていいことなど何もない。


 私が立ち上がれば、エドワード先輩とオリバー先輩も当たり前のように店から出ていく。店の入り口近くにはフィーネがいて私を見ると手を小さく振った。ピリピリしてしまったが可愛らしい笑みに一気に和む。

 可愛い、癒される。

「ロディーはいつでも私を見つけて助けてくれるね。ふふっ。大好き」

「あー、うん。……えっと、一緒に探してくれたのはエディー先輩もだし、ずっとフィーネが一人にならないようにしてくれたのはオリー先輩だからね?」

 可愛い、癒される――でも後ろから突き刺さる視線の所為で、それを素直には喜べない。なので私はすっと彼女を彼らにゆずった。

「分かってるわ。エディー先輩、オリー先輩、ありがとうございました」

「いや。当然のことをしただけだ」

「僕もただ一緒にいるしかできなかったしね」

 可愛いフィーネからのお礼の価値は無限大だ。

 二人の男が嬉しそうに顔を緩めているのを見て、うんうんと頷く。……そういえば、エドワード先輩はフィーネが好きだけど、オリバー先輩はどうなのだろうか?

 フィーネと仲がいい自覚は水やりの件から見てもあるはずだ。そこまで鈍い人でもない。でも先輩として部活に入れないフィーネを思ってと言い出しかねない【いい人】なのだ。


 しかし下手に突っついて藪蛇を出して、オリバー先輩とも仲がいいエドワード先輩がフィーネと仲良くなるのを躊躇するようなことになっても困りものだ。

 どう確認していくべきか。

「でも今回の一番の功労者はロディーだね。フィーネを見つけたのもロディーだし、女性を助けたのもロディーだ」

「へ?」

 一歩引いた位置で三人を見ていると、くいっとエドワード先輩が私を引っ張りこむように言葉をかけてくる。

「うん。当たり前よね」

「そうだね」

 それを当たり前のように二人が肯定する。

「いや、でも助けたのは皆でですよね?」

「うんうん。その通りだけど、ロディーの指示があってこそだ。さあ、次はどこに行く?」

 当たり前のようにエドワード先輩が私の手を引っ張り、反対の手をフィーネが握り、その後ろにオリバー先輩が立つ。

 まるで普通の仲良し集団のような状態に、私は何とも言えない気持ちになって、口をぎゅっと結んだ。

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