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砂糖菓子娘  作者: 黒湖クロコ
本編
22/75

 ひょいひょいと次々にエドワード先輩に木の実を口に入れられながら、私たちは人込みから少し外れ、脇道の入口辺りで止まった。

 あまり離れすぎてもフィーネを探すのは面倒だ。


「むぐむぐ。えっと、ありがとうございます。とりあえず今は木の実は大丈夫です」

 美味しいけれど、次から次にお代わりがくるため、私は自分からストップをかけた。

「そう?」

 エドワード先輩はすでにむき終わった木の実をスタンバイしていたけれど、すぐに切り替え自分の口の中に放りこんだ。……もしかして、エドワード先輩もこの木の実が好きなのだろうか? 初心者のむく速さではない。

「えっと。まずはフィーネ達と合流しようと思います。多分、オリー先輩はフィーネと一緒にいると思うので」

「きっとそうだろうね」

 エドワード先輩もオリバー先輩も、気遣いをする人なので、自由に見えて多分私とフィーネから離れないようにしてくれていたと思う。だからこちらにエドワード先輩がいるのならば、フィーネの方にいるはずだ。


「それで簡単に見つけるコツはどんな方法なんだ? 平民の知恵なのか?」

「残念ですが、平民にもそんなコツはないですね。ただの花人特有能力です。えっと……エディー先輩って虫は大丈夫ですか?」

「大丈夫? よく分からないが、特に好きでも嫌いでもないが」

「よかったです。どうしても虫は生理的に受け付けない人もいるので」

 毛虫とかの害虫だけではなく、虫というだけで全部だめという人も中にはいる。でも生理的に駄目なものはどうしようもないので、もしも苦手ならばこれから使うものに関しては目を閉じて対処してもらうしかない。


 私は手に嵌めていた手袋を取り外し鞄にしまった。手には中指の先まで、蔦と葉の形をした痣がある。そんな手を私は胸の前まで上げた。

「実は花人は生まれた時からむしを飼っているんです」

「むし?」

「はい。私は周りに花人がいないのでよく分かっていないことも多いのですが、たぶん働きバチとか働きアリとかそんな類のもので、私が彼らの女王なのだと思います。だから私の命令だけ聞く蟲です。とはいえ、本当に分からないことばかりで、私にできるのは虫のフェロモンを付けておいた場所まで、彼らに導いてもらうことぐらいです」

 文献を読んでようやく分かったが、花人は誰しも生まれた時から蟲を飼い調教しているようだ。蟲は目に見えるけれど実態はなく、生き物なのかもよく分からない。

 この蟲は調教しだいで色々できることも増えるらしいのだが、私にできたのは匂いを付けてそれを追いかけるということだけだ。

 どうやら花人は蟲に関しては文献として残さず、親子で口伝で伝えているようで、協力者がいなければ、扱い方を知ることはできないのだ。


 残念なことに私が生まれてからこれまでで知り合ったことのある花人は、私の背に翼がない為同族として認めてはくれず、蟲についてもほとんど教えてくれなかった。

 ただフェロモンだけは、くさいからちゃんとしろと教えてくれて、そのおかげで虫がフェロモンをたどるという使い方だけは学ぶことができた。というわけで、生まれた時からいる蟲だけれど、情報不足で私もよく分からないものでもある。

「でておいで」

 私が蟲にそっと語りかければ、中指の指先にある痣から翼まで真っ黒な蜂が出て来た。

「見た目は黒い蜂ですが、攻撃はしないので安心して下さい。そもそも実体はなく、花人以外触ることもできません」

 目に見えるのに触れないというのは不思議だけれど、そういうものなのだ。


 せめてこれが蝶の姿をしていたら可愛かったのにと思うけれど、生まれてから私と一緒に育っている蟲はこのタイプだけだ。針はあるけれど触れられないから、攻撃をしないしできない蜂。

 頭の花を隠して、腕の痣を隠すけれど、やはり私は人族ではないんだなと蟲を見るたびに思う。だけど羽のない私は花人でもない。

「攻撃はしませんがきみが悪いと思うなら見ないようにして下さい。御覧の通り、ミツバチサイズなのでっ、ひょあ⁉……な、何しているんです?」

 

 蟲は生まれた時から一緒で、私にとっては自分自身の一部のようなものだ。

 とはいえ異種族の特徴だからこそ、生理的に受け付けないこともあるのは理解しているし、本能に近い部分での拒否感はどうにかできるものでもない。でも気持ちが悪いという目を向けられるのは気分がいいものではないので、私はエドワード先輩の方を見ないようにして説明をしていた。だからこそ、わざわざ近づいたうえで、しゃがんで顔を近づけまじまじと私の指の先を見ているなんて想像もしておらず、びっくりした。

「いや、小さいから近づかないとよく見えなくて」

「えーっと……」

 虫は好きでも嫌いでもないのではなかったのか?

 私はどう返せばいいのか分からず、ドギマギとする。


「ミツバチみたいな丸っこい形なんだな。あ、本当だ。すり抜ける。へぇ」

 ちょんちょんと蟲に指先を向け触ろうとするが、実体はないのですり抜ける。そしてすり抜けた先で私の素手に当たり、私はとっさに手を引いた。

 心臓がバクバクいっている。

「あ、あの」

「なんか、結構可愛いな」

「ひょえっ」

 私はさらにエドワード先輩から距離をとった。

 ヤバイ。この人ヤバイ。

 鎮まれ、私の心臓。


「天然……こわい」

「えっ。蟲を怖がらせた? すまない。もっとロディーのことを知りたいなと思って」

「ひぃっ! あ、あのですね。根本的に、エディー先輩は、間違ってます。知らなくてはいけないのは、私ではなく、フィーネの事です。フィーネをもっと深く理解して、フィーネに好きになってもらわないといけないですよね? オリー先輩の時もそうですが、距離を詰める相手を間違えているんです」

 オリバー先輩と仲良くなったと聞いた時も、何で本命じゃなくて、恋敵と仲良くなっているんだと私は頭を抱えたものだ。エドワード先輩の行動は私の想定外ばかりである。


「もちろんフィーネと仲良くなれたら嬉しいし、彼女の事も知りたいと思う。でもだからって、他に仲良くなる選択肢を減らさなければならない理由にはならないし、俺は友人のことを知りたいと思う」

「そもそも、なんで私を友人だと? 私は情報の売り買いの提案をしただけですよね? はっきり言いますが、私を友人にしたところでいいことなんて何もないですよ?」

「だって、ロディーはとてもいい子だ。いい子と友人になれるということはいいことじゃないか?」

 あっけらかんと言われた言葉に、とっさに嬉しいと思ってしまった自分は、すでに負けなのだ。


「……エディー先輩は四大公爵家なのだから、もっと警戒心を持たないといけないと思います」

「持つべきところでは持っているから安心してほしい。というか、本当にそういうところ、ロディーはいい子だよなぁ……」

「私は当たり前のことしか言っていません」

 私だって、絶対エドワード先輩の味方かと言われたら分からないのだ。

 だから公爵家の人ならばなおさら警戒心を持ってもらわなければ困る。


「……まあ、そうなんだよな。それがロディーにとっての当たり前なんだよな」

「どういう意味ですか?」

「ロディーと俺は違う人だから、話さないと相手を知ることはできないということ。とにかくロディーとの最初の契約は俺の恋を成就させるための協力をしたいってことでよかったよな?」

「はあ。そうですけど?」

 確かにこれは会話しなければ理解不能だ。

 どこにこの会話が行き着くのか分からない。


「なら、ロディーを知るということは、フィーネの好きなものを知るということではないだろうか?」

 おっ。戻った。戻ったけれど、正しいような、ものすごい歪みが加わって正しく見せかけられているような。

 確かに私はフィーネと仲がいいし、フィーネには好かれている自信がある。

 でもイコール私のことを教えることが、恋の成就に繋がるのか? ん? 何か変ではない? 友人だから大丈夫? いや、友達とは?


「あああ。駄目。よく分からなくなってきた」

 友達の定義を考えているなんて、なんだか哲学のようだ。

「うん。そういう時は、後回しだ。とりあえず、フィーネ達と合流しよう」

「……そうですね。そうしましょう」

 頭がくらくらしてきた。

 うん。とりあえず一晩寝かせれば、唐突にいい案が思い浮かぶこともあるし、はぐれているという問題が発生している時に考える話でもない。

 私は考えることを一時的に放棄した。

 考えるのを放棄するのは危ないことだけど、うん。多分大丈夫。とりあえず天然に翻弄されて計画がぐちゃぐちゃな今の私は普通ではない。落ち着いてからもう一度、冷静な頭で今後の計画を練るべきだ。


「じゃあ、フィーネのところに向かわせますね。私たちはそれを追いかけるだけです。蟲に待ってほしい時はそう念じれば止まりますし、場合によっては戻ってもきてくれますので、見失ってしまっても大丈夫です」

 私の指先から蟲が羽を羽ばたかせて飛び立つ。

 普通なら花人はフェロモンを感じ取れるので蟲を追いかけなくてもたどり着けるらしいが、花人としても中途半端な私にはそれを感じ取ることができない。

 とても中途半端。

 だけど中途半端だけれど、これが私で、私にできること。

 

 なんだかキラキラとする眼差しが背中にぶつかっている気がするけれど、ひとまず気にしないようにして、私は蟲を追いかけた。

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