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砂糖菓子娘  作者: 黒湖クロコ
本編
21/75

人間不信

 とりあえず、色々つまみながらお腹を膨らませる。

 ちゃんとしたテーブルについて食べるわけではないけれど生粋の貴族である男性二人は大丈夫か少し不安だった。しかし男性は授業の一環として有事の際の遠征訓練として、貴族でも野営の実技がある。その為そこまで心配する必要はなかった。


「デゥスノミーア子爵のうわさ?」

「はい。何か知りませんか? 実はそちらの下働きで働かないか? という誘いを親戚からもらったのですが、この間怖い噂を聞いてしまって……。人がよく変わるとか、花の下に死体が埋まっているとか、呪われているとか」

「なるほどねぇ。そのうわさは俺も聞いたことがあるが、別に人が死んでいるわけじゃなく、デゥスノミーア子爵家は輸入業をやっていて、その買い付けやらなんやらで人の移動が多くてコロコロ使用人の顔が変わっているように見えるって話だぞ」

「そうなんですね。よかったぁ」

 ご飯を買いがてら、子供達からもらった情報を露店で確認する。

 私は新しい職場に不安を抱いた田舎者のふりだ。地方から親戚の紹介で王都に来てどこかの屋敷の下働きに行くというのは時折聞く話なので珍しくはない。


「でもきつい仕事も多いから逃げ出す奴もいるって噂だから、頑張れよ」

「えぇっ。きついんっですか?」

「ああ。やり手がいないから、異種族の浮浪者でも雇うそうだし。まあ、外国とやり取りするなら、逆に異種族がいた方がやりやすいだけかもしれないけどな」

「そうなのですね。ありがとうございます」

 私はお金を払って焼きあがった串焼き肉をもらった。

 貴族の料理よりいい肉ではないけれど、焼き立てというのはそれだけで美味しそうだ。香辛料の匂いが食欲をそそる。


「異種族の浮浪者とは、そんなにいるものなのか?」


「さあ。どれぐらい王都にいるかわかりませんが、異種族、または異種混じりに低所得者は多いと思います」

 私が串をかじっていると、ひょこっとエドワード先輩が近づいてきた。浮浪者と顔をあわせる機会などないエドワード先輩は首を傾げている。たとえ向かった先にそういう人がいたとしても、四大公爵家の彼を守る使用人が先に移動させているはずだ。

「鎖国中に、地方にいた異種族は連れ去られ、土地を奪われるということはままあったと聞きますし」

 まあ連れ去りは人族どうしても起こっているので異種族だけというわけではない。でも異種族ならやってもいいという風潮があったと聞く。それだけではなく、異種族は霊薬になるなどの間違った情報も流れ、職を手放し隠れるしかなくなったことも……。

「今でこそ異種族を連れ去り奴隷にすることは犯罪ですが、昔奴隷に堕とされた者が奴隷という名こそなくなっても同じような仕事を低賃金で行っています。その仕事が嫌で逃げ出したり、何らかの理由で働けなくなり、浮浪者になるということもあるのではないでしょうか?」

 エドワード先輩は苦虫をかじったような顔をした後、あーんと大きな口を開いた。

 え?

 

 がぶっ。

「あああああ。私の肉っ!」

 するするするっとお肉が串から抜けてエドワード先輩のお口の中に吸い込まれていく。

「うん。うまいな」

「うまいなじゃないですよ。まだあげるなんて言ってないじゃないですか」

「悪い。なんか嫌な感じの話だから口直しが欲しくてな。それにほら、色々食べるなら一口ぐらいづつにした方がいい」

 貴族令息のくせに、どうしてこんなに自然に飲食物の盗難を行えるのか。

 大きな口で食べても、かっこよく見える美形度が腹立たしい。口の端についたたれをなめとる姿に色気とか本当に要らない。マジで要らない。

 

「……食べ物の恨みは怖いんですよ」

「悪い。そうだ次のを買おう。ほら、あそこに売っている木の実を焼いたのも美味しそうじゃないか?」

 確かに甘いいいにおいがする。あれが素朴な甘みで美味しいことを私はすでに知っている。でもお肉を食べきったら手を出すか迷っただろう。

 あの木の実、意外に量があるのだ。

「買って下さい」

「任せろ」

 のせられているなぁと思い、はぁとため息をついたところでふと気が付く。

「あれ? フィーネとオリー先輩は?」

 気が付けばフィーネの姿がなかった。途中までは腕を組んで一緒に分け合って食べていたけれど、肉の串焼きは彼女が望むものと違ったので離れたのだ。

 

「人が多いからな……」

 どうやら、エドワード先輩も見失ってしまったようだ。眉をひそめて見渡している。

 フィーネがオリバー先輩と二人きりになりたくてわざとはぐれた可能性もあるけれど、今日は私と遊ぶのを楽しみにしていてくれたようだし、ただ単に迷子になっただけな気はする。

「そういえば、はぐれたらどこで待ち合わせるとか決めてませんでしたね」

「とにかく探すしかないか」

「あー、私、効率よく探せるので、焼き木の実を買ってからにしましょう。私はこの木の実好きですけど、フィーネはそうでもないので、また買いに並ぶとはぐれるかもしれません」

「効率よく? 分からないけれど、分かった」

 分からないけれど分かったとは一体……。

 でも私の言っていることを信頼してくれているからだろう。私は先輩と一緒に店に並んだ。


「エディー先輩、もしかしてお忍びで城下町とかに来たりしてます?」

 エドワード先輩は目立つ。長身な上に顔がよく、立ち姿からかして平民には見えない。でも屋台での買い物は普通にできている。

 貴族が買い物をするとなると、家に商人を呼んで持ち込まれた商品から選び、支払いを使用人にまかせてしまうことが多い。こうやった小銭をやり取りするなんて早々ないはずだ。なのに、エドワード先輩は苦戦することなくスムーズに行っていた。


「……流石だな。ああ。その通りだ。だから俺はロディーと一緒に調査もできると言ったんだ」

「いや、目立ってることは変わりないですから。買い物とか慣れているだけで、擬態としては微妙な線です」

 もう少し年齢が高ければ、元貴族だと思われるかもしれないけれど今はまだ若すぎので余計に違和感が出るのだ。

 継ぐ爵位がなければ、親が貴族でも平民だから、身のこなしが優雅な平民もいるにはいる。

「微妙って、それは少し厳しすぎないか?」

「いえ。とても公平な客観的感想です。でもちゃんと列に並び、平民に合わせようという意気込みだけは感じます」

「いや、俺を何だと思っているんだ。列に並ぶぐらい、学園でもやってるからな」

「……あの。エディー先輩はお家柄の関係でさりげなく譲られていることも多いですよ?」

「えっ。嘘」

 あ、本当に気が付いてなかったんだ。

 学園内に身分は持ち込まないとされているので、あからさまなことはしない。でもさりげなく譲られていたりする姿を何度か見ているので間違いない。


「事実です」

「えー、なんか人間不信になりそう」

「それぐらいでならないで下さい。エディー先輩が気持ちよく過ごせるようにちょっとずつ配慮されているだけで、あからさまな贔屓をされているわけではないので」

 込み合っていたら、エドワード先輩が来るとそっと列から外れたり、席を譲ったりと、本当にささやかな感じだ。家でも使用人を使っていて、そういう生活に慣れているからこそさりげない気遣いは見落としがちなのだろう。


「……ロディーは人間不信?」

 エドワード先輩の言葉に私は無言を返した。

 ……多分、間違いなく、私は人間不信だ。私は人を信じきれない。いつだって疑って見ている。だから安心するために情報を集めるのだ。

「……フィーネとエディー先輩は信用しています。あと、両親や弟も」

 私が黙るとエドワード先輩も黙ってしまった。なので仕方がなく、信じている人間の名前を上げる。

「それは光栄だね。オリーは?」

「すみません。まだ情報が足りません」

 悪い人ではないのは分かる。フィーネが好きになって、エドワード先輩が気に入って親友となった。園芸部の部長としての責任感があり、物腰は柔らかく、若干自罰的。

 でもこれだけの情報が集まっても、私はまだ信用しきれない。


「その人はとてもいい人でも、その周りがいい人とは限りませんから」

「そっか。それもそうだ。ところで、俺のことはどうしてそんなに好意的に見てくれるんだい? フィーネとの仲を応援してくれるのも少し不思議だったんだ」

 エドワード先輩の最もな言葉にドキリとする。

 何故エドワード先輩のことは信用しているのか。ただ情報のやり取りだけをする関係ならば、こんな質問が飛んでくる日はなかっただろう。

 こんなことを聞くのは、エドワード先輩が私のことに興味を持つぐらい近い場所にいるからだ。


「……あー――」

「次の人、何個必要?」

 どこまで伝えようか。

 そう考えていたところで、私達が買う順番が来てしまった。なので一度会話を止めた。エドワード先輩はにこやかに木の実を注文してお金と商品を交換する。


「これ、あったかいうちの方が美味しいんだよな」

「そうなんです。皮も剥きやすいですしね」

 話が木の実の話に変わってしまい、戻すべきか悩む。

 悩んでいるとひょいと口の中にむかれた木の実を入れられた。

「美味しいな」

「むぐむぐ……ですね」

 言いよどんだから言いにくいことがあると思ったのかもしれない。別に言ってはいけない話ではないのだけど、無理に戻さなければいけない話でもない。

「肉のお詫びに好きなだけむくよ」

 エドワード先輩は優しい。

 だからこそ、私は甘い木の実が少しだけ苦く感じた。

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